第二章 閉じた檻、アストラ学園

第8話 お帰り、次の鴨

 ローズ嬢の屋敷に赴いてから数日の事、ラッセル殿ともやり取りを行い、本来であれば婚約を認め、式を挙げたいところ…ではあるのだが。


 不幸にもラッセル殿の資金が底を突いている状態であるが故に挙式、および婚約はもう少し時間をかけてから行う方が良い…という結論に至った。


 ただ肝心のローズ嬢が屋敷に幽閉されている現状を良く思っておらず、婚約自体はまだではあるが俺のランスソード家に移り住み、親交を深める…といった運びとなった。


 まあ事実上の婚約はほぼ確定しているようなものではあるし、ラッセル殿もローズ嬢の扱いに困っている節があり、なんだかんだここが程よい落ち着きどころであるように思えた。


 そんなこんながあった今、俺はというと…。


「ねえ、助けてくんねえ?一体全体どういうことなんだよこの嘆願書の量は。日に日に数が増えてるんだけど。何をそんなに嘆願してんだよ。普通無くなるだろお願い事なんてよ。」


「あら、優秀かつお優しい慈悲深き過去稀に見る領主なのですから、領民からの期待の表れという事でしょう。もっと喜ぶべきなのでは?」


「表向きはな、実際の俺はそんな優秀じゃないし人を騙して生きていたいような奴なの‼今すぐ全部放って悪人から金を巻き上げたいの‼」


「はあ…情けないですこと、私の未来の旦那様がコレとは…自分の選択を呪わざるを得ませんわね。」


「うるせえ!結構ノリノリで俺の屋敷に来たくせに!なんだかんだ俺の人となり知ったうえで来てんだから満更でも…」


 ドス、と俺の座る椅子に突き刺さる一本のナイフ。


「何か言いました?」


「いえ…何も…。」


 おいマジで俺のこの先の生活どうなるんだ?ローズからのナイフハラスメントに怯えながら生きていくしかないのか?


「ご歓談途中失礼いたします。クロード様、ローズ様。」


「おいおいノルド。何処をどう見たら歓談に見えるんだ?明らかに俺の命が脅かされてるように感じるんだけど。」


 使用人やメイドもこんな感じ。俺を助けてくれる人間はいないのか?


「先日、領内に出現した邪竜討伐のため出奔しておられましたミシェラお嬢様がそろそろお帰りになられるようです。」


「マジ?おい皆、急いで片づけるぞ‼絶対ボロ出すなよ!」


 俺の掛け声とともによくわからん装飾やら絵画やら皆の趣味が全開になった広間を片づけていく。そして由緒正しきランスソード家に相応しい厳格な装いを取り戻す。


「成程、ランスソード家にしてはなんといいますか…フランクな屋敷だと。そういう表現が似合うような趣でしたが、客人の前以外の姿、というわけですか。」


「そうそう、正確には客人と妹の前では、ね。ホントは妹…ミシェラを仲間外れにしてるみたいでスゲー嫌なんだが…ちょっと色々あってな…俺は完全無欠のお兄様を演じる必要があるんだ。」


「哀れですわね。」


「ウグッ…間違っちゃいねえけどよ…もっとこう、手心というかなんというか…。」


「自業自得ですわよ。」


「…そうだな全く。」


「クロード様、ミシェラ様がお見えになりました。」


「そうかじゃあ出迎えに行くか。」


 いつものモードからお兄様モードに切り替えつつ、およそ1か月ぶりぐらいに帰ってくる妹を迎える。


「ただいま戻りましt…。」


 広間に入り、挨拶をしていた途中言葉が切れる。いや正確には俺の隣に座るローズを見て思考がフリーズしている。


「ああお帰りミシェラ。無事帰ってこれたようで何よりだ…。もしお前に何かあったら俺は…」


。誰です?そこの隣に座るお方は。」


「ん?ああすまない。ミシェラは邪竜討伐に赴いていたから紹介できなくてな。こちらは婚約予定の…」


 バキッ‼とミシェラが握り続けていた扉のノブが悲鳴を上げる。いったいどこからそんな力が出てるんです?


「いま…なんと?」


「い、いやだから婚約…」


 バキバキバキッッ‼とドアノブが扉と泣き別れする。え?いやなんでこんなに切れてるんですか?


 そりゃすぐに紹介できなかったのは悪いが連絡する手段もないし、仕方ないところが大きいのだが…。


「嗚呼成程、おおよそのことは了解しましたわ。」


 理解の遠く及ばぬ俺を置いてローズは何かに気づいたご様子。さすが頭がいいお嬢様ですこと。


「どうもごきげんようミシェラさん?貴女が家を空けている間にクロード様とさせていただきましたローズと申しますわ。今はこちらに住まわせていただいてますのでどうぞお願いしますわね?」


 ローズがミシェラに当たり障りない挨拶をする。なんか妙なところが強調されてた気がするけど気のせいだろ、多分。


「…チッ。」


 え?今舌打ちした?ミシェラがそんなことするの初めて見たんだけど…。マジ?なんかそんな切れることある?


「…。よろしくローズさん。すぐに私がをすぐに見つけてあげるから楽しみにしてて。」


「ふふっ、貴女にできれば、ですけれどね。」


 なにこのやり取り、別にローズは家がないから俺の屋敷にいるわけじゃないんだけど…。なにか勘違いしてるのか?後で説明しないとな…。


「お兄様、私は一度私室に戻りますから。それと私の部屋にリンネとバーバラを読んでおいて、二人には説教しないといけないから。」


「あ、ああいいけど…。」


 説教?なんかやらかしたっけあの二人。ミシェラはそう言い残すと私室に向かっていってしまう。


 もっとゆっくり話を聞きたかったのだが…特に邪竜の話とかすごく気になるんだが。一体何を急いでいるのやら。


「貴方も難儀な人ですわねクロード。」


「あん?」


「私の父をそれなりの手際で騙しておきながらこの様子…つくづく、といった所かしら。」


「さっきからミシェラといいお前といい、なんか要領を得ないんだよな。なんというか話がイマイチ嚙み合わないっつーか。」


 こう、俺だけが取り残されているような感じだ。


「貴方に足りないのは脳の容量ではなくて?」


「バッチリ詰まってるっての。…しっかし暇だよなあ、なーんかいい獲物はいないもんかねえ。」


「暇だというなら山になった嘆願書に色よい返事でも考えればよろしいのではなくて?」


「それとこれとは話が別だっつーの。」


 全く…一体全体どうなってんだよこの山は。適当に山の中から一枚の嘆願書を引き抜いて中を読むと…


 ・学園に蔓延る悪の権化を成敗してほしい。


「ん?なんだこりゃ。説明も何もないじゃねえかよ。嘆願書にしてももうちょっと細やかな内容だのなんだの書くのが普通だろう。そもそも差出人の名もねえし。」


「これはおそらく領内最大の規模を誇るアストラ学園の事を指し示しておられるのかと思われます。」


 隣でのぞき込んでいたノルドが嘆願書の中身を補足してくれる。


「ふーん?根拠は?」


「ランスソード領の学園はいくつかありますが…最も大きい学園はアストラであり、同時に黒い噂の絶えないのもまた、と称されるだけのことはあるかと。」


 なんだその痛々しい別名を誇る学園は。というか我が領うちの最大の学園が黒いうわさが絶えないってどういうことなんだよ。


 大丈夫なのか…まあこれも先代からの負の遺産ということなのだろうか。


「オーケー、少し探ってから様子を見てみよう。あまり金を貯め込んでそうな感じはないが…いい獲物になるかもしれん。」


 そうと決まれば即断即決。今はミシェラが帰ってるので完璧を演じながらではあるが悪を成敗いたしますかねえ?優秀な領主ですから?


 かくして学園編が幕を開ける。


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