第6話 【ゴーレム使い】の本気~ようやく見せ場ですか?~

 やすかわけんの中に、いっしゅんばくだいな量の情報が流れ込む。




 リースディア帝国で、初めて制式採用されたマシンゴーレム。


 GR-1〈リースリッター〉。


 流れ込むその情報は、構造、材質、機能、スペックなどにとどまらない。


 部品の加工方法や、製造工程、魔力回路の詳細。


 【ゴーレム解析アナライズ】の前には、技術上の欠点まで丸裸にされてゆく。


 動力源は、〈トライエレメントリアクター〉。


 魔素、マナ、瘴気。

 世界の三大エネルギーを大気中から取り込み、高速・高圧で衝突させて霊子核の融合を起こす。


 いわば魔力の核融合炉。


 大気がある限り、魔力を発生させ続けることが可能。


 機体しゅうどう部のもうを考えなければ、稼働時間はほぼ無限。




 骨格部は、油圧で動いていた。


 作動油フルードは、スライム系魔物が素材。

 魔力に反応して、強力に収縮・伸長する性質がある。




 高度な工業技術、魔法技術、錬金術が惜しげもなくつぎ込まれ、緻密に設計された、破壊を振りく芸術品。


 その機体情報詳細は、とても人間1人の脳に収まりきる情報量ではない。


 しかし賢紀の脳ではなく、体内にある【神の加護】メモリーに全てが保存されてゆく。




 GR-1の情報全てを吸い尽くし、賢紀の【ゴーレム解析アナライズ】は終了した。






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 解析を終えるのにかかった時間は、1秒未満。


 依然、賢紀はユリウスのGR-1にわしづかみされていた。


 ユリウスが機体右手を握りしめるだけで、即死してしまう状況には変わりない。




『てめえ! 今何を……?』


【ゴーレム解析アナライズ】は発動時に光ったり、音がしたりといったエフェクトは発生しない。


 いっしゅんで、静かに情報を読み取る能力だ。




 しかし、ユリウスは何か違和感を覚えた。


 彼が機体右手に力を込める前に、賢紀は次の行動を起こす必要があった。


 右手をユリウス機に触れたまま、今度は別の能力を行使する。




【ゴーレム分解ディスアセンブリ


 GR-1に向かって、膨大な魔力が流れ込む。




 握り潰されないよう、賢紀はユリウス機の右手から分解を開始した。


 構造は、細部に渡り把握している。

 今の賢紀なら、直接手で触れさえすれば無力化はたやすい。




 機械部の接合部品を緩めると同時に、魔力回路をカット。

 

 賢紀を掴んでいた右手は、握力を失った。

 

 さらに分解能力は、腕部を伝っていく。


 腰にある動力部や、頭部にある姿勢制御系統、コックピットの操縦系統にまで及ぶ。




 リアクターからコンデンサ間の魔力供給をカット。


 機体姿勢制御〈エーテルプロセッサ〉の集積魔法陣、シャットダウン。


 操縦系統装置、分解。


 映像投影魔道機ディスプレイ、ブラックアウト。


 集音魔道器マイク及び外部拡声魔道器スピーカー、沈黙。




 途中で多少、抵抗レジストされる手応えがあった。


 エリーゼ・エクシーズの話によると、この世界では錬金術師という者達も多少ゴーレムを扱えるらしい。


 錬金術に対する対策がほどこされているのだと、賢紀は理解した。


 しかし彼の【ゴーレム分解ディスアセンブリ】は、防げない。


 魔力も精度も速度も、この世界の錬金術師達とは次元が違う。




 賢紀は緩んだ右手から、解放された。


 ストンと足から、地面に着地する。


 その前に、GR-1は巨大な鉄クズへと変わっていた。


 完全に機能停止した鉄の巨人は、ゆっくりと後方に傾く。




 そして、轟音と土煙を上げて転倒した。




「まだ終わりじゃない。操縦兵パイロットも、無力化しないと」


 賢紀は油断していなかった。




 胸部装甲板の陰に、操縦席ハッチの開閉レバーが隠されている。


 故障して内側から開かなくなった時に、操縦兵を救助できないと困る。


 そのため外側からも、開閉可能に作られているのだ。




 レバーを引き、重いハッチをこじ開ける。




 その瞬間、銀色の光が閃いた。


 ユリウスが操縦席から跳ね起き、するどい刺突を放ってきたのだ。


 ナイフが深く、右胸に突き立てられる。




 ユリウスの行動は、賢紀の読み通りだった。


 彼のナイフは賢紀ではなく、アースゴーレムの右胸に突きたてられていた。


 ハッチを開ける瞬間が最も危険。


 そう判断した賢紀は2メートルサイズのアースゴーレムを作り、自分の代わりにハッチを開けさせたのだ。




 アースゴーレムは、突きたてられたナイフなどものともしない。


 左手でユリウスの頭部をつかみ、持ち上げる。




「ぎゃあああー! 痛え! 痛えよ! 離しやがれ!」




 大きな手で視界がふさがっているユリウスは、自分がどういう状況に置かれているのかあくできない。


 頭を圧迫する激痛。


 そして周りが見えない恐怖から逃れようと、手足を必死に振り回す。




「さて、こいつをどうするかな? とりあえず拷問にかけて、情報を聞き出してみるか?」


 賢紀の頭の中に、【ゴーレム使い】の能力を活用した拷問のアイディアが次々と浮かんでくる。


「ん? 俺ってこんなに、サディスティックな人間だったか?」


 首をかしげる賢紀の横を、いちじんの風が吹き抜けた。


 止める間もなく、ユリウスに向かって跳躍するエリーゼ。




 次の瞬間。




 鮮血の雨を降らせながら、ユリウスの首が宙を舞った。






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「あー。ごめんなさい使つかい様。まずは連れ帰って、尋問するべきでしたよね……」


 振り返り、エリーゼは謝罪した。


 彼女の全身は、返り血で真っ赤に染まっている。


 緑色のそうぼうは、何の感情もたたえてはいなかった。


 エリーゼが人を斬った経験は、いちや二度ではない。


 子供のような身長だが、血塗られた戦鬼のごときその姿。


 「はくぎんの魔獣」と呼ばれるだけのことはあると、賢紀は納得した。




(今は血まみれで、「真紅の魔獣」ってとこかな。……あれ? まただ。俺、さっきから何かおかしくないか?)




 自分の異常な精神状態に気づき、賢紀はがくぜんとした。


 殺人に対する、かんがなさ過ぎる。


 フリード神から使命を与えられた時は、自分が人の命を奪えるか疑問に思っていたぐらいなのに。


 直接手を下したわけではないとはいえ、明らかに不自然な精神状態だった。


 先ほどもすぐ、「拷問にかけよう」と思ってしまった。


 この世界では、そういう思考が当たり前という可能性もある。


 だが――


 日本に居た頃。

 周りからは「冷静沈着」、「鉄の心臓」、「Mr.ミスターポーカーフェイス」などといわれていた賢紀。


 しかし中身は平和な社会で育った、普通のいっぱん市民だ。


 銃弾飛び交う紛争地帯で育ったり、凄惨な死体を見慣れたベテラン刑事というわけではない。


 殺人とは無縁な場所で、今まで生きてきたのだ。


 首が切断された死体を見たら、おうするぐらいの反応が普通。


 平気でいられるようなメンタルは、持ち合わせてはいないはずだった。




「まさかコレは……。【神の加護】の効果なのか?」




 使命を遂行しやすいよう、【神の加護】が精神バランスを調整していると考えれば説明がつく。


 力をくれるのはいいが、精神への干渉などぞっとしない。


 これは加護の効果というより、副作用と言ったほうが良いかもしれない。

 

 人を殺して平然としている人間が日本に帰った時、平和な社会に適合できるのだろうか?


 無言で思案していた賢紀。


 それを見て、ユリウスを殺したことについて怒っていると思ったらしい。


 エリーゼは弁明し始めた。




「だけど……どうしても許せなくって……。お父様もお母様も……。お兄様もお姉さまもみんな……。騎士団のみんなも……。それをあいつ! 虫ケラって……」


 感情のなかったエリーゼの瞳から、涙がこぼれた。


 賢紀が召喚された時の――希望を見つけた感動の涙とは違う。


 失った多くのものを、彼女は実感してしまった。


 悲しみと喪失感が、流させた涙だった。




 賢紀は無言でエリーゼに近づき、血まみれの体を抱きしめた。


 そのまま背中を、優しくポンポンと叩く。




「エリーゼ、つらかったな……。つらかったのに、よく頑張った。きっとみんな、エリーゼの頑張りをわかってくれるから……」


「御使い様……。うっ……。くっ……。うわぁあああああっ!」




 しばらくの間、エリーゼの号泣する声が森に響き渡った。






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「もう! 御使い様まで、血がべっとりついちゃったじゃないですか。カッコつけて、抱きしめたりするからですよ。……というか、年頃の女性を気安く抱きしめたりしてはいけません!」


 意外と早く泣き止んだエリーゼは、プリプリと怒っていた。




(年頃の女性……ね。小学生か、良くて中学1年生くらいか?)


 賢紀とエリーゼには、30cmセンチくらい身長差がある。


 さっきのほうようは、どう見ても年頃の男女によるロマンティックな場面ではない。


 子供を泣き止ませようと、あやしている光景だったと賢紀は解釈している。




「魔法で綺麗にしちゃいますね。【フェアリィピュリファイ】」




 賢紀の全身が淡く光り、無数の小さな光の粒が浮き出て空中に消えてゆく。


 数秒後。

 付着していた血液は、綺麗さっぱりなくなっていた。




「体を綺麗にする、浄化の魔法だな。こんな感じか? 【フェアリィピュリファイ】」


 魔法名を唱えた瞬間、フッとエリーゼの体が光る。


 光の粒が、いっしゅんだけ舞い上がってすぐ消えた。


 賢紀より派手に血まみれなエリーゼだったが、1滴の血も残さず綺麗になっていた。




「え!? 御使い様、魔法使えたんですか?」


 目を見開いて、驚くエリーゼ。




「今、エリーゼの真似をして覚えた」


 事も無げに答える賢紀。




「見ただけで1発再現って、人間技じゃないですよ! 王国の宮廷魔道士でも無理です。しかも私より、発動も完了も早いし」


「そういうもんか? マシンゴーレムの姿勢制御術式に比べたら、単純な魔法だったぞ」


「はぁ……。さすがは神の御使い様……」


「あー、エリーゼ。御使い様って呼ばれると疲れるから、俺のことはケンキって名前で呼んでくれ。神の使徒らしく振舞うのは、しょうに合わないみたいだ。これからは地でいかせてもらう」


「そう、わかったわ。いやー。私もかしこまった言葉づかいって苦手だから、助かるわ。よろしくね、ケンキ」




 賢紀はタメ口まで許可した憶えはなかったが、まあいいかと思った。


 エリーゼが自分で言うとおり、お姫様というがらではないようだ。


 それに今の口調で話すエリーゼのほうが、歳相応で可愛らしく思えた。






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「それにしても、大した腕だ。さすがは『白銀の魔獣』」


 綺麗に首を飛ばされたユリウスの死体を見ながら、賢紀は感想をもらした。


 それを皮肉と受け取ってしまったエリーゼは、ばつの悪そうな顔をしている。


「ううっ、その二つ名やめてってば。カッとなって、斬っちゃったのは悪かったわよ。マシンゴーレムを修理させて、操縦方法を吐かせたほうが良かったわよね」


 エリーゼはせっかくマシンゴーレムをかくしたのに、使えなくなったことを後悔していた。




「大丈夫だ。修理と操縦に関しては、問題ない。それにもし、こんな奴を集落に連れて帰っていたら危険だったと思うぞ? お前のことを飼うとか言っていた、変態ロリコン野郎だからな」


「ロリコンって! ……ケンキは私のこと、何歳だと思ってるの? 16歳ですぅ~。成人なんですぅ~。種族がドワーフだから、ちょっと背が低いだけなんですぅ~。人間とのハーフだから、これでもドワーフとしてはかなり高身長なんですぅ~」


「俺の居た国では、成人は20歳からだった。16歳は子供だ」




 「まあ部分的には、充分大人だけど」などと思ったが、賢紀は口に出さない。


 エリーゼは小柄だが、出るところは立派に出ている。


 しかし女性として見てしまうと、自分もユリウスと変わらないロリコンということになってしまうのではないか?


 そう考えて、賢紀は彼女を子供扱いすることに決めた。




「うーん。これからどうしようかしら? 1機でもマシンゴーレムが手に入ったなら、色々とやりようもあったんだけど……。この操縦兵が戻らなかったら、間違いなく捜索隊を出されるわよね」


 腕を組み、賢紀に背を向けブツブツとつぶやくエリーゼ。

 今後の計画を練っているようだ。




「ねえ、ケンキ。あなたの能力を使って、何とか捜索隊を追い返す方法を……」




 そう言いながら振り返ったエリーゼは、目を見張った。




 あるべきものが、見当たらない。

 

 賢紀に背を向けるまでは、確かにそこにあった。




「……ケンキ? あなたいったい、何をしたの!?」






 地面に倒れたマシンゴーレムの巨体と、ユリウスの死体。




 その2つが、跡形もなく消えていた。





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