第5話 影の英雄


「ねぇ、どうしたの?」


アーシャは固まってしまったグレンの肩を揺する。


(エンドメル…?何で俺と同じ名前が…偶然か?)


「ちょっと聞いてる?」


グレンは魔王が言った、最後の言葉を思い出した。


"血を分けた子よ…。平和な世界を…託す"


(あれは、自分の娘に言った言葉じゃないのか?)


「おーい!!」


アーシャの声にグレンは我に返る。

「な、何だよ急に大きい声だして」


「さっきから何度も呼んでるでしょうが!」


「あ、あぁ。何の話だっけ?」


「アンタの名前よ!な!ま!え!」

腰に手を置き、怒るように尋ねる。


「グレン…」


「グレン?」

アーシャは名前の続きを聞く。


「——グレン・エンドメル」


それを聞いたアーシャは驚愕した。

「エ、エンドメルってアンタ!?私に弟なんていないわよ!」


「誰が弟だっ!どう見てもお前の方が年下だろうが!」


二人は暫くいがみ合ったが、痺れを切らしたグレンはため息を吐き、落とした本を拾う。


「いや、まだ偶然の可能性がある。そうだ。エンドメル家についての手記は無いのか?」


「知らない。ここにあるのは全部、ヘルサイズの事や外交に関しての手記しかないはずだから、父が何処かに隠しているかもしれないし、そもそも手記自体無いのかもしれない…」


その言葉を最後に、二人は沈黙の一途を辿る。




そして、先に口を開いたのはグレンだった。


「——お前も混血なのか?」


「"お前も"って、アンタも混血なの!?」


「あぁ」


「じゃあもう、エンドメル家の血筋濃厚じゃないの」




——突然、グレンは机の上に置いてあった、大量の本を思いっきり薙ぎ払って地面に落とした。


「クソ野郎が!最初から俺の事知ってたんなら、何であの時言わなかった!」


「ちょっ!何してんの!?何の話よ!?」


「父親の話だ!俺とろくに戦おうともせず勝手に自害して、その時、あいつは言ったんだ!"血を分けた子に平和な世界を託す"ってな!最初はその言葉の意味が分からなかったが、お前の目を見て確信した。その言葉は俺じゃなく、自分の娘に向けた言葉だってな!」


「自害…?血を分けた…?そんなの私知らないわ!ヘルサイズが攻撃を受けていた時、私はここに居なかった!」


「あぁそうだ!ここにお前は居なかった!だからずっと、その言葉は俺に向けられていたんだ!」


グレンは感情的になり、息を切らす。

そして、そのまま横にあった椅子に座り込む。


「知ってたんだよ…あいつは最初から。何もかも…」


座るグレンは、まるで魂が抜けたような姿をしていた。


「どうして…父は…」


アーシャも表情が曇った。


「ヘルサイズって昔からラザレオと交流があったのか?」

感情を抑えながらグレンは話す。


「ええ。ラザレオがまだ弱小国だった頃からね。戦争が始まる前も、父は何度かラザレオに行ってた筈よ」


それを聞いたグレンは直ぐに立ち上がり、魔王の手記を手にとってから、足早に部屋と空間を出る。


「ちょっと!どこに行くの!」

アーシャもグレンを追いかけるように続く。


「ラザレオに戻る。ヘルサイズと交流があったんならアンドレアは何か知ってる筈だ」


グレンは階段を下り、崩壊した正門を潜り外に出る。


「知ってるって何を!?」

アーシャも外に出てグレンの後を追う。


「おかしいと思わないか?俺が本当にあいつの息子なら、何で俺は物心ついた頃からラザレオにいたんだ?」


「言われてみれば確かに。私も兄弟がいるなんて聞かされてなかったし、何で今まで離れ離れに——」


——バシュン


アーシャが何かを言おうとした時、突如ヘルサイズ国を囲むように、一瞬にして大きな結界が張られる。


「何!?」

アーシャは突然の出来事に驚く。


「結界か。誰が——」


そして直ぐに、その原因がヘルサイズ上空に姿を現す。


全身を白と黒の布で覆い、鉄製の杖をもった四人がグレン達を囲むように、結界外の上空で佇む。


その人物を知っているグレンは言葉を溢す。

「——四賢者か」


「何よそれ?何なのあいつら!?」

アーシャは不安になる。


「いやぁ、説明すると長くなるからなぁ〜」

戦闘になると急に緊張感を欠くグレン。


「説明しなさいよ!!」


アーシャはグレンの両肩を持ちグラグラ揺する。


「まぁ、兎に角めちゃくちゃ強い奴らだ。あと敵」


「つ、強いってどのくらい…?」


「多分、あの四人で一国滅ぼせるくらい…」


「滅茶苦茶強いじゃないの!どうしてそんな人たちが…?」



「お話は終わりましたか?」

上空にいる賢者の一人が言葉を発した。

その声は結界内に反響する。


「何でお前らがここにいるんだ?」

グレンは上空にいる賢者に大声で話しかけ、その問いに賢者の一人が答える。


「アンドレア・タナスタシア王の命により、グレン・エンドメルの抹殺並びに、魔王国ヘルサイズを再起不能状態にする為に参りました」


「何でラザレオの王様が、アンタを殺そうとしてんのよ!?」


「まぁ、そうだろうな」

グレンは別段驚いた様子もなければ、逆にそれを知っていた様な口ぶりをする。


「何でそんな冷静なのよ!?早く結界を破壊して出ないと!」


アーシャは風の攻撃魔法を唱える。

「ブリザードハリケーン!」

地面から、氷を巻き込んだ大きな竜巻が発生し、それが結界に衝突する。


しかし、結界が壊れる事はなく、アーシャが生み出した竜巻は直ぐに消える。


「効かない!?どうして!」


「四賢者の結界だぞ。並の魔法は通用しない」


「そんな事言ってないで、アンタも応戦しなさいよ!」


「グレン・エンドメルに助けを求めても意味がないですよ。彼は、過去に私達が施した封魔の呪印が身体中にありますから」

賢者の一人が話す。


「はっ!?魔法使えないの!?」


「あぁ。剣しか使えない」


「じゃあ、急いでこの結界の外に——」


「それも無意味です。結界内に閉じ込められた以上、中から出る事は絶対にできません。しかし、結界外から中に入る事はできます」


それを言うと、四人の賢者は鉄製で出来た杖を空に掲げる。


杖の先端にある水晶の様なものが発光し、空にあった雲が切れる。


すると、雲の切れ間から遥か上空に、赤く大きな魔法陣が展開された。


『メテオブラスト』


四賢者が声を揃えて言うと、魔法陣の中から炎を帯びた巨大な隕石が顔を出す。


「嘘でしょ!?たった四人であんな強い魔法を…!あんなの当たったら、確実に死んでしまうじゃない!」

アーシャは驚愕しながら、あたふたする。


それを見ても尚、ずっと冷静なグレンは賢者に問う。


「どうせ最後なんだから、教えてくれよ!この国の王、ルーク・エンドメルは俺の父親だったのか?」


賢者達は無言になる。


「どうせ知ってんだろ?お前らなら」


賢者の一人が口を開く。

「いいでしょう。最後の慈悲です。——ルーク・エンドメルとグレン・エンドメルは紛れもなく親子関係にあります。23年前、歴史から消された国の王女との間に産まれた双子が、ルーク・エンドメルとアーシャ・エンドメルなのです」


二人は衝撃の事実知り唖然とした。


「俺がラザレオで生かされていたのも、エタニティ部隊に配属されて前線に立たされていたのも、ここでアーシャ・エンドメルに会う事も全部、アンドレアの筋書き通りって訳か…」


グレンの声に覇気がなくなった。


「悲しいものですね。父殺しの烙印を押され、その罪を抱えながら生涯を終える。しかし、胸を張ってください。歴史に残されず、世間に知られる事は無い真実ですが、私達は知っている。貴方は魔王を倒した影の英雄です。グレン・エンドメル」


賢者はその言葉を残すと、一瞬にして姿を消した。


そして、上空にある巨大な隕石はゆっくりと結界へ近づく。


グレンは呆然と立ち尽くし、落ちてくる隕石をぼーっと眺めていた。


「何してんのアンタ!早くここから出るよ!」


「出るってどこに?もう行くとこなんて——」


「アンタ悔しく無いの!?散々国に手足として使われて、要らなくなったら切り捨てる!筋書き通りの人生を送らされて!」


ついに隕石は結界に到達し、少しずつ結界から頭を出す。


「あぁ…悔しいな…」


グレンは静かに右目から涙を流した。


「だったら——」


「俺はもう死んだんだ…。父親を殺して、罪を背負って…。アーシャ、悪かったな。俺がここに来た——」


アーシャはグレンの頬を両手で強く挟む。


「生きるの!グレン・エンドメル!」


「え…」


「アンタはまだ死んで無い!生きる理由を失ったのなら、私の為に生きなさい!生きて私に協力しなさい!そしてもう一度、ヘルサイズを作り上げるの!」


そう言ったアーシャの左目は、赤色の強い光を放った。


「お前…その目…!?」


「目?何よ、今はそんな——」

自分の目が光っている事に気づいていないアーシャ。


そして、アーシャの手から強い魔力がグレンに流れ込む。


「何これ…!?」

アーシャは無意識の内に魔眼を開眼したのだ。


「魔眼…」


「魔眼!?何よそれ!今は、それどころじゃ——」


すると、グレンの体に刻まれた封魔の呪印が消えていく。


同時に、熱気を帯びた隕石はグレン達の頭上まで迫り、衝突寸前まで来ていた。


咄嗟にアーシャは頭を伏せる。


「熱っ!」








「くない…!?」



アーシャは伏せた顔を恐る恐る上げると、隕石はその場で停止していた。


「なんで…!?」


アーシャはグレンの方を見ると、涙を流したグレンの右目から、青く強い光を放っていた。


「アンタ…目が!?」


「ありがとうアーシャ。お前のおかげで呪印が解けた」


「これ、アンタがやってるの…?」

アーシャは周りを見ながら言う。


「あぁ、時間を止めた」


「はぁ!?時間をどうやって!?」


グレンはアーシャに手を差し出す。


「な、何よ?」


「ここから出るぞ」


「出るってこれ、絶対出れないんじゃ無かったの?」


「いいから早く」


アーシャは恐る恐る、ゆっくりとグレンの手を握る。


瞬間、グレンとアーシャはその場から消え、停止した時間が動き出した。


ゆっくりと地面に衝突した隕石は、結界内で轟音と凄まじい爆発をして、ヘルサイズは跡形も無く消えてしまった。


この日、魔王国ヘルサイズは完全に消滅した。

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