第2話 祝祭


「ウォレン隊長!どうして止めたのですか!?」

ラザレオ城の一室に綺麗なドレス姿のミーリアの声が響く。


「頭を冷やせミーリア。グレンの事になると直ぐに目の前の事が見えなくなっているぞ」

正装をしたウォレンがミーリアを宥める。


「わ、私は冷静です!あの時だって——」


「ミーリア。ウォレンがあなたを止めたのはグレンの為でもあるのよ」

こちらも綺麗なドレスを見に纏うマリアが口を挟む。


「そうだぞ!ミーリアも知ってるだろ?あいつがどんな立場にいるのか」

正装をしたデルバが、テーブルの上に置いてあるご飯をつまみながら言う。


「グレン先輩は、アンドレア王の慈悲で生かしてもらってるからね」

「…だから、アンドレア王を刺激するのは、逆効果」

正装のルーラとドレスのマーラも会話に参加する。


「アンドレア王は魔族を必要以上に嫌っていた。この前の戦争の引き金もそれだ。分かるだろ?幾ら俺たちが楯突いても、アンドレア王はグレンを認める事はない。あいつがこの世界で生きる道は——」

ウォレンの話を最後まで聞かず、ミーリアは口を挟む。


「——混血だから、お父様の支配の元で不自由に生きろと…そう言いたいのですか?」


「俺だってグレンには、自由に生きてほしいさ。しかし、現状アンドレア王を説得するのは、魔族と戦争で勝つより難しい。アンドレア王の機嫌を逆撫でして、グレンを見殺しにするくらいなら、不自由に生きる方がいいと思ってミーリアを止めただけだ」


ウォレンの言葉はグレンを生かす為の行動だった。

しかし、頭で理解しても納得のいかないミーリアはドスンドスンと足音を立てながら、大広間を出て行こうとする。


「どこに行く!?ミーリア!祝祭はもうすぐ始まるんだぞ!」

「グレン先輩と直接話をして来ます!」

そう言うと、ミーリアは大広間の扉を勢いよく開けて出ていく。


「やっぱり、グレンの事になると目の前が見えてないじゃないか」

ハァっとため息を吐くウォレン。


「ミーリアって分かりやすいわよねぇ〜」

マリアはニヤニヤしていた。


「恋ってやつだな!!ハッハッハ!」

「デルバ、声がデカいよ」

「…ミーリアの恋は茨の道」





ミーリアはラザレオ城の長い廊下を、不機嫌に歩く。周期的に配置された窓の外からは月光と色鮮やかな花火の光が差しており、ミーリアが歩く長い廊下の道を照らしていた。


「絶対!今日こそ…!」


そんな事を呟きながら、ミーリアはグレンがいつも居る場所へ向かう。



ミーリアはラザレオ城の裏口を抜け、小綺麗に整備された山道を登る。

周りには小川や綺麗な木々があり、自然を全身で感じることが出来る。


そして山を登り終えると、そこには王都を一望出来る絶景スポットがあった。

転落防止の為に建てられた、木造の柵の上にグレンは腰掛け、打ち上がる花火を見ながら黄昏ていた。


「ミーリアか。どうした?」

グレンは振り向く事も無く、気配と足音だけでミーリアが来た事を当てる。

「相変わらず、化け物じみた勘ですね」

「ひでぇ言われようだな!勘じゃないぞ。ミーリアだって直ぐわかったよ」

「それって、どう言う意味ですか?」


ミーリアは頬を少し赤くして、グレンの隣へ行く。


「んー、深い意味はない。昔からお前は分かりやすいんだよ!」

グレンはニカッと笑い、ミーリアの頭を撫でる。

ミーリアの顔は煙を上げ、真っ赤になる。


「なんか、あちーぞ。風邪か?」

「そんなんじゃありません!」

ミーリアはグレンの手を払い、ムスッとした顔をする。


「何だお前、今日はいつにも増して機嫌わりーな」

「どうして、式典に来なかったんですか?」

「あー、それね。それに怒ってんの!?」

「言いたい事はいっぱいありますけど、グレン先輩はお父様に言われて式典には来なかったのですか?」


「いや、俺から式典には出ないって言ったんだ」

「え?本当に自分から辞退したのですか?」

「あぁ。そうだ」

「何でですか!?もしかしたらお父様がグレン先輩の功績を知って、認めてくれたかもしれなかったじゃないですか!?どうして!?」


ミーリアはグレンに詰め寄る。

「い、いやぁ…何だろうな。——それこそ、お前の言う"化け物じみた勘"って奴が働いたのかもしれんな」

それを聞いたミーリアは大きなため息を吐く。


「もうグレン先輩には呆れました!」

ぷいっとそっぽむくミーリア。


「そのセリフ何回目だろうな」

耳が痛いと言ったジェスチャーをするグレン。


すると、先程ウォレン達が居た大広間の方からクラシックのダンスミュージックが鳴る。


エタニティ部隊が正装に着替えていたのは、祝祭初夜を飾る為のダンスパーティが開かれる為だった。

当然、そのダンスパーティには各国の重要人物が集まる為、ミーリアも社交辞令としてそれに参加するはずだったが——


「んっ」

ミーリアはそっぽ向いたまま、グレンに手を差し出す。その意味を理解したグレンは直ぐに揶揄う。

「わがまま王女め」

「早く踊りなさい!」

「へいへい」


グレンはミーリアの手を握り、クラシックの音楽に乗ってダンスを始める。

山頂にある小さな空間で、二人は花火と夜景と音楽を楽しみながら踊る。


そしてミーリアは、グレンが目の前で踊っているその姿にボーッと見惚れていた。

「どうした?まだ怒ってんのか?」

「ち、違います!」


(絶対に今日言うって決めたんだ。今日言わなきゃ絶対に後悔する…!でも…振られたらどうしよう…)


ミーリアは不安そうに、上目遣いでグレン見る。

グレンはその視線に気付き、不思議そうにミーリアを見た。

目が合うとミーリアは頬を赤くし顔を伏せる。


(気づいてるのかな…?私の気持ちに。先輩は私の事分かりやすいって言ってたし…。もしそうだとしたら…先輩は今までどんな気持ちで私と…)


そして、音楽が鳴り止む。


二人の足は止まり、繋いだ手は離れ離れになる。


(言うんだ…!)


「グレン先輩!わたッ——」

「しっ!」

グレンは咄嗟にミーリアの口を押さえた。

「隠れてないで、出てこい!」

グレンがそう叫ぶと、暗闇からアンドレア王直属の兵士が姿を現し、二人の前で膝をつく。

それを見たグレンは、ミーリアの口から手を退ける。


「アンドレア王からグレン・エンドメル殿に伝達です」

「お父様から!?」


直属の兵は頭を下げたまま話をする。

「"至急、魔王国ヘルサイズに向かい、残った魔族を殲滅せよ"との事です」

「それってどう言う事ですか!?何でグレン先輩だけ!」


話を聞いたグレンは、特に驚く様子も無かった。

「落ち着けミーリア。遅かれ早かれ、この仕事は俺に来たはずだ。そうだろ?」


「えぇ。式典に出席された際に、アンドレア王からグレン殿へ直々に命令が降るはずでした」


「私、お父様の所に行ってきます!こんなの許せるはずがありません!」


「ミーリア!」

グレンは強く名前呼び、次は優しく言葉をかける。

「俺は大丈夫だから。お前はウォレンの元へ行け」

「でも…!」


「魔族の残党狩りなんて直ぐに終わる。帰って来たらまたここで一緒に踊ろう」


そう言ってグレンは、直属の兵士と山を下っていく。


(待って…。ダメ。行っちゃ…)


ミーリアは去っていくグレンの後ろ姿を、ただ見る事しかできなかった。

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