第25話 感情
アランとフウラがニンファを離れて2日目の早朝。
2人はアルケイトで作り出した小舟に乗り、最後の依頼の場所、北の果ての絶海に来ていた。
「本当こんな所にイヴィルクラーケンなんているの?暗いし霧も掛かってるし、なんか不気味…」
フウラは警戒するように周りを見渡す。
「ここに居る筈だ」
アランは小船の上で立ち上がり、霧掛かった海面に向かって手を伸ばす。
「アンタ、何する気?」
「朝早いからな、まだ寝てるかもしれん」
そしてアランは、海面に向かって空間を指で弾いた。
すると、数十メートル先の海面が爆発し大きな音と水飛沫が発生する。
「なっ!なに!?」
その爆発にフウラは驚く。
先程まで霧掛かっていた周辺は、爆風によって晴れ渡る。
2人の静寂は僅か、直ぐに地鳴りと共に小舟が激しく揺れ出し、それは海底から近づいてくる。
「準備しろ。お出ましだ」
海面から姿を現したのは、タコとイカを混ぜた様な外見をし、水を切り裂く程鋭い触手を20本以上持った、巨大な魔獣だ。
「ちょっ!?デカっ!!」
規格外の大きさに海面は激しく波を打ち、船が揺れる。
爆発によって目が覚めたイヴィルクラーケンは2人に気づき、触手をうねらせ戦闘態勢に入った。
アランは再び海面に手を伸ばし、水面に向けた人差し指から紺碧色の魔法陣が出現した。
「アイスティア」
魔法陣が消え、人差し指から一滴の雫が海面に落ちる。
瞬間、辺りは氷の世界へと変わる。
海面は凍り、遠くへ逃げた霧は氷霧に姿を変える。
イヴィルクラーケンも忽ち凍り、身動きが取れなくなった。
そして2人は船から降りて、イヴィルクラーケンに近づいた。
「これでリスクゼロだ」
「よし!後は私に任せなさい!」
フウラは仮面を外した。
「ここだけは本当に気が進まん…」
「アンタがそれ言う!?私だって凄く嫌なんだから!でも、仕方ないでしょ!これしか方法が無いんだから!」
「血縁じゃなかったら、俺は普通に犯罪者だな…」
「良いから早くしなさい!」
アランはため息を吐くと、徐に手を伸ばした。
——ムニュ
アランはフウラの胸を揉むと、フウラの左目は赤く光った。
——時は8日前に遡る。
空と海が一望できる孤島の頂にて、フウラは魔眼習得の為にゴブリンと奮闘していた。
アランは結界内でベッドの上に座りフウラに話しかける。
「おーい。逃げてばっかりじゃ習得出来ないぞー」
広大な敷地でフウラは大量のゴブリン達に追いかけられていた。
「ハァ…!ハァ…!——なんか…もっと良い方法ないの!?」
「魔眼が一番発しやすい状況ってのは、生死を彷徨うことだ」
「アンタ私に死ねって言うの!?」
「そこまでは言ってない。当然死にそうになった時は助ける」
「その時じゃ遅いのよぉぉぉ!」
——10分後
フウラはアランとアースゴブリンが居る結界内で、息を荒げ体を大の字にして倒れていた。
「お前、体力無さすぎ。まだ10分くらいしか経ってないぞ」
「ハァハァ…ハァ…ハァ…どちらかと…言えば…私…頭を…使う…タイプの…魔族…だから…」
それを聞いたアランは驚愕した。
「何よ!?その目は!?」
「お前が…頭を使う…!?」
「そうよ!悪い!?」
アランとアースゴブリンはフウラに悲しみの目を向ける。
「やめて…!そんな目で私を見ないで…!」
フウラはうつ伏せになり、体を丸めて頭を抱えた。
「はいはい、茶番は終わりだ。特訓を再開するぞ」
「ええー!もう!?」
「当たり前だ。極限状態の時にこそ、魔眼は発動する…はずだからな」
「何よ最後の間は?アンタ本当にこれ特訓になってんの!?」
「…多分」
「もぉー!しっかりしてよ!根本が違ってたら、やり損じゃない!」
それからフウラは極限の状態になるまで3日間、ゴブリン達に追いかけ回された。
彼女の言葉は悲しくも事実となり、この期間目ぼしい成長は見られなかった。
——特訓4日目の朝
フウラの状態は完全に極限であった。
目にはクマが出来、顔はげっそりし、体からは異臭を放っていた。
その状態を見たアランは一言放った。
「根本を間違えたみたいだ」
「やり損じゃない!このバカ!」
張り詰めた緊張の糸が解け、疲労感が一気に押し寄せ、フウラは結界内で倒れ込む。
「何か…別の方法ないの…?」
今にも死にそうな声を出すフウラ。
「まぁ、一応あるのはあるんだが…」
「先にそれをしなさいよ!」
その言葉を聞いたアランは、少し考えた後口を開く。
「やっても良いけど、後悔はするなよ?」
「え、何するつもり?」
「それは言えない。知ったら身構えるだろ」
「私に何するつもりよ!?」
フウラは飛び起き、自分の体を抱いて警戒する。
「強制開眼は外的要因のインパクトが重要なんだ。内容を知ってしまうとインパクトに欠けるから、言えない」
フウラは怪しむ様にアランを睨む。
「別に強制はしないさ。これも100%開眼する方法とも言えないしな。ただもし、お前が少しでも前に進みたいと思うのなら、俺は協力するって話だ」
「わかった…やるわ…!」
フウラは決意した目で答え、それを聞いたアランはフウラに近づいた。
「分かった…。行くぞ…!うぉぉぉおおおおお!」
アランは大声を上げて気合を込めた。
——ムニュ!
アランは渾身の右手でフウラの胸を掴んだ。
——アランは、フウラの
「まさかこんな形で魔眼を開眼させるなんてね…」
フウラは微妙な顔をして言った。
「開眼と言っても、これは外的要因が強過ぎる。触れられる事に慣れてしまうと、魔眼が使えなくなってしまう。だからその前に、自力で開眼できるようになるんだ」
「そんな事言っても、自力で開眼する方法なんて知らないんだから無理じゃない」
「まぁこれは俺の憶測だが、重要なのは感情のコントロールだ」
「感情のコントロール…?」
「あぁ。今までお前が魔眼を開眼した時の状況を思い出してみろ。隕石を落とされて死にそうになった時も、アースゴブリンの動きを止めた時も、この前の特訓で胸を触られた時も全て、感情が激しく表に出ていた。喜びや怒り、恐怖や羞恥といった感情の現れがトリガーになるんだと俺は思う」
「感情なんて殆ど外的要因じゃない。コントロールなんて出来るわけないわ」
「それもそうか。唯一の救いはお前が感情的だった事だな」
「何それ?嫌味?」
「いいや。褒めたんだ」
アランはフウラが不機嫌になる前に、手を差し出した。
昔のように抵抗や疑問も無く、フウラはその手を握る。
瞬間、2人は氷の世界から消えた。
——2人はニンファ国から少し離れた、森の木陰に転移した。
「くぅー!!やっと帰ってこれたわ!」
2日間にも及ぶ遠征から帰ってきたフウラは、大きく背伸びをする。
「ギルドに報告が終わったら——」
言葉の途中で、アランは何かの異変に気づく。
「どうしたの?」
「臭う」
「えぇ!また私臭い!?」
——突如、アランは猛スピードで森を走り出した。
「ちょっ!何よ!?」
フウラは置いてかれまいと、アランの後を追う。
アランは直ぐに森を抜け立ち止まり、遅れてフウラも森を抜ける。
全力疾走をしたフウラは膝に手をつき、息をゼーゼー吐いて下を向く。
「もう…!いきなり何よ…!そんなに私が——」
フウラも五感から感じ取れる異様な雰囲気に気づき、顔を上げる。
そこ見えたのは、ニンファの城門が大きく崩壊し、町の全貌が明らかとなっていた。
町に並ぶ店々は酷く崩壊し、至る所から火柱があがっていた。
その光景はまさに、進軍され崩壊した、かつての魔王国の様だった。
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