第4話 奇襲
再び魔王国へ足を運んだグレンは、残った魔族や魔獣を探していた。
魔王国にある、あらゆる建物は酷く崩壊し、ある場所では火柱が上がり、ある場所では水が浸水していた。
道には魔獣の死骸や人の死体が散乱しており、かなり酷い状態だった。
当てもなく歩くグレンは不可解な事に気づく。
「気配が全くない」
わざと大きな音を出して魔獣の動向を探ったり、高台から全体の様子を見たりするが、魔獣は見つからなかった。
暫く歩くと、見覚えのある城に到着した。
グレンは、コーストドラゴンの死骸によって、完全に崩壊した正門から侵入する。
案の定、城内もグレンが倒した魔獣の死骸しか残っておらず、自分の足音だけがこだまする。
最上階へ駆け登って、再び仰々しい扉を開けた。
中は広い空間に、奥には大きな椅子。
以前と様子は変わらないが、グレンは直ぐに異変に気づいた。
「魔王の死体が消えている」
グレンは辺りを散策するが、死体はどこにもいない。
散策を続けるグレンは、広い空間から部屋へと繋がるドアを開けようとした時、天井から強い気配を感じた。
グレンが上を向いた時には、既に魔法が発動されており、風属性の攻撃魔法が直撃する。
グレンが居た場所からは勢いよく煙が上がり、瞬く間に周辺は何も見えなくなった。
天井に張り付いていた人物は、煙が去るのを虎視眈々と待っていた。
——すると、突然煙を裂くように青黒い剣が、張り付いていた人物に向かって飛んでくる。
張り付いていた人物は、間一髪の所で避け、空を舞いながら、剣が飛ばされた方向に何度も風の攻撃魔法を繰り出す。
立て続けに攻撃したことによって、空間はすぐに煙でいっぱいになり、張り付いていた人物は視覚を失う。
グレンはその一瞬に間合いを詰めた。
「——痛ッ!」
張り付いていた人物は女々しい声を上げ、手足をグレンに拘束され、地面に墜落した。
「やっと生きてる奴見つけたぜ」
グレンは拘束をしたまま、煙が晴れるのを待った。
「どうして、ここに戻ってきた!」
その声は、強くはっきりとした女性の声だ。
「まぁ、待てよ。俺だってずっと一人で寂しかったんだ。顔くらい見せろ」
静寂の後、やがて煙は晴れ、それは姿を表す。
「私も…殺すのか?」
拘束されていた人物は、目に涙を浮かべ、グレンとさほど年も変わらない、美しい魔族の女性だった。
涙を浮かべるその目は、あの時、この場所で自害した魔王と同じ目をしていた。
「答えろ。ここで何をしていた?」
グレンは問う。
「ここは私の家だ!帰る場所はここしかない!」
天井から落ちてきた青黒い剣を、グレンは見向きもせず宙で手に取り、そのまま剣先を魔族の女の喉元に構えた。
「こんな壊れた城にか?」
「ふざけるな!壊したのはお前ら人間だろ!どうして私達から奪うんだ!?どうして命を…そんな…簡単に…」
魔族の女は、涙で言葉を詰まらせる。
「魔王の血筋を完全に断ち切れば、お前のような悲しい存在はもう産まれない。お前の命を最後に、この世界は初めて平和の一歩を踏み出す」
「何が平和だ!正しい歴史に蓋をして、血と骨で築き上げた、偽りの国に何が出来ると言うのだ!」
「…何の話だ?」
「私の父は…お金も資源も命すら貪り尽つくされて、それでも尚、最後まで人間に寄り添っていた…。どうして、そんな父が…殺されなきゃ…」
魔族の女は悔しそうに大粒の涙を溢し、グレンは表情が曇る。
「面白くない嘘だな。いい加減に——」
「嘘じゃない!昔から私達は対等な関係だったはずだ!なのに短命種族のお前達は、生きる為に欲をかき、幸せの為にいろんな命を犠牲にしてきたんだ!証拠なら、お前が入ろうとしたその部屋に、全て記されている!私達魔族はお前らと違って、歴史も寿命も遥かに長いんだ!」
魔族の女は、最後の抵抗と言わんばかりに声を荒げ、その声は広々とした空間に響き渡る。
——グレンは剣を鞘に納め、魔族の女の拘束を解いた。
魔族の女は直ぐに立ち上がって距離を取り、グレンに攻撃魔法を掛けようとする。
「待て待て待て待て!落ち着け!深呼吸しろ!」
魔法を放つのは止めたが、魔族の女はグレンを警戒したまま、荒く息をする。
「お前が言った事が本当かどうか確かめるだけだ」
それでも魔族の女は、グレンを睨みつける。
「あー、はいはい。分かったよ」
グレンは腰に差している剣を遠くに投げ、さらに武器になりそうな物は全て外した。
「これでいいか?」
魔族の女は頷き、警戒を解く。
それを見たグレンは小さいため息を吐き、証拠がある部屋に足を動かした。
ドアを開けると、そこには、先程居た空間に比べると遥かに小さく、こじんまりと部屋があった。
その部屋の中には、大量の本や巻物が散乱していた。
グレンは手当たり次第に証拠となる物を手に入れる為、物色を始めた。
すると後から入ってきた魔族の女が、部屋の角に配置された本棚の前で足を止めた。
ずらっと並んだ本の中から迷う事なく、一冊の本を手に取り、それをグレンに渡した。
お互い無言のまま授受する。
グレンはその本を開き、無言でその本を読む。
その本に記されているのは、先程魔族の女が言った事と同じ事が書かれてあった。
「確かに、俺の知っている歴史とは随分かけ離れているな」
「やっと、理解した?」
「いや、もしかしたらこの本自体、嘘の書記かもしれん」
「私の父は、人間だけじゃなく魔族にも優しくしていたんだ。本当の血筋じゃない者にも家族同然として接していた。戦争になると知ったあの日も、国民の命を第一に考えて行動した。結果、命を捨ててでも最後まで、父と戦いたいと言った者だけが戦争に残り、他の者には自分の命を優先させ、父がこの国から逃した。そんな優しい父が、嘘の手記を書き残す訳がない」
魔族の女の目は真剣そのものだった。
グレンはどうしたものかと、受け取った本のページをパラパラと捲りながら思考を巡らす。
そして、最後のページに書かれていた文字を見てグレンは目を疑う。
「——お前、名前は?」
グレンの突拍子の無い質問に首を傾げながら、魔族の女は答えた。
「…?アーシャ・エンドメルだ」
それを聞いたグレンは、本を落とした。
最後のページには、手記者のサインが書き残されていた。
"ルーク・エンドメル"と。
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