第15話 試験


ジオールの講義を終え、2人は実技試験を行う闘技場に行った。


円形に造られた広大な闘技場は、中央に闘技スペース、外側は観客スペースとなっている。


中央闘技場スペースで、冒険者になる為に闘技場へ集められた18名の志願者は、水晶を持ったジオールの話を聞く。


「では、これから実技試験に移る。今、私が持っているこの測定水晶に魔力を流し込んで、君たちの魔力を測定する。合格ラインは2000メージだ」


決して高くない合格ラインに志願者は驚く。


「私がこの合格ラインに設定した理由は、魔族と戦う手段にある」

殆どの志願者がジオールの話を理解しておらず、フウラもその1人だった。


「何言ってんの?あのじいちゃん」

フウラがアランに問う。


「黙って聞いてろ」

アランがフウラの頭を摑んで、ジオールの方に顔を向かせる。


「戦う手段は、魔法だけに限らないと言う事だ。剣、盾、弓と言った物理的な攻撃も立派な手段と言えるだろう。魔力量が低い事を理由に、物理的攻撃手段を得意とした人間が、この試験で落ちるのは余りにも不本意だからな」


それを聞いた志願者達は、納得した様に首を縦に振っていたが、フウラだけは

「何言ってるか分からん」

と言った。


そして魔力測定が始まると、志願者達は水晶の前に一列で並んで、1人ずつ測定を始める。


一番後ろに並んだアランとフウラは、自分達の順番が來るまで雑談をしていた。


「ねぇ、2000メージの"メージ"って何?」

フウラは素樸な疑問をぶつける。


「魔力の単位の事だ」


「ふーん。2000メージって高いの?」


「いや低いな。ブリザードハリケーンを使いこなすフウラなら、余裕で合格だな」


「そっか!ちょっと安心した!」


「何だ、不安だったのか?」


「まぁね。正直、魔法を使うの苦手なのよね。だから今までそんなに使って来なかったし、自分がどれだけの魔力量があるとか知らないから、少し不安だった。でも、アランがそう言うならきっと大丈夫だよね」


16人目の測定が終わり、2人に順番が回ってくる。


「らしくない事言うな。絶対に大丈夫だから安心しろ」

アランはそう言うと、フウラの背中を押して水晶の前へ行かせる。


フウラが抱えていた不安が晴れる。


フウラは目を瞑り精神統一する。

そして、水晶に手をかざし魔力を流し込む。


「——な、なんだこれは…!」


冷靜だったジオールの顔が、驚愕の顔に変わる。


「80000メージ…だと!」


ジオールが発した言葉に、周りの志願者達も騒つく。


「噓だろ!」


「あの人すごい!」


「ありえないだろ」


他の志願者から、声が上がる。


「今まで、数多くの魔力を測定してきたが、ここまでとは——」

ジオールは、水晶を両手で持ち覗き込む。


「やったよ!アラン!合格だ!」

フウラは満面な笑みで振り返る。


「当然だ。大事なのは次の試験だ」


そして、アランが水晶の前に立つ。


アランは目を瞑り、水晶に手をかざす。


「こ、これは——」


ジオールが水晶を見て、再び驚愕した。


「に、2001メージ…」


闘技場は静寂に包まれた後、鼻で笑う声がちらほらと聞こえた。


「2000メージを超えれば合格なんだろ?」

アランがジオールに問う。


「あ、あぁ。いや、すまない。数多くの魔力を測定してきたが、初めて見る数値だったもので…」


「気にするな。問題ない」

アランはそう言い、フウラの元へ行った。


「最後に色々あったが、魔力測定での不合格者は無しだ。このままアンデッドナイトと戦ってもらう。戦闘しない者は観客席で見るように」


ジオールが次の試験に移り、戦闘しない志願者達は観客スペースの方へ歩いて行った。


1人目の志願者が中央闘技場で待機していると、外から複数の教員が闘技場に入ってくる。


その教員達はジオールの横に並ぶと、一斉に魔法を唱えた。


『プロサムン!』


すると、ジオールの前に紫色の魔法陣が展開され、そこからアンデッドナイトが生まれる。


「健闘を祈る」

ジオールが言葉を発すると、アンデッドナイトが雄叫びを上げ、1人目の志願者に襲いかかる。


観客席に座ったアランとフウラは、アンデッドナイトと激闘を広げる志願者に目もくれず、先程の魔力測定の話をする。


「どーせアンタの事だから、また変な事企んでるんでしょ?」

フウラがアランに疑いの目を向ける。


「何の話だ?」


「だってあり得ないでしょ!?アンタみたいな化け物魔法使いが、2001メージって!」


「あぁ、その話か。別に企んでる訳じゃないぞ。魔力の出力を魔眼で調節してやっただけだ。あと化け物は余計だ」


「何の為にそんな事するのよ?」


「何でって、俺が普通に魔力を流し込んだら水晶が割れるんだよ」


「は?」


「魔力量が多いから、水晶の方がダメになってしまうんだ」


「やっぱりアンタ、化け物だわ…」


——志願者の半数以上がアンデッドナイトと戦い試験を終える。


そして、勝った者は5人にも満たなかった。


「ねぇ、あのじいちゃんが作り出したアンデッドナイトって、生きてるの?」

フウラがアランに問う。


「アンデッドだから既に死んでいる。死者を闇属性魔法で強制的に生き返らせただけだ」


それを聞いたフウラは悲しそうな顔をする。


「どうした?何か気になるか?」


「いや…相手がアンデッドでも、元は私達と同族なんだよね…。同じ種族で戦うなんて、少し悲しいな」


「お前なぁ、冒険者になったら魔族と戦う日々になるんだぞ」


「うん…分かってるけど…」


フウラの声が小さくなり、その姿を見たアランはため息を吐く。


「今回は安心しろ。"プロサムン"は召喚魔法だ。あのアンデッドナイトは、あのジジイと教員の魔法で作り出された偽の魔族だ。魔族から生まれる魔族と、魔法から生まれる魔族とじゃ、根本がまず違う」


それを聞いたフウラの顔は明るくなった。

「そっか!良かった!」


「お前は本当に——」


アランが何かを言おうとした時、フウラの前に2人の男が来た。


「やぁ〜、お嬢ちゃん」

ヒョロっとした男がフウラに話しかける。


「な、何ですか?」


ヒョロっとした男がフウラの隣の席に座り込む。

「この試験が終わったら、俺たちと組まない〜?」


「い、いえ、まだ私、試験合格してないので大丈夫です」

明らか嫌そうに対応するフウラ。


「だぁ〜いじょ〜ぶだって!お嬢ちゃん、80000メージだったじゃん。あんな敵すぐ倒せるって」


「いや、本当に間に合ってるんで…!」


「はっはっはっ!ガード硬いなぁ。もっと緩〜く行こうよ。てか、お嬢ちゃん。よ〜く見ると美人だよね〜。マスク付けてても俺には分かるよぉ〜」


ヒョロっとした男がフウラの顔を覗き込み、フウラは反射的に顔を逸らす。


「そう嫌がるなっ——」


「フウラ。お前の番だ。行ってこい」

ヒョロっとした男の言葉をアランが遮る。


それを聞いたフウラは、そそくさとその場を後にした。


「ちょっと何やってくれてんの?あと少しで落ちるとこだったのに」

ヒョロっとした男はアランに絡む。


「お前みたいな奴とは、パーティを組まん」


「はっ!何言ってんのお前?俺が誘ったのは"フウラ"ちゃんだけだよ。お前みたいな弱い奴に"フウラ"ちゃんは預けておけねぇよ」


「どうして俺が弱いと言えるんだ?」


「ははっ!お前正気か!?2000メージの雑魚がほざくなよ!俺とこいつは、20000メージを超えてる!あの、アンデッドナイトにも余裕で勝ったんだ!」

ヒョロっとした男は意気揚々に語り、連れの巨漢は終始無口だった。


すると、闘技場中央から氷を纏った竜巻が発生した。


「はっ!やっぱり"フウラ"ちゃんすげ〜や。絶対俺の女にしてやる」

ヒョロっとした男は、卑しい目をして言う。


それを聞いたアランは鼻で笑った。


「あ?何笑ってんの?」

ヒョロっとした男は、格下の相手に笑われ不機嫌になる。


「いや、すまない。余りにも滑稽な台詞だったからな」

アランは立ち上がる。


「もし俺よりも強いと言うのであれば、試験が終わった後、俺を殺してフウラを奪いに来い」


アランはそれだけを言い、中央闘技場へ降りた。


すると、合格したフウラがアランの元に駆け寄る。


「大丈夫だった?」


「何が?」


「何がってさっきの男達よ!」


「あぁ、大丈夫だ。何の問題もない」


「ならいいんだけど。でも、アイツら気持ち悪いし、戻りたくないなぁ」


「じゃ、ここで見てろ」


「え?そんな事していいの?」


「知らん。いいんじゃないか?」


「テキトー過ぎでしょ」


「まぁ、行ってくる」


アランはジオールの方へ向かって歩く。


観客席に行かないフウラを見て、ジオールが注意する。

「何をしているフウラ・ルシエル!危ないから早く——」


「俺があそこに居ろと言ったんだ」

アランがジオールの言葉を遮る。


「君にその権限は無い」


「観客席の方で少しトラブってな。あいつが戻りたく無いって言ってんだ。試験もすぐに終わらせるからいいだろ?」


それを聞いたジオールは、顔を険しくする。


「直ぐに終わると?見たところ君は剣や盾を持っていない様に見える。魔法でアンデッドナイトと戦うのかね?」


「あぁそうだ」


「申し訳ないが正直に言おう。君の持つ魔力量で勝てる相手ではない。それでも直ぐに終わらせると言えるのかね?」


「一瞬だ」


ジオールは少し考えた後、口を開く。

「やはり、私は君達を冒険者にしたくないようだ。私情を挟むのは良くない事だと思うが、君達には本気で冒険者になろうとする気持ちが感じられない。まずはそのふざけたマスクを取ってから出直すべきだな。フウラ・ルシエルには素質があるようだが、君にはそれが無い。今すぐに——」


「長い。クドイ。早く試験を始めろ」


それを聞いたジオールは、今まで張り詰めていた糸がプツンと切れる。


「ならば、特別試験だ!アラン・ルシエル!後ろにいるフウラ・ルシエルを守りながら、この相手に勝ってみろ!」


ジオールが構えると、横にいた教員たちも一斉に構える。


『プロサムン!』


ジオールが召喚の魔法を唱えると、地面に魔法陣が展開される。


その魔法陣を見た、横の教員が焦りながらジオールに話しかける。

「ジオール先生、これはダメですよ!試験内容とは異なります!」


「構わん!あの男を確実に落とす!」


それは、今までアンデッドナイトを生み出してきた魔法陣よりも、サイズが2倍近く大きくなっていた。


その巨大な魔法陣から、ダークグリフォンが現れた。


漆黒の翼を持ち、大きな手から鋭い爪が伸び、全身が硬い鱗で覆われていた。


ダークグリフォンは咆哮で威嚇する。


観客席にいる志願者とフウラは堪らず耳を塞いだ。

「何で、ダークグリフォンが!?」


「上級魔族じゃないか!?」


観客席にいる志願者達からそんな声が聞こえてくる。

ヒョロっとした男と巨漢も、ダークグリフォンの存在に縮み上がる。


「ダークグリフォンか」

咆哮にも怯まず、冷静にしているアラン。


「どうした!?アラン・ルシエル。もう怖気ついたか!?」

ジオールは微動だにしないアランを見て言った。


「久々見たからな。少し感動しただけだ」


「その余裕もいつまで持つかな!?検討を祈る!」

ジオールは意気揚々にして、闘技場を後にする。



ダークグリフォンは大きな翼を広げ、空に浮く。


ダークグリフォンは獲物を確実に捉える様に、アランとフウラを虎視眈々とする。


そして、剛翼を動かし猛スピードで突進した。


ダークグリフォンはアランの頭上を通り過ぎ、フウラに襲いかかる。


「えっ!?ちょっ!?私!?むり!ムリ!無理!きゃぁー!!!!」





「——止まれ」




アランの声が闘技場に響いた。


すると、ダークグリフォンはフウラの目の前で宙に浮いたまま静止した。


体を小さく丸めたフウラが恐る恐る顔を上げ、静止したダークグリフォンを見て困惑する。

「ちょっ、何が起きてんの…?」


その反応は、フウラだけでなくその場にいた全員が同じ反応をする。


「フウラ。こっちに来い」


呼ばれたフウラは、体を低くしたまま急いでアランの後ろに隠れる。


「——な、何が…起きている…!?」


信じられないものを見たジオールは驚愕する。

魔法すら使わず、上位魔族のダークグリフォンを言葉一つで止めた事に、理解すら追いついていない。


アランは片手を空に掲げた。

「——お前らは、まるで分かってない」


再び、アランの声が闘技場に響き渡る。


掲げた手から黒い魔法陣が出現する。

その魔法陣は異様なオーラを醸し出していた。


そして、黒い魔法陣に引き寄せられるように、空には暗雲が集まり、闘技場を暗くした。


「何だよ!?あの黒い魔法陣は!?」

ヒョロっとした男は驚愕し巨漢に抱きつく。


「知らない…!見た事ない…!」

巨漢は震えながら初めて言葉を発する。




「お前らの"判断する力"の低さにはガッカリした。水晶に映るものが全てか?メージが高ければ強いと言えるのか?見た、聞いたの事実を過信しすぎるお前達は、隠された本当の真実に気づけていない」


黒い魔法陣から禍々しい光が滲み出る。

それは、バチバチと音を立てて勢いを増す。


「ジオール。お前は俺に"本気で冒険者になろうとする気持ちが感じられない"と言ったが、それは違う。俺達にとってこの試験も冒険者としての活動も、唯の通過点に過ぎない」


ジオールは腰を抜かし、目を見開いて黒い魔法陣を見る。

「な、何者なんだ…!?君たちは…!?」



「——俺達は、世界を変える"影"だ」



その言葉を最後に、黒い魔法陣は消える。


そして、アランの言葉から解放されたダークグリフォンは、旋回して2人に襲い掛かろうとする。


——途端、闘技場は激しい地鳴りが起き、空から轟音が響く。


闘技場に居る教員、志願者達はその揺れに耐えきれず尻餅をついた。



闇雷光ジヴァルド



アランが静かに言葉を溢すと、世界が一瞬、光に包まれ、全員が目を伏せる。


——そして目を開けた時には、ダークグリフォンは消えていた。


地面に目を向けるとそこには、甚だしく抉れ、見るも無惨な地面だけが痛々しく残っていた。

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