21話 作戦成功、代償

 殺す、口にすれば簡単だが実行するのは難しい、まして相手はあのランスソード家のミシェラ嬢だ。最近では無敗の白フルホワイトなどと呼ばれていたか。


「殺す、そういったか?ローゼ。」


「そう言ったのよマクベル。確かにあの女強いわ、それは間違いない。ただ…あくまでも起きているときの話。頭が善性でつまっているあの女には寝込みを襲われるなんて発想がない。」


「それでその男の出番という訳か。ただ…。」


「言いたいことは分かるわ。信用できないんでしょう?」


 俺の心を見透かしたようにローゼが告げる。瞬間、俺の横を一本のナイフが通り過ぎる。


 少しでもズレていれば私は生きてはいないだろう。


「舐めてんのか?。」


 暗い、まるで獣が喋ったかと思わせる声。


「わかったでしょう?マクベル。コレを寝ているときに食らって死なない人間はいない。」


 それはそうだろう。それに殺るときは一発では済まないだろう。


「ただ…どう証明するんだ。ミシェラ嬢を殺したと。」


「本当はクビを貴方の前に持ってきたいけど…私も危ない橋をわたっているの、ちょっと難しいわね。でもいいものがあるわ。」


「いいもの?」


 なんだ、いいものって。


「彼女がいつも胸につけているブローチがあるでしょう?あれ、クロードがあげた一点物なの、つまり替えの無い彼女の宝物。」


「肌身離さず持っているそれを此処に持ち込んできたら…殺しは成功、という事か。」


「血でコーティングしてプレゼントしてやるよ、おっさん。」


「いいじゃないか。乗ろう。協力するとも。」


「そう、じゃあこれにサインして頂戴。」


 そういうとローゼは俺の前に一枚の契約書を出す。そこには暗殺計画に同意するかどうかの内容が書いてあった。


「それには私の裏切りも込みの内容が書いてある。つまりは私と貴方で一枚ずつ。

 互いを縛る鎖のようなものよ。」


「成程、暗殺がどうこうというより、自分の今後を担保したいという事か。」


「ええ、私もリスクをかけているのだから。成功したなら私はランスソード家にはいられない。となれば今後の身を置く場所が欲しいでしょう?」


 ウチで雇えば、それも解消。ハハ、裏切りとは恐ろしいものよ。


「計画を実行するかどうかはあなた次第。コレを書いたら止まれないけど。」


 これは少しの賭けだがな。


 ツキが回ってきた。何もかも俺の思うがままよ。やはりコイツは俺に気がある。


「契約成立だ!」


 高らかに叫んで俺は契約書に名前を書きなぐる。


 マクベル・アーランド、そしてローゼも名前を書き連ねる。


 ローゼ・ラヴクラフト。




 これが数日前に俺がローゼから聞いた計画だった。


 そして時は経ち、アルコーンに出立したミシェラ嬢がそろそろ帰ってきてもおかしくない頃。あの男と共にローゼは私の前に現れた。


「ふふ、マクベル。気分はどう?」


「最高だよ、この男が俺の前にいるという事実がな。」


 もう成功は明らかだった。誰の目にも。ミシェラ嬢ではなくこの男が先に私の前に立っている。それがすべてを物語っていた。


「ほらよ、オッサン。約束の品だ。」


 そういうとボロの男は俺に何かを投げ渡す。それは証明。血にまみれた薔薇をかたどったそれこそはミシェラ・ランスソードの死の事実。


「間違いない。これだった。あの時もよく見たんだ。ハハッ素晴らしい!こうでなくっちゃな!」


「大事に仕舞いなさいよ。安易に処分するのは危険だから。」


「分かっているとも。」


 俺は暗殺契約書と隠した机の引き出し、その底を外して隠しスペースに血まみれのブローチを入れる。


「今頃ランスソード家は大騒ぎでしょうね、私は姿を見せないしミシェラはアルコーンで血まみれで見つかるわ。慌てふためくクロードの顔が見れないのは少し残念だけど。」


 俺をはめようとした領主サマがどうしてようが俺の知ったこっちゃあない。


「それじゃ、私はこの辺で。ランスソード家にもまだ少し用があるのよ。あ、そうそう。明日は私休むから。適当に代役を立てておいて。」


「フン、好きにしろ。」


 悪事など数えきれないほど犯してきたが殺人に加担したのはこれが初めてだ。ただ、終わってしまえば呆気ない。やはり俺はヤレる側。


 人の上に立つことが宿命づけられた男だったのだ。


 今日はとっておきの酒を飲もう。ローゼからもらったソレは格段の味だろう。人を殺して酔う感覚など人生で一度きりだろうから。



 side クロード

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「おい、こりゃあどういうことだ。」


 血の気が引いていく。失ったものは取り戻せない。当たり前のことだ。


 無くして初めてわかるありがたみ、とはよく言うが実際に失うまでは本質的には理解できてはいないのだ。


「誰だ、一体誰が…。」


 …


 どうにも最近動きがきな臭いと思っていたんだ。


 何か俺に隠しているような、そんなそぶりがあった。大したことではないだろうと見くびっていた俺が馬鹿だった。


「リンネ、今すぐローズを探し出してここに呼んでくるんだ。今すぐに。」


「そんな必要は無いわよ、クロード。」


 俺のものを奪っておいてよくもまあのこのこ顔を出せたもんだ。


「お前、何したかわかってるんだろうな?」


「ええ、ええ、何もかも。承知の上で、よ。」


「覚悟は、できているんだろうな。」


「一体何を覚悟するというのかしら。」


 ふざけた野郎だ。俺に対する裏切りは相応の罰が下る。それを理解させなくちゃあいけないらしい。


「代償は払ってもらうぞ、ローズ。」


「情熱的なのね、ツマラナイ男。」


 夜はまだ終わらない。彼女をどうするか、考える時間はいくらでもある。

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