34話 結末

「どうしたんだ?ミシェラそんなに浮かない顔をして。」


 夕方、いつもの散歩道、久しぶりの彼女との散歩だというのにミシェラは浮かない表情をしていた。


「なんといえばよいのでしょう。第六感、虫の知らせ、とでも言えば良いのでしょうか…すごく、嫌な感じがするのです。」


「嫌な感じ、か。ミシェラは直感が鋭いからな、それも的中するのかもしれないな。」


 嫌な予感が的中する、成程これは困ったことになるな。


 二人で歩いて歩いて歩いた先。いつもなら折り返す大きな湖に着いたところで俺たちは折り返すことができなかった。まるで終着点に着いたとでもいうべきだろうか。太陽が赤く燃える中で二人の人影が目立っていた。


「やあ、久しぶり。クロード、ミシェラ。」


 彼女は笑顔で話しかける。それはまるで何でもない友人との会話のように。これからの事を予感させすらしないは俺も評価せざるを得ないところだ。


 流石は勇者というべきか、何をやらせても一流なのだろう。彼女がいたら俺ももっと多くの馬鹿どもを騙せたんだろうが…それはifの話。


「…。」


 ミシェラは返事をしない。ムラサメの擬態は完璧だがそれでも何かを感じ取ったのだろう。さすがの直感だ。


「久しぶり勇者様。今日は一体どんな要件なんだ?今はミシェラとの歓談を楽しんでいるところでね。急ぎでなければ後にしてほしいんだけど。」


 努めて明るく、明朗に答えを返せば彼女は諦めた様に笑って話を続ける。


「いやあそれがこっちもんだ。できるだけ早く、事を終わらせなくっちゃいけないんだよ。」


 瞬間、勇者とセイラの纏う空気が変わる。ピリピリとまるで巨悪と対峙したとでも言わんばかりだ。わかりやすく言うならボスに挑む前の勇者の心持ち。そんなところ。


 スッと変わった空気に呼応するようにミシェラも腰に携えた剣に手を置き構えをとる。


 一触即発、これほど相応しい表現はないだろう。ただ折角のなんだ、前口上は必要だろう?


「どうやら決断は終わったらしい。本当を言えば私が戦うべきなのだろうが…。生憎と魔法も使えない俺じゃあミシェラの邪魔になるだけだ。」


「話を聞いたんだ。君に関わった人間の話を。君が破滅させた人間の話を。」


「はは、破滅だなんてとんでもない。ただ俺はやりたいことをやっただけなんだよ。。」


「…やはり君はだ。君はこの国に災いをもたらす。これが私の決断だ。」


「わかってるとも。後はそれを貫き通せるかどうかだ。幸運にも俺は最高の騎士愛する妹に守られている。俺は彼女が守り切ってくれると心からそう信じている。だから…」


「かかって来いよ、勇者様。」


 俺の言葉を皮切りに勇者&セイラVSミシェラの戦いが幕を開ける。


 その戦いは永く永く、永劫続くのではないかと思わせるものだったがその内容を話すのは遠慮させていただこう。無論筆舌に尽くしがたい戦況であり、俺の眼では最早追いつけないという理由もある。


 だがそんなことで言葉を無くすほど俺は腐っちゃいない。理由はもっとシンプルで、どうして俺がミシェラが苦しむ姿を、絶対的な武を誇る彼女を汚すような真似ができるというのか。


 そんな姿、読者の皆おまえらに教えてやる理由なんてこれっぽっちもえんだよ。


 だがしかし、途中の過程を省略させてもらったとしても、結果を語らないというわけにはいくまい。


 残念なことにこれもまたシンプルに表せる。


 無敗の白フルホワイトは地面に倒れ、勇者御一行は立っていた。ただ、それだけの事。たった、それだけの事。


「はあ…はあ…。私たちがここまで苦戦するなんて…。」


「しかもたった一人でというのは驚愕です、ムラサメ。」


 息を切らし、満身創痍の体に鞭を打って立ち続ける二人は勇者パーティとしてあるべき姿だった。


「逃…げて、お兄様。」


「ごめんな、ミシェラ。これは約束なんだ。俺と彼女の。だから…逃げることはできない。」


 本当にごめんな…、こんな兄で悪かったよ、ミシェラ。


「さあ、勇者様。頼むよ。」


 俺の願いに応えるように勇者はこちらに歩いてくる。




 一歩、また一歩。




 勇者が近づいてくる。




 主人公死神の足音が近づいてくる。




 そうして歩みの止まった此処こそが俺の人生の終わり。




「じゃあね、クロード・ランスソード。」




 横薙ぎのは血しぶきをまき散らす無様な俺とは対照的だった。




「ぐうぅっ…。」




 自分でも驚くほど聞くに堪えない声が体から漏れる。




 ドサリ、地面にその身を預けて俺は目を閉じた。





 もう何も聞こえない。何も、何も。





















「ムラサメ、これで私の使命は終わりです。とはいえ終わるのは私に憑いた監視の目だけ。」


「…何の話?」


「今後も旅は続けますが…一つの節目ターニングポイントを越えたというべきでしょう。私のは切れ、自由の身となったわけです。」


「…何の話をしてるのセイラ。」


「何でも、です。ただ一つ言うなら彼女は悲しんでいた。それだけです。」


「わからないけど、早く移動しようか。僕らはもう、お尋ね者なわけだし。」


「そうですね、ムラサメ。」




 残された湖には倒れた二人だけが残されていた。






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