第22話 出発
早朝。
アランは、ベッドで腹を出して寝ているフウラを叩き起こす。
「起きろ。仕事に行くぞ」
「——ふぇ…待って…もう…飲めない…」
完全に寝ぼけているフウラは、昨夜の宴の夢を見て寝言を言った。
アランは小さくため息を吐くと、フウラの頭を右手で鷲掴みした。
その手から小さい魔法陣が生成され発光する。
するとフウラが覚醒し、体を起こした。
「二日酔いじゃ無い…!?なんか、すごい寝起きがいいんだけど…!」
「寝起きが良くなる魔法を掛けた」
「何それ…毎日掛けて欲しいんだけど」
「次からは自力で起きろ」
こうして2人の1日がまた始まった。
フウラはすぐに出掛ける準備をして、アランと宿の一階に降りる。
そして2人は朝食を取り、宿を後にした。
2人の存在はニンファの町で大きくなりつつあり、以前ならば注目を浴びる程度だったが、今では町の人が挨拶を交わしてくれるようになっていた。
そして2人はいつものギルドに到着し中に入ると、受付嬢が1人で昨日の宴の後片付けをしていた。
「おはようございます!」
入って来た2人に受付嬢は元気よく挨拶をし、2人はそれに挨拶で返答する。
「早いな。感心な事だがお前こそ、ちゃんと休息は取っているのか?」
「もちろんです!それに私、お酒に強い方なので昨日くらいじゃ潰れませんよ!」
それを聞いたフウラは驚愕した。
「アンタ…私より飲んでたでしょ…」
「あれは飲んだうちに入りませんよ!」
「普段どんだけ飲んでんの…」
2人の会話が終わった所でアランが受付嬢に話しかける。
「掃除してる所悪いんだが、ゼオライト級の依頼を全部受注したい」
「全部ですね!わかりました!」
受付嬢は快く承諾する。
「もう前みたいに驚かないのね」
ブロンズ級の依頼を全て受けた時、フウラと受付嬢は天地がひっくり返るくらい驚いていたが、今回は驚かずに平然としていた受付嬢を見てフウラが言った。
「えぇ。もう驚きませんよ。だって依頼を受けている方がアランさんとフウラさんですからね!全部達成して帰ってくるって信じてますから!」
そして、受付嬢はギルドカウンターへ行き事務手続きをした。
受付嬢は依頼の説明をし、2人を送り出す。
「いつも助かる」
「いえいえ!私はもう2人の専属受付嬢みたいなものですからね!」
「なにそれ?階級の高い冒険者には専属で受付嬢が就いたりするの?」
「そう言う訳では無いのですが、2人はこれからもきっと活躍していくと思います。そんな2人をもっと近くで支えていきたいなって私が勝手に思っててその——」
言葉の途中で、受付嬢が深々と頭を下げる。
「至らぬ点も多々あると思いますが、これからも精進していきますので、こんな私で良ければこれからも宜しくお願い致します!」
彼女の真剣な言葉にアランが答える。
「名前は?」
受付嬢は頭を上げて名前を言う。
「イレーナ・メルアトスです」
「そうか。今回は依頼が達成するまで2、3日掛かりそうだ。また帰って来たら、宜しく頼む。イレーナ」
名前を呼ばれた彼女は嬉しそうに
「はい!」
と答えた。
そして、2人は転移水晶に手を翳して、遠くの地へ出発した。
——同時刻。
たくさんの兵士と1人の国王を乗せた5台の箱馬車は、ガルーマの合図によって開かれた、ラザレオ国外に出る大きな門を走り抜ける。
公道を走る5台の箱馬車は、アンドレア王を乗せた中央の箱馬車を囲むように4台の箱馬車が前後左右で陣形を取る。
最後尾を走る箱馬車の屋根の上にルーラとマーラが座っていた。
そして、ルーラが片手を空に掲げる。
「テーリア!」
ルーラが魔法を唱えると、アンドレア王が乗っている箱馬車の上空に魔法陣が出現し、そこから透明な結界が5台の箱馬車を囲うように貼られた。
「…テリパティ」
マーラはテリパティの魔法を唱え、結界内にいる全ての人に状況を共有する。
『…魔獣の感知なし。…結界外にも魔獣も姿はない』
中央を走る一際大きな箱馬車内にいるウォレンは、ルーラとマーラにテリパティで注意を呼びかける。
『警戒を怠るな』
『了解!』
『…了解』
2人は声を揃えて返事をした。
アンドレア王が乗る箱馬車内は他の馬車と違い、かなり広く豪華な作りとなっており、人が居住出来るような生活空間があった。
アンドレア王はアンティーク調のソファに座り、今回の作戦に同行したラザレオに仕える専属メイドが、グラスにワインを注ぎアンドレア王に差し出す。
「お父様!今回はお酒を控えてください!」
ワイングラスを手に持った父を見て、ミーリアは直ぐに注意した。
「少し飲むだけだ。明日には酔いも覚める」
「そう言う事じゃありません!お酒は判断力を鈍らせます。この馬車に何かあった場合、お父様を——」
「ここにはウォレンがいるから、心配の必要はない」
アンドレア王はミーリアの言葉を遮り話した。
それを聞いたウォレンが間に入る。
「しかし、万が一という場合があります。高を括りすぎるのはあまり良くないかと」
アンドレア王は声を出して笑う。
「やはり君は硬派だな。しかし、その姿勢が今の君の地位や名誉、そして力を証明している」
アンドレア王は手に持ったワインを一口で飲み干した。
「君に免じて、今日はこれで止めておくとしよう」
ウォレンは深く頭を下げた。
それを見たアンドレア王は口角を上げて何度も頷きながらワイングラスをテーブルの上に置いた。
「ミーリア。隣に座りなさい」
アンドレア王はソファをポンポンと叩く。
「しかし、今は——」
「いい。俺が外を警戒しておく」
ウォレンは一礼してミーリアの肩を軽く叩き、部屋を後にした。
「やはり彼はいい男だ。そうは思わんかミーリア?」
ミーリアはアンドレア王の隣に座り、目を見て話す。
「はい。私も隊長の事は尊敬しています。実績や実力もありますし、仕事も誠実に遂行します」
「そうだ。彼はとても魅力的な人間だ。だから、彼をミーリアの王配として——」
「な、何を言っておられるのですかお父様!?隊長と私が何故!?」
「聞くんだミーリア。国益を考えるならば、他国の王と契りを交わす方が圧倒的に良いが、今のラザレオの国力は他の国とは比にならない程大きなものになった。他国の主要人達は自国の発展にラザレオを利用するつもりだ。いずれその考えの矛先はミーリアにも向くだろう」
「だとしても何故、私の王配がウォレン隊長になるのですか!?」
「ミーリアも言ったではないか。彼は誠実に仕事をこなしてくれると」
「いくらなんでもそれは——」
「ミーリア。これはラザレオの古くから続く長い歴史なんだ。中世紀頃から他国の血を入れず、自国だけで繁栄する事によって唯一の国を作り上げた。これは契りを交わすよりも重い、タナスタシア家のしきたりなんだ」
「そんな…」
「成人になるまで時間はある。彼の事をもっと知るといい。存外、彼を男として見ても悪くないかも知れぬぞ」
ミーリアは唇を噛み締めた。
「——せめて、自分の王配になる方くらい、私が決めてもよろしいでしょうか…?」
アンドレア王は髭を触り、少し考えてから答えを出した。
「よかろう」
「ありがとうございます。私も外の警護に移ります」
ミーリアは頭を下げ、そそくさと部屋を出た。
専属メイドがゆっくりとアンドレア王に近づき、ワイングラスを回収する。
「おかわりはどうなさいますか?」
「よい。飲み過ぎは判断力を鈍らせるそうだからな」
「かしこまりました」
メイドは一礼すると、2人に続き部屋を後にした。
部屋で1人になったアンドレア王は、小窓から流れるように移り変わる景色を眺める。
——ラザレオに仕える大多数の兵を連れた箱馬車は、その後魔獣とも遭遇する事なく翌日の早朝、時間通りに南の国ニンファに到着した。
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