第5話 閉じられた天才、怯える画家

「成程ねえ…腕のいい画家を探してる、か。」


 バーバラを屋敷に再度送っておおよそ一月、ローズとやらの情報とラッセルの近況を俺は聞いていた。


「そうそう、結構焦ってるみたいだよー評判がラッセルさんの画家の落ちてるみたいでさあ。ちゃんとした画を書かないとまずいんだろうねえ。」


「そんじゃあリンネを情報屋として行かせる作戦で行こう。こいつがいい。」


「はあ…今度は情報商人ですか。」


「頼むよリンネ、こういうのはお前がイチバンなんだよ。な?」


「…わかりました。やりますよ。」


「もーリンネってば素直じゃないなー。そうやってクロード様のおねだりが欲しいのバレバレなんだよ。顔バレしてなきゃボクがやってたってのにさ。」


「あーところでバーバラ、このローズだが…。」


「その娘ね。なんでも以前王国のパーティでやらかしたんだってさ。そのパーティの主役である第二王子様の悪事を見抜いてばらしちゃったんだよ。しかもパーティの途中で、確かにそれ自体はお手柄だよ?でも貴族が王族に楯突いたようにも受け取れるよね。」


 ふむ。なんか前に第二王子がどうこうっていうのは耳にしたな。その主犯がか。


「それで扱いに困ったラッセルが幽閉したってわけか。」


「そう。最近仲良くなったメイドの子が以前ローズちゃんのお世話係やってたんだって。それで教えてくれたの。」


「ほーん。お前は人に取り入るのがうまいね、全く。ただコイツを作戦に組み込むのは…ちと難しいか。」


「そうだね。なんでも頭がよすぎるんだって。メイドの子が言うには、だけど。」


「ますます、だな。」


 頭が良すぎる?変に関わると不味いか?いや逆に味方につけるってのもありか。


「実際今住んでるっていう別宅の方も張り込んでみたけどあんまり収穫無し。時々何人か手伝いの人が入るの見たけどそれだけ。」


 まーじで幽閉って感じだな。ただ頭がいいってのが気になる。正直言って仲間にしたい。考えるのが俺だけではいつかボロが出そうだ。


 うちの奴らはそれなりに使えるのは間違いないんだがどうしても全体の作戦立案は俺だ。あわよくばもう一人俺と同じくらいの奴が欲しい。


「うし、何回かローズってやつに文をしたためておこう。そいつの能力によっては家に引き込む。なにラッセルの首が回らなくなったらローズの扱いにも困るはずだ。幽閉するにも金がかかるからな。」


「ふーん?でもどうやって引き込むの?ボクさすがに会うこともできない子とは仲良くするの大変なんだけど。」


「だからこその文、つまりは文通だ。まあその後は婚約でもなんでもすればいいだろ。」


「「は?」」


「なんだ、いきなり怖い声出しやがって。」


「…クロード様にはまだ婚約の話は早いかと。」


「…っそうそう!まだガキなんだからさあ?」


 なんなんだいきなりリンネとバーバラのやつ、人の事をガキだのなんだのと。失礼なこと。俺はもう14だぞ(前世も考えたら…嫌、やめよう俺はまだ青年なんだ)。それにこの世界じゃあ別に14で婚約するのはまあまあ普通だろ。


「ハッ!今に見てろよ。引きこもりのガキ一人、俺の口説き文句でイチコロよ!」


「ど、どうだか。クロード様ってば女心わからなさそうだし?」


「うるせえ!俺が本気になればチョロいんじゃい!そういやローズってやつは何歳なんだ?」


「13歳のはず。」


 長女の一つ下か。正直13のガキに興味など湧こうはずもないが…この言われようは癪だ。バッチリ落としてやる。


「よーし、じゃあリンネ、あとは頼むよ上手く騙してくれよ?」


「まあやるからにはきっちり騙しますよ。」


「ボクは何かすることあるー?」


「バーバラはもうずいぶんと働いたからなあ。うちでメイドに戻っててくれ。ラッセルの1000万が手に入ったら好きな物買えよ。」


「はーい。じゃあボクはお休みするね。こっちに戻って働くの久しぶりだなー。」


「もう数か月も向こうでメイドやってたろ?気に入ったんならエルフォード家に移り変わってもいいんだぜ?」


「ボクの家はここだけだよ、クロード様。それにあそこのメイド長ホントに煩いんだから、セイセイするよ。」


 向こうの暮らしも大変だったようだ。何か褒美を別に上げた方が機嫌とれるかねえ。


 とにもかくにも、大事なことは結局ラッセルが網にかかるかどうかだ。こればっかりはリンネ頼みになるからなあ。


 ホントなら俺がるのがベストなんだが、さすがに俺は顔でバレちまうからな。執事やらメイドなら完全記憶能力でも持ってなきゃ一度か二度顔を見たような相手、バレやしないんだがな。案外人の顔なんて髪型変わればわかんねーもんさ。


 さあ、頑張ってくれよ、リンネ。




 side ラッセル・エルフォード

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「フン、成程。親殺しか。それで人に会うことが怖くなったと?覚悟がないならやらなければよかろうに。」


 殺しなど生半可にやるものじゃない。私も身に染みているからな。


「天才画家とはいえ心は凡人と変わらぬのかもしれませんね。」


「だが、どうする。まさかそれだけでクラウドを脅せるとは言わんよな?俺が会って何を言おうとデタラメだと言われればそれまでだ。なんならもっと警戒されて二度と会えなくなるだろうよ。」


「そこで、コレなのです。」


 手に革の手袋をつけて女が取り出したのは。誰の目にもわかるそれは―


「ハハハ!わかったわかった。コレを使えばいいというんだろ?」


「ええ。さすがにこれを持ち出されれば衛兵も動かざるを得ませんから。」


「それで?そもそも最初に会うのはどうする。」


「そこも問題ありません。仲介も仕事の範疇ですので、私がここにお連れ致しますよ。使ね。」


「頼もしいことだ。ではよろしく頼むよリーネ殿。」


「はい。ではまた後日。」


 そういい残し、血濡れのナイフを置いて商人の女が私の家から出て行ったのが数日前の話。


 途中珍しくアレ以来、一言も会話すらしていないローズから手紙が届いたかと思えば


「この件から手を引け。」


 とそれだけの文だけの手紙。くだらん。私の娘を騙ったいたずらだろう。大体私のビジネスはごく一部の側近と飼い殺しの画家だけしか本来知りえぬこと。


 まして幽閉しているローズが知るわけもなし。


 それに最近なにやらローズのもとに誰か手紙を送っている奴がいるらしい。まああんな化け物、本性を知ればすぐに手を引くだろうよ。


 そして今。あの女は一人の男を連れて私の前に再び現れていた。


「お久しぶりです、ラッセル様。調子もよろしいご様子で。」


「おいリーネさん、さっきも言ったがよ?俺はこの人とは会うだけだぜ?契約なんて…」


 ガタガタ抜かす若造の目の前に例のナイフを見せてやる。


 ガタガタ、震えだしたのは男の体。


「お、おい…なんでっ…!いや嘘だ…そんなはず…嘘だ‼」


「落ち着いてください、クラウドさん。さあラッセル様、契約書と説明を。」


 狼狽え、呼吸も落ち着かぬほどにおびえた男に私が懇切丁寧に今後の飼い殺し計画についてしてやる。


「わかるかい?クラウド君。君は腕がいい。だから私のもとで画を描き続けるのだ。なーに心配いらない。飯と寝るところぐらいはくれてやるとも。お前も牢の中で過ごすよりはマシだろう?」


「そ…そんな…リーネさん!いやリーネ!どういうことだ‼俺はこんなの…。」


 往生際の悪い奴だ。あの時この女が見せた画が書けるほどのお前ならこんな待遇受け入れられんだろうな。このナイフさえなければ。


「申し訳ございません。クラウド様。私の取引相手はラッセル様でありますから。」


「だ、そうだ。で?どうする。」


「画を…画を書けば、そのナイフは…。」


「ああ、勿論。君が逃げ出したりしなければこのナイフは私の書斎から出てくることは無いだろうね。」


「…。わかった。契約する。契約するとも。それでいいんだろ!」


 ヤケクソのように名前を契約書にサインする男。こうも上手くいこうとはな。


「契約成立、でございますね。それではラッセル様。こちらの方も。」


「分かっているほら、確認しろ。」


 女の前に大量の金、つまり1000万ゼニーの入った鞄を出す。さすがに家紋の印を押している契約書だ。払わなければ宮中にでもばら撒くつもりだろう。そうなればもう誰も私から画など買わん。癪に障るが仕方ない。


「はい、確かに1000万ゼニー預かりました。では私はこれで、ラッセル様はクラウドに間取りの紹介など忙しいでしょうから。」


 フフ、といやらしい笑みを浮かべて女が鞄片手に立ち去る。


「さあクラウド、楽しい楽しい紹介の時間だ。」


 おびえるクラウドを連れ出して街から離れた下手くそな専属画家どもとおなじタコ部屋を紹介するのはここ最近では一番の娯楽だった。鍵なんていらないだろう?血濡れのナイフなどと言う何よりも重い枷がついてるんだからなあ?


 まったくウマい話もあったもんだ。


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