しょっぱい雨
九戸政景
しょっぱい雨
「ねえ、雨ってしょっぱいよね」
突然そんな事を言い始めたのは、屋上で飯を食う仲間である
そんな雨森と俺は別に友達というわけじゃない。あくまでも席が隣同士になって、その縁で校内案内をした結果、何故か昼飯を毎日一緒に食うような関係になった。ただそれだけだ。
「しょっぱくはないだろ。酸性雨だったら酸っぱいらしいけど」
「えー、そうかなぁ。ほら、雨の中には
「蒸発して雲になる時には塩気なんて残らないだろ。というか、いつしょっぱい雨なんて降ったんだよ?」
「昨日の雨の時だよ。そういえば雨って飲んだ事無いなぁって思ったから空に向けてあーんってしてたら、ちょっとしょっぱかったんだ」
「バッチいなあ。雨は空気中の水分がホコリやチリとくっついてなる物だから、ろ過もせずに飲んだら腹壊すぞ?」
「君は情緒っていうのがないなぁ。国語苦手なのはそういうとこなんじゃないの?」
雨森の言葉に対して俺は人差し指で額を小突いてやった。実際、俺は国語に限らず文系教科は苦手だ。けれど、俺には数学や理科がある。世の中は全て数式や化学式だけで説明出来ていれば良いんだ。
「減らず口を叩くな。というか、そんなに誰が泣いてるっていうんだ?」
「世界中の人だよ。世の中、楽しい事や嬉しい事ばかりじゃなく悲しい事だって溢れてるけど、それを表に出せない人だっている。だから、私はその代わりに空が泣いてくれてるって思うんだ。その結果が昨日のしょっぱい雨だったんだよ」
「まあ世の中に涙を流さない人はいないだろうけどさ。けど、しょっぱい“あめ”なら塩あめだけで十分だ。もう季節は秋だからあまり必要性はないけど、夏は汗をかいて水分だけじゃなく塩分だって不足しがちだからな。雨森も来年の夏は気をつけておけよ?」
「あれ、心配してくれるんだ。君ってやっぱり優しいね」
「隣の席のよしみに過ぎない」
「因みに私は、酸っぱい飴なら持ってるよ。ほら、このレモン味ののど飴」
雨森が取り出したのはドラッグストアなどでも見かけるようなビタミンCが豊富に含まれているようなのど飴だった。
「のど飴を常備してるって……喉でも痛いのか?」
「ううん、ただ単に酸っぱいものと甘いものが好きだからいつも舐めてるだけ」
「……心配して損した」
「心配してくれてありがと。そんな君にはこの飴を進呈しよう」
「他にも持ってるのか?」
「これ一個だけ。だから……」
そう言うと、雨森は飴の袋の封を開け、中に入っていたレモン味の飴を口に含んだ。そしてカラコロと口の中で少し転がしていたかと思うと、急に俺に顔を近づけ、俺が驚いている内に両手で頬から顎にかけて触れた後に唇を重ねてきた。
「んぐっ!?」
突然の口づけに俺が驚いていると、口内に何かが侵入してきた。それが雨森の舌だと気付き、その事で頭が沸騰しそうになっている内に口の中に何かが転がってきた。
少し湿っていて酸味を感じるそれは雨森が舐めていたであろうあのレモン味ののど飴だった。そして雨森が俺から唇を離し、放心状態になっている俺を目の前にすると頬を軽く赤くしながらクスクス笑った。
「今日は雨じゃなく飴が口の中に降ったね」
「あ、雨森……」
「これで少しは国語の必要性も理解しただろうし、そんな君に宿題を出そう。明日までに私の気持ちを考えてきて。そして明日のお昼に答え合わせをするから、しっかりと考えてきてね」
「し、宿題って……」
「それじゃあ私は先に戻るね。今日はしょっぱい雨が降らないと良いなぁ」
そんな事を言って雨森は立ち上がると、そのまま屋上を出ていった。
口の中に広がる爽やかなレモンの風味と酸味を感じながら俺は少なからず動揺していた。国語が苦手な俺でも雨森の気持ち、正解は何となく理解出来た。けれど、そこに行き着くまでの方程式はまったくわからなかったのだ。
「それもそうだけど、雨森が言ってたしょっぱい雨って結局何なんだ? 涙を飲むなんて言葉はあるけど、それって悔しさを堪えて我慢する事のはず──」
その瞬間、俺はしょっぱい雨の正体がわかった気がした。それと同時に雨森の宿題の答えに辿り着くための方程式も理解出来ていた。
「……まったく雨森の奴は。でもまあ、今日からはしょっぱい雨は降らなくて済みそうだし、アイツも安心するだろ。さて……それじゃあそろそろ宿題の提出に行くか。雨が降ってるなら傘を差してやらないといけないしな」
その言葉に多少の気恥ずかしさを感じながらも口の中に広がる酸味と微かな甘味、そして少しの塩気と共に俺は立ち上がり、俺は宿題の答えを告げるために歩き始めた。
しょっぱい雨 九戸政景 @2012712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます