第6話 哀れ、結びに招待

「おい…‼もう一回言ってみろ‼ふざけたことを抜かすなよクソが‼」


「で、ですから…昨日こっちに来たクラウド?ってやつは今日の朝方にはもう荷物ごと消えちまいまして…。」


「そんなはずがあるか‼き、昨日の今日だぞ?このナイフだってある‼何が…何が起こっているんだ‼」


 今日の朝方、起き抜けに私の耳に入ってきたのはクラウドに与えた部屋から荷物丸ごと全て影も形もいなくなってしまったという画家達からの連絡だった。


「わ、私にはどうにも…。」


「うるさい!探せ!死ぬ気になって探せ!」


「はいぃ…。」


 なよなよとしたお抱え画家が私の私室から逃げるように飛び出していく。いったい何が起こっている?ナイフは依然私のもとにある。


 牢にぶち込まれると分かっているだろうに。見つかり次第その身に私手ずから罰を与えねば…。だがそれはそれとしてだ。


「おい。」


「は、お呼びでしょうか。」


 使用人のラーベンを呼びつける。コイツに宮中のあらゆることを一任している…いわば右腕のような男。


「なんといったか、そう、リーネだ。あの女をここに引っ張り出してこい。ふざけた輩だ。こんなことでは契約にならん。やつにも地獄を味合わせてやらねば。」


「それが…大変申し上げにくいのですが…。」


「なんだ。」


「ラッセル様がそうおっしゃられるだろうと思い、先ほどからリーネという商人の情報を探らせているのですが、どうにもラッセル様以外で宮中で取引をしたという者が見つからず…。」


「はあ⁉そんなわけがないだろう。わたしのビジネスなぞ私の傍仕えぐらいしか知らぬほど隠蔽しているんだぞ⁉私との取引の前に他の誰かとしていないなんてことが…。」


 情報屋を名乗る以上私の秘密を知っていておかしくは無かろうが、それならそれでもっと安易に取引を持ち掛けやすい相手は私以外にいくらでもいる。


 わざわざ私を王国宮廷内の最初の取引相手にする理由など…。


「それと、ラッセル様が最近取引した不躾な貴族、あのラッセル様の画を酷評した輩についてもなのですが…。」


「あ、ああそうだ確か名をとか言ったか?そうだアイツはクラウドの画をかなりの高額で買ったと言っていたはず、あ奴から情報を探れば…。」


「それが…どうにもその貴族、この王国内には存在しないようでして…。」


「馬鹿を言うな‼」


 ガシャンと卓上のもの全てが床にたたきつけられる。


「それだけは無いはずだ!そ、それだけは…あ、アイツの装いは明らかに貴族のそれ。それに使用人も付き添っていた上、メイドが奴の噂話をしているところもこの耳で聞いているんだぞ‼あり得るわけないだろうが‼」


「ですが、何度調べましてもそのような貴族は上がってこず…。」


「やかましい‼お前の無能を棚に上げてるんじゃあない‼調べなおせ!どこかにいる…いるはずなんだ‼」


「…直ちに。」


 クソ、クソ、クソ‼‼


 一体なんだというのだ!何が起こっている!


 クラウドにリーネとかいう商人、果ては下流貴族まで見つからんだと?あり得るか‼


 い、1000万ゼニーだぞ。そんなことあってはいけない…あっちゃいけないんだ…。


 …そうだ!ランスソードだ!あのクソ女、たしかランスソード家もクラウドの画を買ったとかぬかしていたはず。


「おい、馬車の用意をしろ‼今日の予定は全てキャンセルだ!今すぐランスソード家に向かう。」


 情報を少しでも聞き出さねば…クラウドでもあの商人でもいい。なにか…何かあれば…



sideクロード

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

と、いうわけでここからは俺のパートね?演技するのは久しぶりだ。


「おや?これはラッセル殿、急な訪問とは珍しい。うちも実は少々立て込んでいましてね、あまり手厚い歓迎は出来ないのだが…。」


 とうとう、いらっしゃったよ主役様が。


「押しかけてしまって済まないクロード殿、私事で申し訳ないのだが急を要する状況でね、クラウドという画家、或いはリーネと名乗る女商人と最近接触したのではないかと思ってね。」


 へえ、それはいったい誰なんだろうなあ。


「…もしやラッセル殿も私と同じ被害に?」


「同じ…?まさかクロード殿もあのクズどもに‼」


 なんてクズ野郎なんだ!この詐欺を考えた奴の顔が見てみたいね。


「ああ、実はリーネと名乗る商人から有名な画家の画だと数点売りつけられたのだが、私はあまり画に詳しくなくてね。あとから目利きに見せたところとんだだったようで。」


「そ、そんな…クロード殿まで…。」


「被害総額およそ100万ゼニー…高い勉強料だったよ。全く。」


「た、たったの100万?」


そうそう100万。100万なんて高すぎるよな?


「はは、ラッセル殿は資産が多い故100万ゼニー程度、はした金かもしれんが、うちは今は少々厳しくてね。」


「い、いや失礼した。それで…な、何か!何かあいつらの情報はお持ちではないか!私も取り返さなくては‼」


「ああ私が調べたところによるとどうにもそのリーネ、クラウド、そしてノールドと名乗る3人組が王国を出てどこか旅立ってしまったと関所の者から聞かされてね。」


「お、おうこくのそと?」


「もはや追うのはむずかし―」


「ダメだ‼ダメなんだ!ダメだ…ダメなんだよう…。」


 ああ本当に―


「あのかばんには…。私の…、私のいっしぇんまんがあ…。」


 涙を流して年甲斐もなくぽろぽろと―


「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 泣き喚く、あなたの顔が見たかった。










「大 ☆ 成 ☆ 功 ‼」


「「「イエーイ‼‼」」」


 ラッセル殿には御帰りいただいた後、俺たちはだまし取った1000万ゼニー横目にパーティを開催していた。


「よっしゃあ!今日は飲め飲め!!もう何でも飲んじゃっていいぞ!!おとーさまが大事にしてた50年物のワインあるだろ!あれも開けちまおうぜ!無礼講じゃあ!」


「クロード様は太っ腹だねえボクも一杯飲んじゃおー!」


「バーバラも好きなだけ飲めな!だって1000万だぜ?当分遊んで暮らせるぞおい!」


「はあ…そのようなことを言って、どうせまた別の誰かに狙いを絞っているのでしょう?」


「お、さすがだねえリンネ。遊んで暮らすとかどうでもいいんだよ!見たか?ラッセルの顔。もう最っ高!カワイイったらありゃしない。」


「アハハ…さすがに僕もは理解できないかなあ…。クロード様ってホント変な持ってるよね。」


「そうでもねえだろ?それに癖でいえばリンネの方が…」


「ナニカ仰いましたか?クロード様。」


「イエ、ナニモ、イッテナイデス。」


 あまりにも冷ややかな視線とその手に掲げたビンは心臓に悪いからやめてくれ。マジで。


「ほほ。しかし坊ちゃま、このノルド、様々なことはやってきましたが貴族に扮するのは初めての経験でございました。」


「おう助かったぜノルド。いやホントならな?俺がそういうのやりたいんだけど顔バレてるからさあ。でも上手かったらしいじゃん。貴族もになってたって聞いたぜ。」


「所詮、下流貴族の態度の悪い酷評家でございますので、私でもなんとか形になった次第です。」


 ノルドには今回ノールドとしてラッセルの画を酷評する布石の役をやってもらった。まあ布石は布石なんで正直食いつくかどうかは運の要素もあったけどな。


 最悪別のプランで行くことになってたかも。


「でもさークロード様。ボクってメイドになって噂流したりしてただけだから実際何が起こってたのかよくわかんないんだよねえ。」


「ん?そうか?じゃあ簡単に説明するか。」


 というわけでここからは俺の長ったらしい説明になーる。


「まずはノルドねラッセルの画をこき下ろしてお抱え画家の評判が下がっているように見せかける。これは一か月くらいか?」


「それで?」


「そうすると挽回しなきゃいけないからちょっとの間でも良い画家が欲しくなる。」


「ふむふむ。」


「そしてリーネことリンネが画家の情報と仲介を売る。それもここ1か月で出てきた超天才をね。」


「はーいしつもーん。」


「なんだね?バーバラ君。」


「どうやってその超天才を見つけるんですかー?」


「おいおい、まだ俺のやり方が分かってないのか?超天才の画家なんているわけないだろ。クラウドなんてのは存在しない。とはいえクラウド役の人間はいるのでウチの料理人クラウディ君にやってもらいました。」


 俺の説明と共に厨房からクラウディ君がやってくる。


「どうも。こういうのは初めてでしたが…いやーなかなか楽しいもので。」


「お、クラウディじゃん。なるほどねえ。でもそれじゃあクラウドのために1000万も払ってくれないんじゃないの?天才じゃないんだし。」


「いいか?重要なことはラッセル自身はイマイチ画の目利きができないってことだ。」


「ふーん?」


「アイツはこんなビジネスをやってはいるがその実、画に関しては素人に毛が生えたレベルなんだよ。本物の目利きとは違うんだ。ぱっと見で判断する程度にはな。」


「なるほど。」


「だから俺やノールドが高額でクラウドの画を買ったと聞いたらクラウドのブランド力を信じてしまう。ウチの倉庫に眠ってたちょっとだけイイ画を見せてやればクラウドは天才画家だと周囲が認める存在に早変わりだ。」


「…すごいね。」


「すごくはない。ラッセルだってやってたことさ。画っていうのは勿論良し悪しもあるが最後はブランド力なんだよ。周囲の認知がものをいうのさ。あとは全員でとんずらこくだけ。ちなみに弱みのナイフ。あの血は豚のやつね。いまごろ衛兵の所に駆け込んでるんじゃねえか?」


「サイテー…。」


「はあ…裏に隠れて泣いてるラッセルちゃんをこそこそ見てたのは誰だって話だよ。人の事言えるか。それよりバーバラもアレはバッチリなのか?」


「ん?あーアレ?大丈夫ちゃーんと盗ってきたから。」


「そうか。なら万事良し、だな。」


 何もかもが上手く行った時の酒は旨い。


「よーしくだらん説明も終わり!飲むぞ食べるぞー!」


 パーティは仕切り直し。使用人からメイドまでひっくるめてどんちゃん騒ぎをした後一人の使用人が俺に手紙を手渡してきた。





 差出人はローズ・エルフォード。


 書き出しはこうだ。




「拝啓、父上を騙したクズへ。


 弁明のチャンスを差し上げましょう。明日、私の別宅に訪問することを許可します。従わなかった場合、父に全てが流出するものと思っていただけますよう―――」


 さて、もきっちりやり遂げましょうかね。



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