神と王と人と。里帰りと、呆気なき真実。

 満月の夜から三日後。


「……着いた」


 近くの民宿にミコを預け、山を登ってしばらく。


 ツクヨミの降臨によってミコが負うはずだった普段を肩代わりし、代わりに権能と加護を得ている渡は、ミコからは一定距離以上離れることができない。なので、遠くに遠征などを行う場合には遠征の近場に預ける必要があった。とはいえ、今のところはスサノオ機関から協力を得ている為、場所に困ったことはないのだが。


 それはさておき。


 特殊な歩法と祝詞、そして決まった道順を辿ること一時間。一度のミスも許されない儀式によってようやく、その村の跡地に辿り着くことができる。


 かつては外の誰しもを徹底的に跳ね除けていた結界の名残。その結界は既に効力を無くしたというのに、世界が未だという事実を認めずにいるせいで面倒な手順を踏む必要がある。


「戻ってくることはない、と思ってたのにな」


 ここにはもう何もない。全てがあの時に消失してしまった。村は完全に崩壊し、かろうじてそこに集落があったのだろうな、と伺える程度。

 もう、完全にあの村は役目を終えたのだ。


 あの村に居た人々は儀式の完遂の時に己の命を呪力に変換して献上した。


 毎日のお祈りが、呪力を捧げる為の儀式であり、最期に己の命を捧げますという誓いだったのだ。家によって時間や祝詞の内容が違ったのは、膨大な呪力量を要する儀式を、家系毎に詠唱を分けて分担する為。


 あくまでお祈りという体裁にしていたのは過度な説明によって余計な疑念を、儀式に介入させない為だ。悪意や疑心は神を降ろす為には邪魔で、それが混ざるくらいであればほどほどの信仰心や或いは無関心の方がマシなのだ。その上であの村には、そういうものだ、と思考を妨害する結界が張り巡らされていた。

 何百年もの時間を掛け、様々なアプローチを重ねて、神を降ろすという儀式を日常の一部に組み込んだのだ。


「こんなにも複雑な呪術が掛けられていたなんて」


 村の残骸を見ながら目的地へ進む。


 特班班長という立場故に、渡は多くの呪術を知った。王道的なものから、外道的な呪術まで。故にようやくこの村の異常さを正しく理解することができた。

 この村には、現代の呪術とは次元の異なる洗練された呪術が幾百にも重ねて施されている。その内の一つでも解析解明することができれば、呪術世界で革命が起こるかもしれない。そういう類のものだ。


 記憶を頼りに渡は目的地へと向かう。この村の終わりであり、御使渡が今に至るまでの始まりの場所へ。


 洞窟の中は、三年前と変わっていなかった。あの二人を追いかけたことから始まり、多くのことがあった。全てが、ここから始まったのだ。そんなことを考えながら、儀式の場へとたどり着く。


「…………」


 辺りを見回す。ようやく、この場で何を起こそうとしていたのか、その概略が掴めたような気がした。


「五行を象徴する五芒星と、真ん中にミコが眠っていた台座。これで世界そのものを表していた。その上で、ツクヨミの触媒たる勾玉と強力な陰の力を持つ遺物。……なるほど、確かにこれは怪異かみを降ろす為の儀式だ。……だけど、五芒星が逆位置だ。書き換えられている。これじゃあ、降ろせるのは悪魔の類」


 やっていることは、答え合わせに近い。


 あの二人は、西洋における怪異の王とその眷属。王とは強さではなく、という意味だ。

 吸血鬼は満月の夜であれば悪魔でさえ下せるだけの、怪異に対しての権能を持っている。


 あの二人は、はるばるこの村へ、数百年前に起こった儀式の後始末をしに来たのだ。儀式というのは、恐らくは、神降ろしを悪用し転用した悪魔降ろしの儀式。百年前にそれが行われ、そして失敗した。


「この儀式は神を降ろす儀式ではなく、ツクヨミという一柱のみに限定した特殊な。だから改変して悪魔を降ろすなどできなかった。不確かな状態で神が降り、それによって当時『何か』が起きた。――少なくとも、当事者が全員死ぬような何かが」


 あの吸血鬼が、倒れたであろう場所を見る。未だに遺る血液の跡が儀式の為の紋様を一部書き換えていた。


 否、正しい紋様へと修正されていた。


「……そうか、だからあの男は、己の存在を贄に使った。吸血鬼。悪魔すら喰らう、怪異の王たる存在を触媒に追加することで、悪魔よりもより上位の存在にのみ対象を絞った。……これなら、確かに神をべる」

「――それだけじゃあないですよ。あの人は、吸血鬼の中でも我欲で血を吸わない変わり者でした。人々がどうしようもない死から逃れる為、眷属にしてくれと願い乞われ、それでようやく血を吸った。あの人は敬意と畏怖、両方を集めた一つ格上の吸血鬼でした」


 クロウがそこにいることに渡は疑問を覚えなかった。吸血鬼は、西洋において怪異の王と言われている。それよりも上のということは。


「……神格?」

「はい。あの人は、神になれるだけの素養がありました。ですから、神を呼ぶ触媒として最適だったのです。彼は己の最期に、ミコさんを救うことを選びました。初めから全てしった上で、仕組んだのです。あの結果を」


 分からない。


 命を捧げる必要なんてなかったはずだ。他にも方法はあったはず。なくても、こん

な村見捨ててしまえばよかった。


 しかし、あの男は、そうしなかった。


「――吸血鬼の死因の八割の理由を知っていますか?」


 静かに、クロウは言った。


「……え?」

「吸血鬼は、不老不死です。永遠の命と永遠の若さを保つ。その永遠に飽きたことによる、自殺。それが、吸血鬼の死ぬ理由です」


 沈黙。渡は何も言えない。


「あの人は何百年も前から後継者を育てて己の役目全てを引き継ぐという盛大な茶番のフィナーレの場にこの村を選んだんですよ。ミコさんを助けたのは、そのついで、です。彼はそういう人ですから」


 クロウは、笑っていた。もう心の整理がついているという証だ。そしてそれは、吸血鬼――次代の怪異の王としての覚悟があるという証でもある。


「ここは、私が定期的に訪れています。東洋あなたたちの理屈に則って、安定化を続けています。ですから、ここは私に任せてください。……彼を安らかに眠らせてあげてください」

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