29話 クロード・ランスソード

 side ロクサーナ

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「…。」


 豪華な部屋の中にいら立つ私と気をもむ使用人だけが残されている。いや、この表現は正しくない。正確には足りていない、だ。


「まだ来ないの。あの子達は。」


「もうそろそろ見えるかと思いますが…。」


 先日クロードでからというもの、いい加減にリンネ、バーバラの二人が荷物をまとめてウチの屋敷に来る頃合いかと思っていたが…。


「あれから3日立ったのよ!遅いなんてもんじゃないわ!…いいわ、ウチに来たらこき使ってあげる。私が君主であるという理解が足りていないようね…!」


 確かに夢を与えるような引き抜き、しかしそんなのはまやかし。あの二人はまだ理解できていないようだけど裏切り者の末路なんて碌な物じゃないということを体に教えてあげる必要がありそうね。


「もういい、おいストラ!一度クロードの屋敷に行ってきなさい。その後の対応は…貴方に任せるわ。」


「…御意に。」


 実は2週間前、つまり最初のクロードの対談の時にこのストラには馬車をけさせてある。裏切りを提示した二人がクロードにばらすかどうかという保険でもある。そのために監視させていたがクロードに裏切りを話す様子は無し。


 確信をもって私の傘下に下ったと思っていたけど。


 いら立つ機嫌の収まらないまま、結局彼女らは今日も現れず翌日を迎えていた。


「まったくどうなってるの!まさかクロードが二人を監禁している?でも私の手元には契約書がある…はっきり言って愚策もいいところよ…!」


 もうわけがわからない。一体何が起こっているのか。そんなときにストラが屋敷から戻ってくる。


「遅かったわねストラ、貴方らしくもない。」


 私の手駒の中ではかなりの能力を持っている子なのだけど…様子がおかしい。まるで狐に化かされたような。


「申し上げます!私にもっ!何が起こっているのかわからないのですが…」









 クロード家は屋敷だけを残して跡形もなく消えてしまいました!!







 はあ????




 何を、言って…。




「つい先日まで活動していた屋敷が家だけを残して人はおろか家財まで何もかも全て消え去っていました!」


「どう、どういう…ことよ、それは…?」


 夜逃げ?王国でも随一の上流貴族であるランスソード家が?夜逃げ?やれるわけが無い。何が…何が起きている?


「何が…ああもういい!!!私もその場に連れていきなさい!この眼で確かめなければ気が済まない!」


 ストラがヘマをして私に出まかせを言っている可能性がある、というより夜逃げなんて馬鹿な行為よりそっちの方がある。


 急いで馬車を走らせてストラの案内通りにクロード邸に向かうが…。


 まさしくもぬけの殻、屋敷こそ巨大で貴族が住むには相応しいが中身がまるで入っていないすっからかん。


「なによ、これ。どういうことなのストラ!!私に嘘をついたんじゃないでしょうね⁉」


「いえ、数日前まで確実にここで生活しておりましたので…。」


 確かに間違いないはずだウチに先日来ただってクロード邸はラヴィニアの街の近くだと言っていたし、場所は確かに近い…。間違いはないはず。


「もういい!一番近いラヴィニアの街の数人に話を聞けば足取りだって終えるはずよ!最悪一億はくれてやるわ…。ランスソード家の後釜に収まればおつりがくるってものよ…。」


 不可解なのはリンネ、バーバラの二人。彼女らは夜逃げに付き合う理由がないしまして私を裏切ったのならクロード家がこんな風になる前に主人と計画を練るはず。


 なにか…何かを間違っている…?一体何を…。


「申し上げます!ロクサーナ様…そのクロード家なのですが…。」


「もったいぶらずに早く言って」


「それが…クロード邸は此処より遠い王国の都市近郊…とのことで…本邸は別にある…様です。」


「は…?じゃあこの家は?ここは何だっていうのよ!!」


「ただの空き家、らしく…。」


「そんなわけが無いでしょ!?それとも貴方はこの家で幻覚でも見たというの!?」


「私にも訳が分からず…。」


 もう全てが無茶苦茶だった。地理に詳しい人を捕まえ金を握らせて必死にたどり着いた先は、さっきの屋敷とはまた一段違う優美さを備えた領主に相応しいそれだった。




 side クロード

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 そろそかねえ。彼女が来るのは。絶世の美女らしいし?


 


 お、いい加減ウチの前が騒がしくなってきたってことは…


「はあ…はあ。クロード!クロード・ランスソードはいるかしら?今回は良くも私をこけにしてく、れ…。」


 ロクサーナ婦人の前に顔を出す俺。おお、確かに。これはこれは。


 大人の女性の理想像みたいな美しさだな。赤く光る眼がそれを引き立ててる。


 ま、それもこんな絶句した表情じゃあ形無しだがね。


「だ、。クロードをだしなさいよ!貴方は一体…。」


「おいおい、コイツはひどいなあ俺こそが当代ランスソード家当主でありこの領地の領主、クロード・ランスソード本人ですが?」


「ばっ馬鹿を言わないで!年は近くとも顔が明らかに別人でしょう?騙すにしたってもっとマシな嘘を…。


 いや、まさか…。そんなはず…。」


「何を言ってるかわかりませんが、私はクロード・ランスソード。ところで…貴方は一体誰ですかね?」


「わ、私は…。ロクサーナ・ブラッドアイと、申しますわ…。最近この国に越してきたものですから…。挨拶をと…。」


 顔面蒼白とはこのことか?


「それはそれは、とても愉快な挨拶だ。いきなり上がり込んではこの様子。隣国ではこういった挨拶が普通なんですかねえ?」


「そ、それは、その。」


 まあ既に状況は最悪だ。王国でも上の貴族相手にいきなりこの振る舞い。一体全体評判はどうなる事やら。


 しかし彼女は段々と落ち着きを取り戻し、やがて何かを思い出したように話し始める。


「この振る舞いについては謝るわ、私も少し混乱していたの。ところで…」


 そういうと彼女は部下に何か契約書を出させる。それは偽クロードのサインとクロード家の家紋の印の押されたそれ。


「貴方は知らないでしょうけど最近私は詐欺に逢ったの。」


「ほう、詐欺に。」


「ええ、本当に性質の悪い詐欺にね。それでその男が残していったのがこれなのだけど…。」


 そうして彼女は契約書を指し示す。


「確かに貴方直筆のサインとはいかないでしょう。でもこの家紋の印。これだけは貴方も困るわよねえ?貴方のを偽った何者かが盗んで持ち出したのでしょう。これがあっては貴方はコレに縛られる。ふふ、ご愁傷様ね。」


 嬉しそうな彼女。偽クロードと俺は同じ一派だという想像に思い至っていないらしい。いやもうこれしか道が残っていないのか。ただ…。


「ふーむ確かにこれは家紋の印ではあるのだろうが…。ウチの印ではないね?」






「…は?」






「剣と槍が描かれてはいるけれど…ウチの家紋はホラ、二つが交差しているから。


 全くの偽物。


 。」


「…そ、そんなことが…そんなことがあっていいわけないでしょう!?だって!だって一億も…!」


 おやおや一億円も失ったなんて、いったい誰が騙したんだろうねえ?


「おーい!衛兵を呼んでくれ!こいつを捕らえろ!」


「そ、そんな…。こんなはずじゃあ…。」


「私の家に上がり込んでは罵詈雑言をまき散らし、挙句の果てには詐欺行為。王に進言せねばな、君はもうこの国にはいられないだろうね。」


 絶望に染まったその顔は、絶世の美女の名に恥じぬ美しさだった。


「わた、私は…。」


 ゆっくりと彼女が顔を上げると突然その顔を歪める。


「あ、ああ、」


 歪む、歪む。


「あ、アイツ!アイツがっ!」


 おいおい、そこにいるのはアクセルだぜ?


 アイツ、アイツってみたいじゃねえかよ。


「そう、そういう事。全部お前がっ!」


 掴みかかろうとする彼女を二人のメイドが取り押さえる。


「お前たちは!」


「裏切ったくれたと思ったか?誠実で優秀な彼とは反りが合わないと思ったか?でも前提領主が違ったんじゃ話は変わるよな?」


「お前!お前!お前ええええええ!!!!!!!!」


 彼女の目が赫く輝く。


「な、」


 確か…人の本質を見抜く眼、だったっけ。


「なんなんだ、お前は…。」




「善意も、悪意もない。ただ愉快。それだけ。たったそれだけ。




 …化け物。人を騙すことだけが生きがいの人害。




 生きるだけで他者を害することしかできない化け物。




 それが…貴方の本質。」




「失礼な奴だなあ?俺は優しい、領民を憂う領主様だぜ?もっと敬えよ。」




 項垂れたまま、彼女はもう何も言う事は無かった。

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