第10話 喪失感


グレン・エンドメルの追悼式は、訃報の通達があったその日に、限られた人数で、ごく僅かな時間で行われた。


魔王を倒した英雄は、世間に知られる事なく、ラザレオ王国内の墓地に眠った。


ミーリアは追悼式が終わっても、グレンの墓の前から動こうとしなかった。


「今は、そっとしてあげなさい」

マリアは、ミーリアに声を掛けようと近づくマーラを注意する。


「…どうして?」


「一人の時間も必要なのよ」


マーラはミーリアを遠くから眺め

「…そう」

と、短い言葉だけを言ってその場を離れる。


「本当にグレンは死んだと思うか?」

隣にいたデルバが、マリアに話しかける。


「普通に考えて、グレンがヘルシャドードラゴンに遅れを取るはずがないわ」

マリアの顔からは、あの優しい笑顔が消えていた。


「しかし、あの剣を見ただろ?」


「剣だけで判断は出来ないわ。遺体も残ってた訳じゃないし。それに——」


「それに?」


マリアは顎に手を乗せて話す。

「グレンの剣の壊れ方、少し妙なのよ」


「どこが妙なんだ?」


「別に暴徒化したからって、肉質が固くなる訳じゃないわ。斬撃で剣が折れる要素なんて見つからないし、ヘルシャドードラゴンの攻撃で、剣があそこまでボロボロになるとも思えない」


「魔獣の仕業じゃないってことか?」


「それは分からないけど、ヘルシャドードラゴンよりもずっと強い力を受けて、あの状態になってる事は分かるわ」


「——王国が何かを隠してる…?」


「それも断言は出来ないわ。でも、今回の王国の判断は、あまりにも杜撰すぎる」


「探るか?」


「まさか…。私達は兎も角、ミーリアとルーラとマーラはまだ子供よ。そんな危ない橋、渡らせる訳にはいかないわ」


「…だな」

デルバはポリポリと頭を掻く。


追悼式に来た貴族達との挨拶を終えたウォレンが、マリアとデルバに合流する。

「マーラとさっきすれ違ったが、ルーラはどうした?」


「自分の部屋にいるんじゃないか?顔ぐちゃぐちゃにして大泣きしてたからな」

デルバはしんみりとした声で話す。


「そういえば謁見の間で、最後アンドレア王に呼ばれていたけど、なんの話だったのかしら?」

マリアはウォレンに尋ねる。


「あぁ、あれは——」


5時間前。


「私は君を、ミーリアの結婚相手としてどうかと思ってるのだが、どうかね?」


謁見の間にて、アンドレア王はウォレンに政略結婚を持ちかけていた。


「わ、私がですか!?」


「そうだ。君は忠実に仕事をこなしてくれる。それに、昔からミーリアの面倒をよく見てくれていたからのぉ。私も君が相手だと、安心してミーリアを送り出せるのだ」


「ま、誠に嬉しいお言葉なのですが、今はグレンを失って、私自身かなり動揺していますので、正常な判断が出来なくなっています。今すぐには難しいかと」


「おぉ。そうだったか。これはすまない」


「それに、私はミーリア王女の気持ちを一番に尊重したいので、この話はまず先に、ミーリア王女にするべきだと思います」


「ほほう。君の気持ちはわかった。娘の気持ちを尊重すると言ってくれて、私も嬉しいよ。益々、君を気に入った」


「…ありがとうございます」






———ウォレンは、この話をマリアに隠した。


「次の任務の話だ。10日後、全員でニンファに向かう。アンドレア王の護衛だ」


「このタイミングで?」

マリアはウォレンに問う。


「俺も気になって聞いてみたが、"前々から決めてた事"だと、はぐらかされたよ」


「ふーん」


「それより、ミーリアは大丈夫そうか?」


「大丈夫そうに見える?」


「…いや」


「あの子、訃報の知らせを聞いても泣かなかったの」

マリアは悲しそうに言う。


「喪失感、ってやつか」

デルバは空を見上げて言った。


「あの子にとってグレンは、自分の全てだったから…。泣きたくても泣けないのよ」


そして、ウォレンも空を見上げ、口を開ける。

「——いや、泣いてる」


一度止んだ鉛空から、冷たい涙雨が降り注いだ。

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