BAD CYCLING|3分で読めるSFショートストーリー

Joe Jan Jack

***

 ねえ、……てる?

「ねえ! おーぼーえーてーるー!?」


 背中合わせでチャリケツに乗ったミキが叫んでいるが、俺は漕ぐのに必死でそれどころじゃない。

 走っているのは幅51センチの高架。バスタオルほどもないレールは、廃れた遊園地を一周する跨座式鉄道の軌道だ。

 蔦に埋もれたジェットコースターを見下ろし、錆びついた観覧車の脇を抜けて続いていく。車輌運行が止まっていることだけが救いの一本道だ。


「あの時私が言ったこと、覚えてるのかって、聞いてんの! ……右!」


 左後方で短い破裂音。

 ミキがハンドガンを弾くと、反動でハンドルを取られる。ミキが右と言えば俺は左に、左と言えば右に、体重をかけて車体のバランスをキープする。


 一拍遅れて爆発音。振り返って確認する余裕はないが、追ってくる自爆ドローンを仕留めたのは音でわかる。


「そういえば、アヤとは本当に何もないの?」


 やる気のない民間委託の小型ミサイルが頭上を通り過ぎて、前方左手の城風建物の腰を砕く。

 着弾で起こる爆風。倒壊するコンクリート。脚に力を入れて爆風に突っ込む。粉塵で視界が悪い。記憶の中のレールをなぞる。煙幕から抜けたら右カーブ。


「パンケーキ食べたい。あ、左!」


 銃声、爆発。今のは対応が遅れた。景色が傾く。全体重を右にかけて、やっと車体を起こすことができた。


「集中集中! まだまだ来るよ!」


 左左右、と言いながらミキは撃ち分ける。両側に早撃ちすると反動が相殺されて、バランスが取りやすい。


「あれ? 何の話だっけ?」


 後ろ手でミキが俺の尻ポケットからマガジンを抜く。ラスイチだ。追手は無尽蔵の国家予算。レールはいずれ元来た道へ戻るわけだから、最初から袋のネズミだったのは、承知の上ではあるけども。


「あーもぉ! お尻痛い!」


ミキの後頭部が俺の背骨を叩く。往復する上半身は前に後ろに重心をずらす。こういう時は無理に漕がない。ブレるハンドルを力で押さえつけて、腕が抵抗を感じなくなるまで待つだけだ。ただ、当然、スピードが落ちてくる。


「こらっサボるな! あんまり引きつけて撃つとカウンターくらうよ!」


 文句を言いながらもミキが大人しくなったので、俺は立ってペダルを強く踏み込んだ。のろくなってよろけ始めていた車体を、前進する勢いでなんとか安定させる。


 右、ドカン。

 左、ドカン。


「あ」


 左。

 爆発が起こらない。はずしたな。

 

 右右左右。銃声と爆発の数が合わなくなってきている。俺の脚も、なんでチャリは前輪の脇あたりにフットレストついてないのか腹立つくらいに疲れている。


 駅でチャリを捨てて地上に降りるしかない。……駅が無事残っていれば。

 ここまでにいくつか通り過ぎてきた駅は、ホームに上がれても出口が瓦礫に埋もれているか、バリケードで封鎖されていた。


 レールはあと半周は残っている。駅はたぶん三つか四つ。その全部回ってもウェルカムな所はゼロかもしれない。なら、次の駅がどんな状態でも降りる。


「ねえ、アヤってさ、狙ってるやついっぱいいるんだよ」


 上空から回転翼の音が近づいてくる。軍が追いついた。後ろからまたドローン。爆発音が前より近くに聞こえる。俺はひたすらチャリを漕ぐ。


「誰かのモノになるのも時間の問題かも〜」


 ヘリは大きく旋回している。まだ見つかってない。前方100メートルには……アーチ! 駅舎だ。屋根の下に滑り込めれば、ヘリからは探しにくい。早く、あそこへ!


「だから、早くしないと、さ」


 あと少し、というところで、突然ペダルを踏む脚に手応えがなくなった。チェーンが外れたみたいだ。動力を伝える手段を失った、ただの二輪を回すのは、惰性だけ。


「言ったでしょ」


 ミキの重心が動いて、チャリが蛇行しかかる。俺はハンドルを細かく左右に切って堪える。

 ミキの両手が俺の肩をつかむ。何をしようとしているか見当はつくが、今手を離せない。チャリを止めるか。いや、レールの上では降りるのに必要な幅がない。ドローンの羽音が大きくなってくる。


「アヤに乗り換えてもいいって。それなのに、なんで迎えに来ちゃうかな〜」


 速度が落ちてくるにつれて車体がフラつく、前輪がレールのキワすれすれを掠める、すぐそこに見える駅舎が、少しも、近づいて、こな、い……。


「       」


 ぐん、と後ろから蹴られた感触のあと、後方近距離で爆音が弾ける。気がつけば駅舎の中に俺だけが転がっていた。


 でも、ありがと。


 何も聞こえなくなった耳に、あいつの最後の言葉が残っている。

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