第8話 闇の中からの足音~何かいる!?~

「ヒャッハー! これはなかなか、楽しいじゃない!」




 やすかわけんの背後から、ご機嫌な少女の声が聞こえてくる。


 世紀末世界のモヒカンか、奇怪な動きをするなしのゆるキャラのような歓声。


 ごまんえつに叫ぶのは、エリーゼ・エクシーズ王女だ。




 彼女と賢紀の周りでは、森が緑のほんりゅうとなって後方へと流れ去る。


 高速移動する2人が乗っているのは、木製のウッドゴーレム。


 エリーゼから切り出してもらった材木で、賢紀が作ったものだ。


 これまで賢紀が作っていた人型ではなく、ダチョウのような体型をしている。


 本物のダチョウのような、長い首は必要ない。

 前方の視界をふさいで邪魔になるだけなので、付けてはいなかった。


 移動専用なので、2人が乗れるかごと座席も備えてある。




 高速移動と振動で、エリーゼが酔ったりしないか賢紀は心配していた。


 だが、このハシャギようなら問題ない。


 むしろ地球人である賢紀より、遥かに身体感覚が優れている彼女のほうが酔いにくそうだ。




 大丈夫だと判断した賢紀は、さらにダチョウゴーレムの速度を上げる。


 操縦と同時に、風よけの魔法をゴーレム全体に掛けていた。


 これで座席の2人は、風圧にさらされることがない。


 おまけに空気抵抗が減って、ダチョウゴーレムのスピードも上げることができる。




「ケンキー! 目の前、崖よー!」


「心配するな、飛び越えるぞ。しっかりつかまっていろ」


「うおおーっ! 気持ちイイイっ!」




 ダチョウゴーレムは、軽やかにジャンプした。


 幅10メートルはあろうかという崖を、余裕を持って飛び越える。


 逆関節構造の脚部で、ふわりと着地の衝撃を吸収。


 再びトップスピードに乗る。




 その後も岩壁を駆け上がったり、川を突っ切ったり。


 ダチョウゴーレムは、走破性をかんなく発揮していく。




「この調子なら、かなり早く到着できそうよー!」


 銀髪王女の声は、とても楽しげだった。


 帝国軍の基地に、カチコミを仕掛ける旅の途中だとは思えないほどに。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






「やっぱり、だいぶ早く着けたわね」


 山の中腹に身を隠しながら、エリーゼがつぶやく。




 現在2人がいるここは、ルータス王国北部に位置するルーフ山脈。

 

 時刻はまだ夕方。

 たそがれどきというには早い時刻。


 ほとんど休憩を取らずに、走り続けてきた2人。


 昼頃に隠れ集落を出発してから、わずか4時間での到着だった。




 賢紀とエリーゼは、双眼鏡型の魔道具で基地を偵察していた。


 これは見た目通り、望遠の魔道具だ。


 光魔法を応用して、かなり遠くまで見ることができる。




 敵の中継基地は、小規模な要塞と言ってもいい代物だった。


 前線基地を、再利用しているという話だったが――




 土を固めた防壁に、石造りの倉庫。


 そして、中央の司令部らしき建物。


 小型ではあるが、まさにとりで




 通常、前線基地というものは戦線の少し後方に配置される。

 最前線に、物資や交代要員を送り込むためだ。


 戦線の移動にともなって、前線基地も移動するものである。


 こんな防壁や石造りの建物では、設営したり取り壊したりするのが大変なはずだ。




 賢紀はダンディな豚獣人スパイ、ポルティエ・ナイレーヴンの話を思い出していた。




 リースディア帝国軍は、マシンゴーレムを使って基地を設営するという。


 おかげで生身の人間にはできない、力仕事ができる。


 それだけではない。


 整地や建築には、土魔法が用いられる。


 マシンゴーレムの魔法杖でブーストすれば、誰でも上級魔道士級の土魔法が使えてしまう。


 取り壊す時も同じ。


 だから帝国軍は、前線基地もそれなりにけんろうに作るという。


 彼らの前線基地は、テントなどである必要はない。

 簡単・迅速につくれるなら、堅牢な方が安心だ。


 もっともこのルーフ山脈中継基地の場合は、頑張って作り過ぎたらしい。


 もったいいから、施設を中継基地として継続利用しているとポルティエは話していた。


 中継基地とするのに、ちょうどいい位置だという理由もある。




 つまり元前線基地だとは思えないほどに、守りは固かった。




「エリーゼ、真夜中に仕掛けるぞ。早めに晩飯食って、仮眠しておこう」


「はいはい。腹が減ってはいくさは出来ぬ……ってね」


 この世界にもその格言があることに、賢紀は少々驚いた。


 やはりどの世界でも、食糧が大事なのは変わらない。



 

 賢紀達は山中の小さなどうくつに身を隠し、夕食を取ることにした。


 エリーゼが光魔法で小さな光球を作り出すと、洞窟の中は充分に明るくなる。


 同時に、2人の気持ちも落ち着いた。


 洞窟の入口は基地の方角とは逆向きなので、光を発見される可能性は低い。




 夕食に持たされたパンは、ホットドッグのようなものだった。


 ケチャップや、マスタードまでかかっている。


 見た目も味も、地球のものとそんしょくがない。




「集落で、昼飯食わせてもらった時も思ったが……。この国の食文化って、凄く進んでないか?」


「ん? ケンキの国には、こういう食べ物なかったの?」


「いや、あったが……」




 考えてみればこの世界に来てから、隠れ集落でぐらいしか人々の生活を見ていない。


 フリード神から「近世ヨーロッパ程度の文明」と聞いていたが、マシンゴーレムみたいな人型機動兵器が開発されている世界だ。


 賢紀がイメージしているものよりも、文明ははるかに進んでいるのかもしれなかった。




「ごちそうさまでした。……さて、少し読書でもするか」


「あれ? ケンキ、寝ないの?」


「食べてすぐ寝るのも、胃に悪いからな。ランボルトさんから借りた魔道書で、少し魔法の勉強をな。……ふむ、凄いな。ランボルトさんのオリジナル魔法なんてのも書いてある。爆炎の魔法か……。ランボルトさんも、過激な魔法を編み出したもんだ」


「ふーん。それじゃ、私は自由神様にお祈りしとく」




 エリーゼはフリード神に向けて、何やらぶつぶつと熱心に祈っていた。


 彼女はかなり、けいけんな信徒のようだ。


 自分のボスに信仰心を捧げてくれる貴重な存在を、大切にしなければと賢紀は思う。




「ケン……が……フリ…………を……コツって……」


(……? エリーゼの奴、何か余計なこと祈ってないだろうな?)


 魔法の勉強を進めながらも、賢紀はエリーゼの祈る内容が気になった。




 腹がこなれたので、2人は仮眠を取ることにする。


 見張りはなし。

 体力温存を優先だ。


 賢紀は魔力感知。

 エリーゼは敵の気配を察して、飛び起きる自信があったというのもある。


 時計型魔道具の目覚まし機能をセットし、【ゴーレム使い】と王女は眠りについた。




 目が覚めた時、賢紀は足の親指が巻き爪になっていた。






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 帝国第4機動兵団所属の兵士、キャンバース。


 彼は夜中の見張り任務についていた。


 ルーフ山脈中継基地の見張り台から、周囲を警戒中。


 異常は見当たらないが、油断できない状況だ。


 ルータス王国の生き残りによる潜入・破壊工作の可能性は、充分に考えられる。


 見張りの責任は、重大だった。




 よいは新月。


 この世界には3つの月があるが、全て姿を隠している。


 基地の周辺は、深い闇に包まれていた。




「おっかねえなあ……。早く交代の時間にならないかなぁ……?」


 ブツブツと呟きながら見張りを続けていると、闇の中から物音が聞こえた。


 基地の正門がある方角からだ。




「ヒッ! ……何かいる!?」

 

 キャンバースは思わず、短い悲鳴を上げてしまった。


 しかし、すぐに気づく。

 これは聞き慣れた音だと。


 マシンゴーレム、GR-1〈リースリッター〉の足音だ。


 キャンバースは、ホッと胸をで下ろした。




おどかしやがって! 偵察に出ていた、ユリウスの野郎だな!? 照明魔法ぐらい、使えよ……。ほうじょうは持っているんだろう? 故障か?」




 GR-1の足音が、大きくなる。

 

 キャンバースは、違和感を覚えた。




 足音のテンポが、速すぎる。




「何だ? 全力疾走しているのか?」


 嫌な予感がしたキャンバースは、サーチライト型照明魔道器のスイッチを入れた。




 音のする方向へ、光を向ける。




「なっ!」




 光に照らされたGR-1は、ダークブルーに塗装されていた。


 闇に溶け込み、夜間は非常に目視しづらい色だ。


 この基地に配備されているGR-1は、全て銀色のはず。




「ユリウスじゃない! あいつはあんな操縦はできない! ……というより、GR-1の限界速度を超えている!」




 全く速度を緩める気配がない、ダークブルーのGR-1。




 敵だと判断したキャンバースは、全力でけいしょうを打ち鳴らした。


 続いて拡声魔道器スピーカーで、基地全域に向かって叫ぶ。




「敵襲ーーーー!! 総員ただちに――」




 キャンバースは、そこまでしか言葉を発することができなかった。






 驚異的な速度で正門に到達したGR-1は、肩からのタックルで門を粉砕。

 基地内に突入する。


 続けざまに剣をいっせんさせて、見張り台を斬り落とした。





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