第3話 御使い様の初陣~チェンジお願いできますか?~

 やすかわけんは、目の前にひざまずく少女を観察する。




 エリーゼ・エクシーズと、彼女は名乗った。


 腰まで届くストレートの銀髪は、よく見ると薄く紫の光沢がある。


 旅人風の服は、藤色。


 背中には、シャープな長剣を斜めに背負っていた。


 跪いてこうべを垂れたままなので、他の特徴はまだ分からない。




おもてを上げよ。信徒エリーゼ」


 賢紀はいかにも「神の使つかい」といった、ぎょうぎょうしい口調で命じる。


 自由神の使徒であることや、【ゴーレム使い】の能力を隠したりといったちょうをするつもりはなかった。


 そういうのは、異世界でひっそりスローライフを送りたい者の行動である。

 

 これから神々の代理戦争という、大仕事が待っているのだ。


 フリードを信仰する者たちに神の使徒としての力を見せつけ、信徒の数と信仰心を増やしていかなければならない。

 

 自重など、している場合ではないのだ。




(仕事ほったらかして、田舎に隠れてスローライフしたらダメか?)


 そんな考えも頭をぎったが、賢紀の中にある神の加護が警告する。


 どうやらフリードが消滅すると、【ゴーレム使い】の能力も消えてしまうらしい。


 なんの能力も持たない普通の人間になった賢紀が、魔物のばっする危険な世界で生きていくのは難しい。


 結局彼は、神の使徒としての使命を果たすしかない。




 まずはこのエリーゼから、情報収集をしなければ。


 顔を上げた彼女は、まだあどけないようぼうの美少女だった。


 涙でうるんだ、緑色の大きな瞳。


 肌は雪のように白い。


 ひたいに巻かれているのは、控えめな装飾がほどこされたはちがね


 胸には金属製の胸当てが装備されており、左右非対称で心臓側を広めにカバーするデザインになっていた。




(む……! デカイ!)




 エリーゼの身長は、140cmセンチ台半ばに見えた。


 なのでせいぜい12~13歳くらいだと、賢紀は踏んでいた。


 だがエリーゼの胸元は、強烈に自己主張している。


 胸当ての上からでも、はっきりわかる程に。


 12~13歳くらいだとすると、不自然なサイズ。


 異世界だし、二次性徴がやたら早い種族とかなのかもしれないと賢紀は結論づけた。




 なるべくエリーゼの胸元を、見ないように気をつけなければ。


 女性は視線に敏感なのである。


 使徒が子供の胸をチラチラ見る変態では、自由神への信仰が集まるはずもない。




 幸い賢紀は、そういう視線が非常にバレにくい男であった。


 男なので、見てしまうことは見てしまう。


 だが視線はズラしたまま、周辺視野で女性のぎょうしてはいけない部分を鑑賞するテクニックにけていた。




「我が名はケンキ・ヤスカワ。自由神フリードよりつかわされた、使徒である。助けを求めていたのは、そなたか?」


 その言葉を聞いたエリーゼの瞳から、涙がこぼれ落ちた。


 フリードへの祈りが通じたことを知り、感極まって流した涙だ。




「はい、私です。この国の現状を、ご説明させていただきます」






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 賢紀が召喚されたこの国の名前は、ルータス王国。


 自由神フリードを信仰する者が、多く集まる。


 人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔族と、多種多様な種族が暮らす国。


 国内における種族間のいさかいや、隣国との小競り合いも少しはあった。


 だがおおむね、平和な国だった。


 2週間前。


 リースディア帝国の攻撃によって、王国首都エランが壊滅するまでは。


 リースディア帝国は、いくさがみリースディースを信仰する国家。


 つまりは自由神フリードの使徒である、賢紀の敵だ。




 追い詰められた国王は、帝国の将軍に一騎討ちを挑んだ。




 そして敗れた。




 王妃達も、派手に抵抗したらしい。


 「捕虜になったり処刑されるよりは、最期まで好きに暴れたほうがずっといいわ!」と言い切って。




 なんとエリーゼは、ルータスの第3王女だという。


 彼女の兄妹である王太子や王子、王女は住民を避難させようと帝国軍に立ちはだかり戦死。


 エリーゼは、王家唯一の生き残りなのだ。




 彼女は、王位継承権が低かった。


 代わりに剣才があり、本人も「お姫様なんてがらじゃない」と思っていたので騎士団に入った。


 ルータスでは継承権の低い王子や王女は、わりと自由に生きることができるという。


 騎士団に入ったり魔法研究所の研究員になったりと、進路は様々だ。




 リースディア帝国による首都エラン総攻撃の際、エリーゼは騎士団の任務でへきへと派遣されていた。


 それゆえに、生き延びたという。




 彼女が馬を飛ばし、首都エランに帰り着いた時にはもう遅かった。


 陥落してから、丸1日が経っていたのだ。




 そのまま1人で、戦後処理中の帝国軍に斬り込んでやろうかとも思ったらしい。


 しかし、彼女は踏みとどまった。


 首都を脱出した難民達の集落があるという情報をつかみ、合流することにしたのだ。


 集落には、少数だが生き延びた家臣達も居た。


 エリーゼ達はそこに潜伏し、エランを奪還する力を蓄えている最中だという。






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「……それでエリーゼよ。そなたはなぜ、こんな森の中で助けを求めていたのだ?」

 

「実は今、帝国の偵察兵が集落に向かってきております。前回は集落の位置を悟られぬ方角へ誘導することに成功したのですが、今回は難しそうです。ある程度の確信を持って、集落の方向へと向かってきていると思われます。このままでは、集落を発見されてしまうでしょう」




 偵察「兵」ということは、1人だけなのではないかと賢紀は疑問に思う。


「敵の人数は、1人だけか?」


「私が確認したのは、1人だけです」


「その偵察兵は、帝国一の凄腕とかではないだろうな?」


「いえ。前回私の誘導に引っ掛かったことから察するに、まだ未熟な兵かと……」




 賢紀は混乱した。


 集落が発見される前に、サクッと倒せないのか?


 エリーゼは、剣の才能がある騎士という話では?


 確かに彼女はまだ子供みたいだが、集落には他の家臣達も居るはずだ。


 複数人でかかっても、勝てないのか?


 帝国兵とは、未熟な兵でもそんなに強いのか?




 エリーゼの話には、少々疑問が残った。


 だが構わずに、賢紀は話を進める。




「案ずるな、信徒エリーゼ。神の使徒の力を見せてくれよう。戦女神のせんぺいなど、恐るるに足らぬ」


 賢紀は右手の中指と人差し指を立て、クンッと持ち上げるように動かす。


 少年漫画に出てくる、スキンヘッドの戦闘民族宇宙人がやっていたポーズを拝借させてもらった。


 指を立てた瞬間、地面から土砂が噴き上がる。


 賢紀の周り、3か所からだ。


 土砂はすぐに、人の形を取る。


 大きさは、全高4メートルほど


 土でできた巨人、【アースゴーレム】。


 それを3体、賢紀は作り出した。




「神の加護による秘術、【ゴーレム創造クリエイト】だ。偵察兵1人どころか、1個小隊くらいは蹴散らしてくれよう」


 賢紀は腕を交差させ、てのひらを自分のほうに向けた。


 さらに指を軽く曲げ、ポーズを取る。


 今度は大型の操り人形で戦う、バトル漫画のポーズだ。


 神の使徒には、演出も必要。


 せいぜいカッコつけて、フリードへの信仰心を集めなければいけない。




 エリーゼを見ると、微妙な表情をしていた。


 言いたいことがあるんだけど、言えない。


 そんな風に見える。




「さ……さすがは神の使つかい様。こんな大きなゴーレムを、3体も同時に作り出すなんて……。王国一の錬金術師でも、不可能でしょう」




 エリーゼの目は死んでいた。


 せりも棒読みだ。


 「刺激が強過ぎたんだな」と、賢紀は思った。


 ウェブ小説やライトノベルで、主人公のチートな能力に周りが引いてしまうアレだと。


 賢紀が勝手に納得した時、森の奥から轟音が聞こえた。




「……! 御使い様! 来ます!」




 賢紀とエリーゼの居る場所は、森が少し開けて広場になっている。


 その広場の向こう側。


 森の奥から敵が、やってくる。


 轟音は一定のリズムで聞こえ続け、徐々に大きくなってきた。




「これは足音か? 偵察兵のくせに、ずいぶんと大きな音を立てる奴だ。全身鎧フルプレートでも、着込んでいるのか?」


 疑問を口にする賢紀の隣で、エリーゼが背中の剣を抜いた。


 轟音のする方向へ、油断なく構える。




 賢紀も臨戦態勢を取っていた。


 相変わらず、人形使い風ポーズだ。


 ゴーレムは、魔力の糸とかで操作しているわけではない。


 なので本当は、こんなポーズは必要ないのだ。


 しかし彼は、徐々に使徒としての演技にノッてきていた。




 足音の大きさからして、そろそろ森から出てくる頃。


 賢紀はそう思っていた。


 だが、敵はなかなか出てこない。




「……む? まだ足音が、大きくなるのか?」




 落雷のような破裂音と共に、木々がなぎ倒される。


 その奥から「ソイツ」は現れた。




 右手には、西洋風の片手剣。


 左手にはがく模様の刻まれた、短い棒状の武器らしきもの。


 全身は、鎧に覆われていた。


 だが地球の中世で使用されていた全身鎧などとは、全然デザインが違う。


 「鎧」というより、「装甲板」という表現がしっくりくる。


 そして、かなりずんぐりした体型だ。




 そして「ソイツ」の身長――いや、全高は6メートルくらいあった。


 ジェットエンジンのような、甲高い吸気音。


 関節部から覗く、油圧シリンダーらしきもの。


 目の部分には、大きめのスリットがある。


 その闇の奥から、無機質な緑色の光が覗いていた。




(……ロボじゃねぇか!)




 賢紀が3度の飯より好きな、ロボ――人型機動兵器。


 夢にまで見た存在が、目の前にある。

 

 ただしそのロボは今、賢紀に殺意を向けてくる明確な敵だった。


 感動している場合ではない。




「エリーゼよ。偵察兵とは、あれのことか?」


 ロボット兵を指差して、賢紀が問いかける。


 エリーゼは、こわった表情でうなずいた。




「たしかに1人と言えば、1人のようだが。あのような相手の場合は、1機とか言ってくれたほうが……。私にも、心の準備というものが……」




 賢紀は喋りながら、3体のアースゴーレムをロボット兵へとけしかけた。


 目線もエリーゼのほうに向けたまま、ノールックでの完全な不意打ち。


 しかも3方向からの同時攻撃だ。


 


 4メートルサイズとは思えない俊敏な動きで、アースゴーレム達はロボット兵に迫った。




 しかし――




 ズシャアアアッ! という破砕音。




 アースゴーレムは、一瞬で粉砕された。


 ロボット兵が右手に持った剣。

 その横薙ぎ一閃で、3体ほぼ同時に。




 散々カッコつけておいて、まさかの瞬殺。


 ゴーレム達と一緒に、神の使徒の威厳とか信頼とかも粉砕された瞬間であった。




(これはちょっと、気まずいな)




 賢紀がチラッと、エリーゼに視線を向ける。


 そこには天をあおぎ、祈りの言葉を口にする少女の姿があった。






「自由神フリード様。この御使い様は、チェンジお願いできますか?」





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