第7話 反撃の狼煙~少なすぎやしませんか?~

「さあ、着いたわ。ここが私達のせんぷくしている、集落よ」




 エリーゼ・エクシーズの案内で、やすかわけん辿たどり着いた隠れ集落。


 そこは活気にあふれ、にぎわいを見せていた。


 建物の数は10軒程度。


 ポツポツと、住居が見受けられるぐらいのものだ。


 だがあちこちにテントが乱立していて、とにかく人が多い。


 賢紀は集落というより、まるで難民キャンプだという印象を抱いた。


 人々は皆元気。

 祖国を滅ぼされて、逃げて来た人達には見えない。




 大きな鍋で、大量の食事を作る者。


 物々交換の交渉で、エキサイトしている者。


 木材を削り、日用品を作る者。


 歓声を上げながら、走り回る子供達。




 誰もが明るく、たくましく生きていた。




「ルータス国民は、自由を愛するの。『帝国に支配されるくらいなら、出ていってやらあ』って感じで、みんな飛び出して来ちゃって……」


 説明しながらエリーゼは、困ったような――でも、少しうれしそうな顔でほほんだ。




「特に改宗を強制されるってのが、腹にえかねたみたいね。ウチの国教はフリード教だったけど、他の宗教にもかんようだったのに……。首都には、いくさがみリースディースの神殿だってあったのよ」


 エリーゼが解説する。


 ルータス王国民の国民性として「他人の価値観を押し付けられるのが嫌い」という者が多いそうだ。


 それゆえに自分とは異なる価値観も尊重し、首都エランには様々な宗教の施設が共存していた。


 驚いたことに魔神信仰の神殿などという物もあり、魔族や魔道士達の祈りの場になっていたそうな。




 集落の奥へと足を進めると、エリーゼはまたたく間に人々から囲まれた。


「姫様ー! よくぞご無事で」


「姫様ー! 今度剣術のけいをつけて下さい」


「姫様ー! 遊んで遊んで♪」


「姫様ー! 結婚して下さい!」


 皆が親しげに、声をかけてくる。

 ここでの彼女は、誰からも愛される人気者だ。


 最後、どさくさに紛れてプロポーズした者がいた。


 しかし「剣で私に勝ったらねー」と、さらっとかわされていた。




 賢紀とエリーゼはさらに集落の奥へと進み、中心付近にある1番大きな建物に着く。


 建物の前では、老人が2人を出迎えた。




 その老人の髭と髪は、綺麗な真っ白だ。


 伸ばし放題に見えるのに、不思議と不潔さは感じない。


 眉毛も瞳を隠すほど伸びているので、そうぼううかがうことはできなかった。


 袖の長いローブを着込み、右手でついているのは木製の杖。




(いかにも仙人って感じの人だな。ちょっと違うのは……)


 賢紀は視線を、老人の頭上へと向ける。


 そこには可愛らしい、猫耳が生えていた。


 腰からも長い猫の尻尾が生え、うねうねと揺れている。




 賢紀が耳と尻尾に気を取られていると、老人は口を開いた。


「姫様、お帰りなさいませ。そのご様子ですと、無事にリースディア帝国の偵察機を追い返せたようですのう」


「ランボルト、ちょっと違うわ。『撃破』したのよ、……このケンキがね」


「ほう? あのマシンゴーレムを?」


 そう言って、賢紀をランボルトに紹介するエリーゼ。




 「撃破」という言葉にも、ランボルトは少々驚いていた。


 しかし続く賢紀の自己紹介には、目を見張って驚いた。

 見開かれた目が、伸びた眉毛の下から見える程に。




「どうも初めまして、ケンキ・ヤスカワです。フリード神の使徒をやってます」




 あまりに軽い自己紹介に、本当に神の使徒なのかと賢紀は疑われてしまった。




 その後いくつか【ゴーレム使い】の能力をろうし、ようやく本物だと信用された。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






「ではケンキ殿、自己紹介させていただきます。元宮廷魔道士のランボルト・フューラカンと申します」


 ランボルト老は、身体をプルプル震わせながら自己紹介した。


 元宮廷魔道士ということは、相当実力のある魔道士だったはずだ。

 

 しかし、寄る年波には勝てないということだろう。


 戦わせたら、ポックリってしまいそうな雰囲気だった。


 「しかも筆頭魔道士だったのよ」とエリーゼが補足するが、「相当昔の話だろうな」と賢紀は判断した。




 続いて自己紹介するのは、大柄な女剣士。


 ウェーブのかかった赤髪を、肩の辺りで切り揃えている。


「あたいはベネッタ・フェラーリン。傭兵さ。姫様の家臣ってわけじゃないけど、この集落じゃ主力の1人だからね。この会議にも、参加させてもらってる。主力と言っても、このザマでね……。得意の大剣は、使えなくなっちまったよ」


 ベネッタは、左手の肘から先を失っていた。


 巻かれた包帯が痛々しい。


 彼女の腰に下げられていたのは、片手用の直剣。

 今はこれに、得物を持ち替えていた。


 片手を失ってなお、集落の主力。


 大剣を使っていた頃は、凄まじい使い手だったのだろうと賢紀は想像する。




「俺はポルティエ・ナイレーヴン。ルータス王国諜報部所属だ」


 低くて渋い、セクシーバリトンボイスでそう告げたポルティエ。


 彼は無駄にダンディでカッコイイ、豚鼻の獣人。


 丸いサングラスの良く似合うその姿は、フランスの某映画俳優と空飛ぶ豚の賞金稼ぎを掛け合わせたかのようだ。




 この部屋で会議に参加しているのは、賢紀、エリーゼ、ランボルト、ベネッタ、ポルティエの5人。


 それぞれは、優秀な戦士なのかもしれない。


 だがルータス王国の首都エランを奪回するには、あまりに少なすぎる布陣であった。




 まずは王女であるエリーゼが、会議の口火を切った。


「首都奪回どころじゃないわね。まずは今回撃破した偵察機を探しに来る、捜索隊をどうするのかよ」


「敵のマシンゴーレムを無力化したという、ケンキ殿の秘術で何とかなりませぬか?」


 ランボルトの提案に、賢紀は首を横に振る。


「【ゴーレム分解ディスアセンブリ】は、直接相手の機体に触れる必要があります。今回は相手のほうから接触してきてくれたからやれましたが、戦闘機動中の敵機に行使するのは難しい」




 賢紀には、エリーゼのような超人的スピードはない。


 隠れて接近し、運よく1機はほうむれるかもしれない。


 だが、2機目は難しい。


 捜索隊として出てくる以上、敵が単機で来るとは考えにくかった。




「他の手段で、マシンゴーレムを撃退する策はあります。しかし今回の捜索隊を追い返しても、次は数を増やしてまた来る」


 賢紀の指摘に、皆が暗い顔になる。




「何回か来る内に、いずれこの集落は発見されちまうだろうね。その前にこっちから攻められればいいんだろうけど、この集落の戦力じゃあね……。他にも逃げのびた連中の拠点はあるのかもしれないけど、探して応援を頼む時間はないよ」


 ベネッタは右手だけで、お手上げのポーズをした。




「今回の偵察機が、どこから出撃したか分かりませんか?」


 賢紀の問いに、答えたのはポルティエだ。


「北西に行った所にある、ルーフ山脈の中継基地からで間違いない。元々は前線基地だった場所だが、帝国からの物資輸送の中継に適した位置だということで施設を継続利用している。前回の偵察時は、マシンゴーレムが6機も配備されていた」


 ポルティエの情報収集力に、賢紀は感心した。


 諜報員としては、かなり頼りにできそうだ。




「そこを潰すことができれば、かなり時間が稼げませんか?」


「実現できれば……だな。今の戦力でマシンゴーレム6機を相手にするなんて、頭のイカレた野郎のすることだ」


「向こうも、そう考えているでしょうね」


 そう言って賢紀はニヤリと笑った――つもりだった。


 けれども無表情な男なので、唇の端が少々吊り上っただけに終わった。




「今すぐ出発しても、明日の夕方に着けるかどうかわからん距離だぞ? 明日の朝になりゃ、奴らもすぐに捜索隊を組み始めるだろう」


「あ……ケンキ。土のゴーレムに乗って、時間短縮するつもりでしょう? それなら明日の朝には、なんとかなるかも?」


「いや。今夜中に、夜襲をかける」



 エリーゼの読みよりもさらに驚くことを、【ゴーレム使い】は言い出した。


 どういても、時間的に不可能と思える提案。


 会議場が騒然となる。




「準備を急ぐぞ。エリーゼ、ある程度頑丈な材木が欲しい。森に案内してくれ。そのあとお前の剣、ちょっと見せてくれるか? ランボルトさん、こういう魔法ってありますか? あれば教えて欲しいんですが……。ベネッタさん。黒か暗い青色の塗料って、この集落にありますか? 多めに使いたい。ポルティエさんは、中継基地までの詳細な地図を用意してください」


 ばやに指示を出す賢紀を、皆が不安げなまなしで見つめた。


 「正気か?」と、全員の目が言っている。




「フリード神の使徒である、俺の作戦が信用できませんか?」




 じんそくに準備をしてもらうためにも、ここは自由神様の威光を使わせてもらおう。


 賢紀はそう思ったのだが――






「フリード神様じゃしのう……」


「あたい、けっこういい加減な性格だって聞いてるよ」


「テキト……おおらかなところが、魅力の神様だからな」




 仕える神の威光があまり通用しないことに、賢紀は内心ガックリと肩を落とした。





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