26話 取引、思惑

 そのまま俺たち3人は連れられるままに屋敷の客間に通されていた。


 越してきて数日しか経っていないというのに掃除は行き届いており、調度品などの配置も済んでいる。


 十分なもてなしはできないなどと手紙には書いてあったがそこらの下流貴族と比べれば素晴らしいの一言に尽きる、というものだった。


「ごめんなさいね、まだあまり片付いていないの。」


 どの口が言うのだろうか。これ以上片づけるものなど見当たりもしない。


「いえ、押しかけているのはこちらなのだ。しかし…うわさに聞いた通り、そこらの貴族とはが違うようですねロクサーナ婦人。」


「そういってもらえると嬉しいわ。いくつになっても褒められるというのは心地いいものですから。」


 座り心地のいいソファに腰かけてほほ笑む彼女。使用人に紅茶を注がせているがどうせこれも最高品質の奴なんだろうな。


「どうぞ、ダージリンはお好きかしら?」


「ええ、とても。では失礼して…。」


 一口、口に含んでみるが…なるほどこれはいい。茶葉もそうだがなによりがいい。


 淹れる奴の腕が未熟だとぬるくなったり苦みが出るがそれが全くない。


 使用人からメイドまで一流のそれってことか。引き抜きを繰り返した魔性の名は伊達だてじゃないね。


「ところで…。」


 ロクサーナが話を切り出す。少しだけ、雰囲気が変わる。悟られないようにしているが眼の奥の光の鋭さが増している。


「頂いた手紙には親交を深める。そうありましたが…こんなにも早く接触してきたのです。?とても大事な用向きがあるのではなくって?」


 本来ならもう少し雑談してから切り出そうと思っていたが…どうやらロクサーナは話が早い方がお好きらしい。無駄を嫌うとでもいうべきか?


 洗練された使用人にこの内装。すこし考慮する必要があるかもな。


「そうですね。あまりぐだつかせても仕方ない。話は早く、手際は良く。私共も常々意識することです。」


「とてもいいですわ。無駄にする時間などこの世には一秒とてありませんから。」


「では本題に。というのも難しいことはありません。」


 一呼吸おいて告げる。


。」


「…続けて。」


 良かった、いきなり却下なんてされたら説得が面倒な事この上ないから。


「ロクサーナ婦人は隣国、つまりはスティルノート王国からの追放者であり、この王国にとっての異分子になります。すなわち貴族としての振舞いを認められていない。」


「そうですわね。」


「そこで、です。現状あなたが貴族になるには余程の功績を何かしら上げて国王から認められる、或いは今いる貴族から地位を奪い取る。この二つでしょう。」


「奪い取る、とは?」


 分かってるくせに。


「奪い取る、というのは結果的にという話です。つまるところ王国貴族の誰かの悪事を衆目の前に曝け出し、その功績をもって入れ替わる。そう言う事です。」


「ふふ、言いたいことは分かりました。それで?」


「私からその手伝いをしよう、そういった契約を貴方と結びたい。」


 乗ってくるかどうかは彼女次第だが。


「…確かに今の私が他者を蹴落とすにはこの国の情報はあまりに少ない。それを貴方が提供してくれるというのであれば、これほど簡単なことはないでしょう。」


 チャンスはあるかな?


「しかしあなたにメリットがない。他者を蹴落とすための情報を私に与えるにあたってのメリット。それを先に提示していただけなければ怪しくて契約などとてもとても。」


 ま、そうだろうな。こんな話に見返り無しに俺が協力すると思ってる奴なんて…いや、意外といるかもしれないが。


「別に大したものはいただきません。単純に金銭、要はを取引しよう、そういいたいわけです。」


「よかったわ、を引き合いに出されては困りましたから。」


 彼女にとっての妙な物ってのはなんだろうな。考えるだけ無駄か。


「それで、どうでしょう?ロクサーナ婦人。金銭に関してもできる限り適正価格を吟味して提供すると約束しますが。」


「そうねえ…。」


 悩んでいる。悩んでいる?実際にそうかはわからないが…。しかし…


「…。申し訳ない。ロクサーナ婦人。話の途中で申し訳ないんだがお手洗いをお借りしても?」


 何だろうか。突然尿意が襲ってきた。別に水分なんてとってないはずなんだが…。


「ああ、構いませんわよ。ほら、案内してあげて。」


 彼女の傍に仕える使用人に連れられてリンネ達を残して部屋を出る。婦人の目が怪しく光ったのはきっと気のせいだろうか。


 そのまま案内されるまま、用を足して廊下に戻る。折角だし少し話を聞いてみるか。


「なあ君。君はロクサーナ婦人に仕えて長いのかい?」


「いえ、私はおよそ2年目、といった所です。」


「ふーん?にしては随分信用されてるみたいだけど。」


 年は30あたりだろうか、にしてはこの男にあまり生気を感じられないが。


「いえ、私など…。この屋敷の者は多くが5年と経たずに辞めていきますから。」


 そんなことを俺に言っていいのだろうかこの男。


「それは…。珍しいね。」


「私たちは逃れられず、愚かだったというだけの事です。勿論。」


 堂々と脅してくれることで。


「楽しめそうな職場だねえ、生まれ変わったら俺も此処に雇われたいもんだ。」


「雇われるのは簡単でしょうね。」


 本当にペラペラしゃべるなコイツ。忠誠がないのか?いや…ブラフ…?


 あれこれ考えていると先ほどの部屋に着く。中に入ると…。


「…?失礼、お待たせしました。」


 なにかこう、部屋の雰囲気が変わっているような。もう既になにか重要なことは終えてしまって、リラックスした雰囲気というのが婦人から感じられる。


 なんでだ?俺との契約が一番の緊張ピークだろ?


 高級ソファに腰を戻して話の続きをする。


「それで、どうでしょう。契約の方は…。」


「そうねえ、十分考えたのだけど…。。」


 チッ、面倒な、あと一押しが…。


「勘違いしないでくださいね?足りないというのは報酬ではなくという意味。私はここにきてまだ日が浅い云わば新参者。その私が動くにはまだ早い。それにあなたの事も多少は知っているけれど…。」


 赫い目が俺を見据える、まるで何かを見透かしたように。


「噂に聞いた優秀な領主、激烈伯、其の全てが正しいとは限らない。貴方と手を結ぶことがどのような意味を持つのかさえ分からない今、決断を下すのは難しいわ。」


 まあ言い分に間違いはない。しかしなんだ?って。俺ってそんな風に言われてんのか?


「だから時間を頂戴。そうね…2週間、2週間後にまた私の所に来てくださる?その時には返事とをしてあげる。それとも貴方のような子供ガキには2週間なんて長くて待ってられないかしら?」


 舐められたものだ、2週間などすぐだろうに。


「いえ、全く問題ありません。2週間ですね?ではまたその時に。より良い返事が聞けることを期待してますよ。」


 こんなやり取りで最初のコンタクトは終了した。


 うーん、どうだろう、概ね成功、か?イマイチ彼女の思惑がつかめないな。元々俺はそういうの得意じゃないが。


 しかしそれより気になったのはリンネとバーバラが屋敷に戻ってからというもの、どこか余所余所しいような。そんな気がするのだ。


 なにか…慣れないことをしているような。そんな感覚。加えて、屋敷を誰かが外で見ているような、そんな気がする。


 気がするだけだ、そう、思いたいが。


 大丈夫だと、自分に言い聞かせるように新品のベッドに体をうずめて無理やり眠りについた。


 致命的なミスから目を背けるように。


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