第7話 冷たい薔薇、一旦の幕引き
馬車を走らせ、王国の街のやや外れ、貴族の娘が住むには少しみすぼらしいと感じられる所謂、別宅に赴いていた。
「クロード様、ここがローズ・ラッセル様の住まう別宅になります。」
「なるほど?まあ幽閉されてるとはいえここに住み続けるのが苦しいって程でもないな。別に普通の家って感じだ。」
一人で住むなら掃除が大変そうな大きさはある。まあどうせ使用人かメイドか誰かいるのだろう。暮らすに困ることはなさそうだ。
「じゃあ行こうか。」
俺に続くようにバーバラもついてくる。今回はリンネとノルドは留守番…というかそんな頻繁に連れまわすものでもないが。
「失礼、ランスソード家、現当主クロードである。此度は家主であるローズ様にご招待賜ったため参った次第だ。」
俺が戸をノックして呼びかけると使用人が扉を開けて挨拶を返す。
「これはこれは、ランスソード家ともあろう方がこのような場所へ…どうぞ、お嬢様が中でお待ちですので。」
言われるままに俺とバーバラは年季の入った別宅にお邪魔する。
「こちらです。」
年こそ重ねているがその仕草は流麗、使用人の立ち振る舞いからもヤワな相手ではなさそうだと感じさせられる。
そして客間で迎え出るのは13歳にしては大人びた雰囲気をもつ少女だった。
「ようこそおいでいただきました。このような辺鄙な所まで足を運んでいただき言葉もございませんわ。本日はどうぞよろしくお願いします。クズ野郎。」
なんて素敵な呼び名だろう。生まれてこの方、言われたことがない。
「これはご機嫌麗しゅう。ローズ嬢、此度は貴女に出会えること、まことに心待ちにおりました。」
「私は会いたいとは思って居ませんでしたが。」
「それは残念、さて…」
彼女が無言で指し示すソファに座り、面と向かって弁明を始める。
「本日、訪問するにあたって貴女の事を少々調べさせていただきました。勿論、仲良くなりたい一心でですよ?」
「どうだか、我が父を騙し、資産を掠め取るコソ泥にそういわれても信用なりませんけれど。」
まあまあ言ってることは間違ってないから困るよねえ。
「これは厳しい。さて、今回の事件について弁明したい所なのですが…
弁明することなど何ひとつありません。ローズ嬢。」
「…。」
彼女は黙って私を見つめ続ける。まあ続きを話せってことなんだろう。
「いいですか?私のこの詐欺は全てが趣味と実益を兼ねた行為であり、決して画の価値を全く知らぬ貴族相手に吹っ掛けてぼろ儲けする悪人を成敗してやろうなどとは微塵も思っちゃいないんですよ。」
「…でしょうね。随分と我が父をコケにしてくれたようですが。」
「おいおい、思ってもない事言うんじゃないぜ?あんたにとっちゃあ父、ラッセルの事なんて眼中にないくせに。」
ローズ嬢の目つきが変わる。やや図星、といったところか?
「あんたにとっての一番は幽閉の憂き目にあってもなお貴女をかばい続けた母ヘンリエッタただ一人。それ以外の人間など眼中どころか意識の外側にすらいないんじゃないか?」
「良く調べたものですね。無礼な男ですこと。」
「無礼千万が俺の流儀なんでね。」
「それで?私の本質をある程度理解したからなんだというんでしょう。おめでとうで御仕舞いのクイズをしに来たのではないでしょう?」
「嗚呼、そうだな。必要なのはローズ嬢、貴女からのお目こぼしだ。貴女が黙認してくれるようなナニカが必要だった。」
「だった、ということは。」
「ご明察、頭が切れすぎると噂の貴方はどうしたってどこかで俺の事に行きつく可能性があった。そこで貴女がもう二度と踏み入れないラッセルの私室でコレが必要になったわけだ。」
「それは…。」
俺が懐から取り出したのは一本のボロの櫛。値打ちなんてないも同然だが、物に価値を見出すのは人それぞれだ。
「コイツは貴方の今は亡き母ヘンリエッタとの思い出そのもの。形見ってところかな?」
幽閉される前、ローズと母との思い出の品、らしい。正直時間がなくてそうらしいということまでしか掴めなかったが押し切るしかない。
彼女は何も言わずに押し黙る。正解、ってことでいいか?
「
「…そうですね。60点あげましょう。私以外の人間としては上出来です。」
今までの表情から一変、一気に人の物とは思えない冷徹なナニカが顔を見せる。
「おいおい、困ったな。まるで自分が人間以上の神か何かのような口ぶりだが…。」
「勘違いしていただいては困ります。私が人間で、他の頭の足りない猿どもが人間を騙っているのです。まあ貴方はギリギリ人間、といった所でしょう。」
一体どんな目線で世界を見ているのか、いや見下しているのか。
「ま、合格は合格なんだろ?コレで今回は万々歳ってわけだ。お互いな。」
「まだ合格とは言っていないでしょう?一つ、条件を設けます。」
ん?なんだいかにも合格みてえな感じだったのに。まあいいか条件一つ飲めばいいみたいだし。
「して、その条件、とは…?」
「私と婚約しなさい。人間、クロード・ランスソード。」
「…は?」
「耳が悪いのかしら?私、同じことをなんども言うのは好きじゃないのですが。」
「いや、なぜそうなる。話が飛躍し過ぎだ、あーなんだ?つまり…俺に惚れたってことか?」
ドスッっと俺の顔のすぐ横をどこに隠し持っていたのかもわからないナイフが通り過ぎ、壁に突き刺さる。
「勘違いをしないで、私はこの生活に少々飽きてきたところです。そこで貴方に嫁いで環境を変えてしまうのに都合がいい、というだけの事です。」
「はあ~素直じゃないんだから。俺の事が好きなら好きだと最初からそう言ってくれればいいのに。やっぱりちょっとだけした文通でも俺の魅力が…」
ドスドスドス、と3つ小気味良い音を立てながら壁にナイフが突き刺さる。
「…次は当てるわ。」
「スイマセンでした…。」
兎にも角にも、そんなやり取りの中でローズ・エルフォードへの弁明は終わりを迎えた。思わぬ展開にはなったがまあいい。
どうせある程度の年になったら体裁のために適当なやつと婚姻しなければならんのだ、早めに相手が見つかったのだと思えばいい。
ローズ嬢も明らかに俺への好意というよりは環境を変えたくて結婚したいのが明らか、それでいいのかとも思うがまあ人の価値観はそれぞれだしな。
案外結婚なんて成り行きでやるもんさ。今後の
ラッセル殿とはなんだかんだ詐欺被害者のよしみでなんなら少し仲良くなっている。そう断られることもないだろう。
こうしてエルフォード家と俺たちとのお話は一段落、次なる標的は誰になるのか。
ヒントは妹、そして回復魔法。それでは皆様、ごきげんよう。
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