第21話 それぞれの想い


作戦前日の朝。


南の国ニンファの王城にて、豪勢な部屋で2人の女性が定期連絡をしていた。


「明日アンドレア王様がラザレオ王国を出発し、明後日の朝に到着予定となっており、こちらも受け入れ態勢は整っております」


小綺麗に手入れされた鎧を纏い、毅然とした態度に礼儀正しい所作で話す彼女の名は、メリーヌ・フォンライク。


「ありがとうメリーヌ。——もう明後日には来るのね」


メリーヌの報告を聞く彼女の名は、ネレ・ニーフィア。このニンファ国の女王であり、尖った耳が特徴のハーフエルフ。


メリーヌの報告を受けたネレは顔を曇らせる。


「どうかなさいましたか?」


ネレの浮かない表情を見たメリーヌは、すかさず心配する。


「あまり得意じゃないのよ。アンドレア王様は」


「その…理由をお聞きしてもよろしいですか?」


「だって彼、極度の魔族嫌いじゃない。ハーフエルフとは言え、私も魔族の血が半分流れているわ。先日の戦争の引き金も、"相手が魔族だったから"って巷では囁かれてるし。だから、あまり気乗りしないわ」


ネレはニンファの国が一望できる部屋の窓から、その景色を眺めた。


「王側近のガルーマ様からは、資材融資の件だと連絡を受けてますので、まずそういった最悪のケースになる事はないかと——」


メリーヌは話しながらも、ネレの表情を伺う。


不安を解消させるような言葉をかけても、彼女の暗い顔は変わらず、遠い空を眺めていた。


「やはり、ご不安ですか?」


「えぇ。——あ、こんな事言ってたらメリーヌまで不安になるわよね」


「い、いえ!私は!——も、申し訳ありません!私がもっとしっかりしていれば、ネレ様をこんな気持ちに…」


メリーヌは言葉を失い俯いた。


窓に反射して映ったメリーヌの姿を見たネレは、踵を返してメリーヌの元へ行き、両手で頬を優しく触る。


「顔をあげてメリーヌ」


ネレが優しくメリーヌの顔を持ち上げる。


「私こそごめんね。こんな暗いことばっかり言って、あなたを不安にさせて。あなたが気負う必要なんてないし、あなたの所為じゃないわ。だから、いつも通りのメリーヌで居て」


「ネレ様…」


「さっ!暗い話はここまで!後、他に報告はないの?」


ネレは手を離し、再び窓の方へ歩く。


メリーヌは直ぐに気持ちを入れ替え、ネレに報告を続ける。


「これが最後の報告です。冒険者組合からの通達なのですが、にわかに信じられない報告が来てまして——」


「聞かせて」


「はい。1週間前に冒険者志願として試験に訪れた2人の男女が、冒険者資格を習得したその日に、ゼオライト級に昇格したという前代未聞の報告がきました」


「へぇ〜!!すご〜い!!」


ネレは明るくなり、興味津々に手を叩いた。


「メリーヌとその2人、どっちが強いのかなぁ!?」


「わ、私なんてそんな——!」


「そぉ?"守護の戦乙女ジルマーヴァルキリー"って異名を持つあなたならいい勝負すると思ったんだけどなぁ」


「あ、あれは誰かが勝手につけた名前が広まっただけです!それに…そんな大層な異名を名乗れる程、私は自分が強いだなんて思ってません」


「メリーヌはもっと自分に自信を持った方がいいわ!小さい頃からあなたを見てきた、この私が太鼓判を押してるんだから!」


「ネレ様にそう言って貰えるのはすごく嬉しいです。ネレ様とこの国を守れる様な立派な騎士になる為に、これからも精進します!」


「えぇ。素敵な志だわ。——また、何かあったら教えてちょうだい」


ネレは優しく微笑むと、メリーヌは深く一礼しその場を後にした。


1人になったネレは窓の外をボーッと眺め、ゆっくり瞬きをする。





「——何が何でも、この国は私が守るわ」




——同日の朝。


ニンファの町のギルドにアランとフウラが訪れる。


アランとフウラは、ギルドカウンターに座っている、いつもの受付嬢の元へ行く。


作業をしていた受付嬢が2人の姿に気づくと、嬉しそうな表情をした。


「戻ってきたんですね!」


「あぁ」


受付嬢はアランの後ろで疲弊しきったフウラを見る。


その姿は、遠征に行く前のフウラとはまるで別人のようで、顔はげっそりし、髪はボサボサで、異臭すら放っていた。


「な、何があったんですか…?」


「まぁ。想像以上に激しい遠征だったものでな」


「はぁ…」


「体の使い方が下手くそだが、まぁ、及第点と言ったところだな」


受付嬢は少し頬を赤くしてアランに尋ねる。


「あ、あの、激しい遠征って、もしかして——」


それを聞いたフウラが2人の間に割って入り、受付嬢に怒る。


「そんな訳ないでしょ!?誰がこんな男と!!」


「す、すみません!!——うっ!」


受付嬢はフウラから漂う異臭に耐えきれず、堪らず鼻をつまむ。


それを見たアランはフウラの肩を掴んだ。


「何の話なのかよく分からんが、まずは風呂に入れ」


「えっ!?私ってそんなに臭いの!?」


フウラは自分の体を嗅ぎ始める。


「自覚無かったのかよ」


フウラが周りを見ると、フラット団の下っ端達が鼻を摘んでいた。


「100歩譲って私が本当に臭いとして、なんでアンタは平気な顔してんのよ!?」


「嗅覚を遮断した」


それを聞いたフウラは、泣きながら走ってギルドを出て行った。


「い、いいんですか?追いかけなくて…?」


「あぁ…。多分、宿に戻って風呂に入るだけだろう…」


「そ、そうですか…」


困ったように苦笑いをする受付嬢。


「それより、次の依頼なんだが——」


アランが早速次の依頼の話を始めようとすると、ギルドの扉が勢いよく開き、筋肉質の大男が声を上げる。


「アニキ!帰ってきてたんですか!?」


フラット団のリーダーはアランの事を"アニキ"と呼び、手を振る。


「いつから俺はお前のアニキになったんだ」


「まあまぁ、細かい事はいいじゃないっすか!」


そう言って笑い飛ばすその大男は、初めて会った時の厳つい顔つきとはまるで変わり、優しい顔をしていた。


「お前、なんか変わったな」


「あ、気づきました??そうなんですよ!これ、おニューの服っす!」


リーダーはその場一回転して、全身をアランに見せる。


「いや、服とかそう言う事じゃなくて…」


「え?違うんすか?まぁ、それはいいとして、俺もアニキみたいに強くなりたくてですね!まずは形からっていうじゃないっすか!なんで、服買っちゃいました!」


「そ、そうだな。なかなかいい服だ」


「そうっすよね!——あっ!」


フラット団のリーダーは、何かを思い付くと手を叩く。


「アニキ!アニキがここに来て、まだ日が浅いっすよね!?」


「あ、あぁ」


「良かったら、俺がこの服屋を案内しますよ!っていうかアニキ、まだこの町をゆっくり観光してないでしょ!?この町は観光地でも有名なんすよ!」


「俺は——」


「いいじゃないですか!」


横から受付嬢が口を挟む。


「アランさん、ここに来てからずっと働きっぱなしだったし、たまにはゆっくりする日があっても良いと思いますよ!」


「いや——」


「どっちにしても、フウラさんが居ないと依頼は受けても現地には行けないでしょ?」


「まぁ、そうだな…」


「フウラさんには私から後で言っておくので、ゆっくり観光でもして行って下さい!」


「ささ!行きましょうアニキ!」


アランは大男に引っ張られ、半ば強引に観光が始まった。


アランはフラット団と初対面以降、今後関わるつもりが無いと思っていた為、大男の名前すら聞いていなかった。


しかし、妙に懐かれてしまったアランは、名も知らない奴と観光するのもどうかと思い渋々名前を聞く。


大男の名前はディーゼル・フォルツァと名乗った。


彼はニンファで生まれ育ち、この町の事なら何でも知っている。


歴史のある店や、綺麗な景色が見える場所、体を休められるようなリカバリースポット等、最初は観光に来た人達が必ず行くようなメジャーなスポットをまわった。


昼時はディーゼルが町で一番美味いと言っている食堂へ連れて行き食事をする。


他愛の無い話から真面目な話など、2人は色んな話をした。


午後過ぎも変わらず、ディーゼルの案内で後ろを付いて歩くアラン。


「今から行く場所が、俺のおすすめの服屋っす!」


ディーゼルは町の大通りから外れた道に入る。


そして、2人は人だかりが出来ている古びた服屋の前へ行った。


「アニキ!この店、最近人気が出た服屋なんすよ!俺も流行りに乗って買ってしまって——」


「ニーナの店か」


「知ってるんすか!?」


「あぁ。俺もここで服を買ったからな」


すると、人だかりの中から年端も行かない女性が顔を出した。


「アランさん!」


人だかりから姿を現したのはニーナだ。


「ニーナか」


「お久しぶりです!お話聞きましたよ!冒険者になったそうですね!おめでとうございます!」


「ありがとう。ニーナが作ってくれたこの服もなかなか着心地がいいぞ」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


「それにしても、前とは違って繁盛しているな」


アランは店に出来た人だかりを見て言う。


「実は、アランさんのお陰なんですよ!」


「俺の?」


「はい!アランさんの偉業は町で直ぐに有名になりましたからね!私の店で服を買ったアランさんの姿を誰かが見てたみたいで、それでアランさんのようになりたいって言う冒険者さん達の間で人気が出てしまったようです!」


「そう言う事か」


人だかりを見ると、いかにも冒険者という様な身なりをした人達でいっぱいだった。


そしてニーナは、アランに深々と頭を下げる。


「ありがとうございます!アランさんのお陰で、もう少し店も続けられそうです!」


「そうか。それは良かった」


すると、店内に居た客が声を上げる


「嬢ちゃん!この服くれよ!」


「はーい!今行きます!——ごめんなさい!お店に戻りますね!ちゃんとした形で、またお礼させて下さい!」


ニーナは手を振りながら店の中へと戻っていった。


2人の会話を側で見ていたディーゼルは目をキラキラさせていた。


「やっぱりアニキはすげーです!」


「何が?」


「意図せずとも人を救えるのは才能ですよ!俺も憧れるっす!」


「いや、たまたまだろ」


ディーゼルはアランの凄さを語りながら、ニーナの店を後にした。


その後は、ギルドに戻りつつ気になるお店があれば足を運んで、店内を物色した。


——そして、気づけば空は夕色に変わっていた。


始めこそ観光する時間は無駄だと思い、嫌そうにしていたアランだったが、ディーゼルの案内とニンファの魅力に、少しずつ心動かされていた。


「観光も良いものだな」


「そう言って貰えて嬉しいっす!」


「今日はありがとうな」


「お礼なんてとんでもないっす!アニキの為ならお安い御用っすよ!」


この観光を通して、アランとディーゼルの間には友情のようなものが芽生えていた。


そして2人がいつものギルドに近づくと、中から騒ぎ声が響いていた。


「お前の団員達はいつも馬鹿騒ぎしているな」


「へへっ!申し訳ねぇっす!」


鼻を擦りながら謝罪するディーゼル。


声の正体を何となく察した2人は、こんな会話をしながらギルドに入った。


しかし、その馬鹿騒ぎの中心にいたのは、テーブルの上に立ち、腰に手を当てながら樽型ジョッキに入ったお酒を一気に飲み干すフウラの姿だった。


一気飲みをする、その勇姿を見たフラット団のメンバー達からは、大きな声援が湧き上がる。


「何やってんだあいつ…」


アランはその姿を見て、呆れながら頭を抱える。


「あっ!アンタ達!遅いわよぉ!今日はもう飲み明かすぞぉー!!」


フウラはギルドに入って来たアランとディーゼルに気づくと、一言申してそのまま地面にダイブする。


完全にフウラの手下となってしまったフラット団のメンバー達は、落ちてくるフウラをキャッチした後、歓声を上げながら胴上げを始めた。


「何だが、楽しそうっす!お嬢!俺も飲みますよ!」


ディーゼルはわくわくしながら、団員達の輪の中に入っていった。


泥酔したフウラの姿を呆然と見ていたアランの元に、責任を感じ青ざめた表情をした受付嬢が駆け寄る。


「すみません!気づいたらフウラさんお酒飲んじゃってて!」


「あぁ、気にするな。俺も帰ってくるのが遅くなったからな」


「いえ、私がちゃんと見ておけば…」


「お前が責任を感じる必要はないさ。それより、こんな馬鹿騒ぎして、仕事にならんのじゃないか?」


「そ、そうですね。いつもはここまで騒ぐ事は無いんですけど…」


「仕事の邪魔をして悪かったな」


「と、とんでもないです!」


「今日は、依頼も受けれそうに無いな」


「そうですね。でも、たまにはこう言う日があってもいいんじゃないですか?」


「あぁ。悪くないな」


アランと受付嬢はお祭り騒ぎになったこの光景を楽しそうに見ていた。




「——アランさんとフウラさんが来てからフラット団はすごく変わりましたよ」


受付嬢が唐突に話を切り出し、アランは静かに聞く。


「アランさんがゼオライト級に昇格した後、ギルドに幼い少女が来たんです。当然、冒険者になるような歳でもないし何をしに来たのか訳を聞くと、その少女はお礼がしたいって言ってたんですよ」


「お礼?誰に?」


「アランさんです」


「いや俺はここに来て日も浅いし、幼い少女とは面識が無いはずだが」


「えぇ。その少女もアランさんがどんな人か分かって無かったみたいで、最初はディーゼルさんに泣きながらお礼を言ってたんです。"母を助けてくれてありがとう"って」


「母?」


「はい。実は、その子の母親は昔から患っていた病気あったらしくて、薬が必要だったみたいなんですよ。その薬の調合に必要な素材は、ここからかなり離れた場所の山奥にしかなく、それも採れる数っていうのがかなり少ない希少素材なんですよ」


「それが、俺と何の関係があるんだ?」


「アランさん、この前ブロンズ級の依頼を全部受けたじゃないですか。実はその中にその少女の依頼があったんですよ。採集の依頼は危険度があまり無いから報酬金も少ないし、ブロンズ級に回されがちなので受ける人が居なかったんです」


「そう言う事か」


「はい。そして、ディーゼルさんは泣きながらも嬉しそうにするその少女の姿を見て変わったんですよ。"俺は自分の階級に踏ん反り返っていただけの弱い男だ"って言って。それから意識が変わったみたいで、お金ではなく誰かの為に依頼を受けるようになったんですよ」


「確かに、顔つきも柔らかくなったし、根はいい奴なんだろうな」


「はい。だからアランさんが来てフラット団は…いえ、この町は確実にいい方向へ向かっています」


「そんな大層な事したつもりはないんだがな」


「そこがアランさんの凄いところなんですよ!」


「お前も、ディーゼルと似たようなこと言うんだな」


「私もディーゼルさんも本気で言ってますからね!」


「そうか。褒め言葉として受け取っておこう」


「はい!今日はアランさんも飲まれてはいかがですか?」


「あぁ。たまには悪くない。お前も仕事が終わったら来るといい」


「えっ!良いんです!?」


「あぁ。いつも世話になってるしな」


「それじゃ、お言葉に甘えて!仕事が終わったら飲みましょう!」


——その後はアランと受付嬢を交え、ギルド内にいる全員で酒を交わした。


「ねぇアラン!こんな日も悪く無いと思わない?」


「あぁ。そうだな。悪く無いな」


「たまには意見も合うのね!」


「珍しい事もあるもんだ」


「——ねぇ、私今凄く楽しい!生きてて本当に良かった!ありがとうアラン!」


「酒の飲み過ぎだ」


こうしてギルド内で行われた、楽しく愉快な時間は夜遅くまで続いた。




——同日、夜。


ラザレオ城内にて、マリアとマーラがミーリアの部屋をノックする。


その音に反応したミーリアは返事をした後、ドアを開ける。


「マリアさん?それにマーラまで、こんな時間にどうしたんですか?」


「たまには、3人でお泊まりでもどうかなって思ってねぇ。今夜大丈夫?」


「大丈夫ですけど…。珍しいですね」


「…明日の任務の事とか、少し話したい」


「その割にマーラはもう眠そうね」


マーラは大きな欠伸をして、目尻に涙が浮かべる。


ミーリアは2人を部屋に招き、3人でのお泊まりが始まった。


マーラは部屋に入ると、直ぐにミーリアのベッドにダイブする。


ミーリアとマリアは部屋の真ん中にある、アンティーク調の椅子に座った。


ミーリアがマジックレターを飛ばすと、メイドが紅茶と茶菓子を持ってくる。


3人は紅茶を飲み、茶菓子を食べながら世間話や任務の話、プライベート等の他愛の無い話に花を咲かせる。


暫くすると、マーラがウトウトなり頭が下がる。


「マーラ、歯を磨いてもう寝たら?」


マーラの状態を見て、ミーリアが言う。


「…大丈夫…。まだ2人と…話したい…。3人だけで話せる…貴重な時間…」


3人でのお泊まりは魔王国との戦争前の日が最後で、各々その後は多忙な日々を過ごし、時間が取れずにいた。


マーラはミーリアとマリアの2人と過ごす時間が大好きであり、特にお泊まりは毎度楽しみにしていた。


——が、マーラは眠気に勝てず2人より先に寝てしまった。


マリアはマーラを抱き抱え、ミーリアのベッドに寝かせる。


「いつもは寝てる時間だもんねぇ」


マーラの頬に触れ、語りかける様に言うマリア。


「私達も寝ましょうか。明日は早いですから」


「その前に少し、外の空気を吸わない?」


ミーリアは首を縦に振り、マリアとバルコニーに出た。


外は少し寒い。


空にある無数の星と、唯一の月が世界を照らす。


「やっぱり絶景ねぇ。ここから見える景色は」


ラザレオ城は高台に位置し、ミーリアの部屋のバルコニーから見える景色は、王都を一望できる。


王都にある家や店からは所々灯りがあり、空は自然の光と地は人工の光で幻想的な眺めになっていた。


しかし、ミーリアにとってこれは毎日見る光景であり、特別な感情など既に無くなっていた。


「でも、毎日同じ景色だと飽きますよ。ここも、裏庭の山頂のような景色だったら良かったのに」


「贅沢な悩みねぇ」


「でも、あそこは本当に綺麗なんですよ!ここよりも、もっと高くて王都全部見渡せて、それに——」


ミーリアは言葉を詰まらせた。


「それに?」


マリアは言葉の続きを聞く。


しかし、ミーリアは口を開けようとしなかった。


「グレンの事でしょ?」


その言葉を聞いたミーリアの眉がピクリと動く。


「えぇ…!なんですか急に!」


動揺を悟られない様、平気を装うがマリアには通用しない。


「あなたは強い人だから、ずっと我慢してきたんでしょ?」


ミーリアの瞳が少し澱む。


「が、我慢なんてしてません!」


「本当に?」


「はい」







「嘘ね」


「嘘じゃ——」


マリアはミーリアの頬に手を当て、親指で目尻を触る。


「やっぱり我慢してたのね。名前を聞けば涙が出る程」


ミーリアの目から大粒の涙が流れていた。


「自分の心に嘘はつけないわ」


ミーリアは自分の頬に触れているマリアの手を握り締め、ボロボロと涙を地に落としながら、今にも消えそうな声を絞り出す。


「——ずっと…グレン先輩が…好きでした。大好きでした…!」


「あの日…自分の気持ちを先輩に…絶対伝えるって決めたのに…」


「何も言えなかった…。何もできなかった…」


「遠ざかる先輩の後ろ姿を…ただ見る事しか出来なかった…」


「一言…、"行かないで"って言えていれば…もしかしたら…」


嗚咽混じりの声出し、ミーリアは膝から崩れ落ちた。


「先輩の事を想うと…後悔だけが…ずっと…!」


マリアは膝をつき、ミーリアを優しく抱きしめた。


「マリア…さん…」


「全部吐き出しなさい。貴女はもう我慢しなくていいのよ」


マリアはミーリアの頭を優しく撫でる。


ミーリアは、今までずっと我慢していたものが決壊し、とめどなく涙が溢れた。


そして彼女は、あの日からの想いを全て告白した。




——同日深夜。


王都にある家々から光が消え、皆が寝静まる頃。


ラザレオ城内で最も大きな部屋で過ごすアンドレア王は、ワインが注がれたグラスを持ってバルコニーへ出る。


夜空を眺めながらワインを一口飲むと、グラスを傾けて余ったワインをわざと地面に溢した。


——すると、全身を白と黒の布で纏い鉄製の杖を持った1人の賢者がバルコニーへ現れる。


賢者はアンドレア王に忠義を示すように、膝をつき頭を下げる。


「お呼びですか。国王」


「明日からの外交の件だ——」


そしてアンドレア王は、跪く賢者に明日からの事を話した。


賢者はアンドレア王の言葉を静かに聞き、その間一度も口を開かなかった。


アンドレア王が話し終えると、賢者は暗闇の空に消えていった。


アンドレア王は、グラスをバルコニーの手すりの上に置き、空を見た。



「——さぁ、どう出るかな。妖精王」





——それぞれの想いを胸に明日を迎える。

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