第3話 俺のやり方、それと第一の鴨

「口ではなんとだって言える‼今ここで皆を救って見せる!」


 うおおお!というよくある叫びを上げながら壇上に立つ俺に向かって短剣一つで走りこんでくる。


「危ない!」


 俺を警護するはずの者たちも間に合わない、哀れ、新たな君主はこれにて人生の幕引き――


 


「ぐうっ⁉」


 振りかざされる短剣をひらりと躱して、よろける男に一蹴り、崩れ落ちる男から短剣を奪って投げ捨てる。


「クソッ!」


 そのまま抵抗を続けようとする男に俺が馬乗りになって押さえつければ、

 はいおしまい。さて…。


「クロード様ご無事ですか!即刻その男の首を跳ねよ‼」


「待て‼」


 ようやく警護の者たちが男を取り押さえて今にも処刑しそうな勢いだ。そいつはちょっと困るんでね。


「殺す必要はない。この男の行った行為も我が家が重ねてきた罪の証といえよう。」


「しかし…。」


 街の代表、リュドニク殿が異を唱える。まあ確かに自分の街から俺への反旗を翻すものが出たとあっては気が気じゃなかろう。


「案ずるなリュドニク殿。この件でラヴィニアの街をどうこうするつもりは全くない。それでは父と同じ愚かの二の舞だ。」


「クロード様が、そうおっしゃるのでしたら…。」


「皆に告げよう!私はこの領地を領民全員が住みやすいといえるように努力し続ける。なにか不満、問題があれば嘆願書を出してもらって構わないし、なんならこの男のように直接私に直談判をしに来てくれてもいい。すべては皆のためこの命すら惜しくないと本気でそう思っている。どうか皆の意見を聞かせて欲しい。そして皆で協力して素晴らしい領地を、街を、共に作り上げていこうじゃないか‼」


 私の宣言に街の者たちから歓声が上がる。はー最高。褒められるってのはいくつになっても気分がいいもんだ。


 これで最早我が領土でも規模の大きいこの街で俺を疑うような奴は早々出てこないだろう。悪くない結果だ。俺の評判がそのまま命に関わってんだからな。


「いやあクロード様本日は新たな時代の一歩やもしれません。本来ならもう少しおもてなしをさせていただきたかったのですが…。」


「いやいや十分な歓待をしてもらったよリュドニク殿。少しずつではあるが税も減らしていく。どうか今後ともよろしく頼む。」


 リュドニクと別れの挨拶を済ませて馬車に乗り込み住民たちの見送りのもと、街を後にする。うんうん、いい成果だったんじゃないか?こうも上手くいくとはなあ。


 ある程度の場所まで街から離れ、馬車を走らせたところで、


「ノルド、そろそろだったろ落ち合う場所。」


「はい、そのように。」


「あ、いたいた。おーいお疲れさーん。」


 開けた草原で事前に打ち合わせしていたポイントに待つ男が一人。


「いやー大変だったな、でもいい演技だったぜ?ラヴィニアの街を想う短剣青年君。」


「はあ…クロード様。何に化けるも構いませんがせめて女の役にしてください。」


 馬車に乗り込んでくるのはさっき演説中に俺を襲った張本人。短剣ひとつで俺に挑んだあの男だ。しかし帽子を取って窮屈に仕舞われていた髪を伸ばして、口元を覆う布を外せば、一瞬にして元通り。


「悪かったよリンネ。うちで動けて演技できる奴お前ぐらいなんだよ。」


「ですが男である意味はあったのでしょうか。」


「いや襲ってくる女を倒してもあんまり恰好つかねーだろ。それにお前結構声低いしいけるかなーって。」


「はあ…まったく昔から悪知恵の働くことで…。」


「いやそうなんだけどさあ…悪知恵って言い方ねーだろ。俺は実際に税も下げるし、基本的には嘆願だって聞く予定だぜ?ただ今までの先代の犯した罪が重すぎる。」


「そこで今回のような小芝居をうっている、と。」


「言い方、俺は少々ドラマチックにしただけだ。嘘は言ってねーんだよ。」


 結局のところすべては仕込み、演説中に襲われ、それでも罰せず、むしろ己が先代の罪であると謳って観客たちの心をわしづかみにしてやろうってね。


 別に演説で嘘をついてるわけじゃない。ただ人々の印象に強烈なドラマを、物語を添えただけ。


 ちなみにリンネは家に仕える私設部隊の一人、女なんだが演技は上手いしなかなか動けるってことで今回は採用、普段はメイドをやっている。


 というか大体コイツに頑張ってもらうことが多い気がする。加えて美人。なんなら俺よりイケメン。女なのに。俺が何か悪いことしたか?


「おいリンネ、次の街の仕込みは…あーそうそう年端も行かない少女を救うやつだったな。」


「えぇ、そのように。」


 勿論見回る街のほとんどでドラマを作ってやるとも。第一印象は何より大事さ。こんなの相手の信用をもらう基本中の基本。ただでさえ好感度はマイナスなんだ。それぐらい許してくれても、ねえ?


 そんなこんなでゆく先々で称えられる俺の領地行脚は大大大成功を収めたのでした。





 ―めでたしめでたし―





 …じゃねーよ。マジで。アレから数日。馬鹿みたいな数の嘆願書が届けられていた。


「なあ、手伝ってくれよリンネ。」


「はあ、自業自得ですよクロード様。それに私は命じられたで忙しいんですから。」


 そうでした、君には別の案件任せてましたね。


「あー調子乗り過ぎた。人気になり過ぎちゃったよ。どうすんだよこの嘆願書の量。ドンだけ時間かかるんだよ。」


 ぐだーっと体を机に預けて絶望に浸る。あぁ、ちなみにこんな姿晒してるのは妹がいないからね。ミシェラにはしっかりしてる兄で仮面かぶってるんで。でないと勇者様に何を吹き込むやらわかったもんじゃないし。


「おい、これみろよ。うちで飼っていたペットがいなくなったのですが。って。それ俺に聞くことじゃねえだろ。街の衛兵かなんかに頼めよ。俺に嘆願してどーするんだよマジで。」


 山のように積み重なる嘆願書を見ながら打ちひしがれていると。


「ただいま戻りましたー!」


 家では久しく聞いて無かった底抜けに明るい声。


「おーおかえり、どうだ上手くいったか?」


「もーっちろん!ねえ褒めてよクロード様!」


「あーはいはい調査結果聞いてからね。」


「はあ…バーバラ。クロード様にもっと節度ある態度で接するようにと何度言えば…。」


「うるさいなあリンネは黙ってて。ボクはとお話してるの。」


「申し訳ありません。クロード様、バーバラには後でしっかりとをしておきますので。」


「いいんだよ気にするな。俺が自然体でって頼んでんだからな。ただミシェラの前ではくれぐれも頼むぜ。」


「だいじょーぶだよボクってば天才だし。」


 うちの私設部隊の一人、バーバラ。こいつには数か月前に仕事を与えていたので会うのは久しぶりだ。ちなみにボクといってるが性別は女。


 …なんか俺の私設部隊って女多いな。気のせいか?


「で?どうだった。調査の方は。」


「はい!これ。しーっかりまとめてきたんだからね。」


 俺に手渡されるのは王国貴族のうちの一つ、についてありとあらゆることを事細かに調べ上げられた情報そのもの。


「いやー大変だったよ。あそこってさあメイドの扱い酷いんだよ?それにメイド長のお小言もさあ?凄くて凄くて。」


 バーバラにはエルフォード家にメイドとして素性を変えて雇われてもらい家族の関係性からその力関係、どんなものが好きでどんなものが嫌いなのか。そしてどんな悪事を隠れてやってるのか。その実態をスパイとして潜入してもらったわけだ。


 因みにこの前の俺主催のパーティにも来ていた。あのときは軽い人物像だけで何とかやり過ごしたが、なーににするにはキチンと調べきっておかないとな。


 バーバラがまとめた資料について目を通していく。


 成程…王国の中ではまあまあの立ち位置で、顔もそれなりに効く。エルフォード家当主のラッセルは人柄も良く人望も厚い…というのは


 その実態は自分の金で雇った画家を不当に安い賃金で働かせ、それを絵の価値のわからない貴族相手に高値で売りつける。当然儲けは全て自分のもの。クズって言葉がぴったりだな。


「よし、いいな。こいつにしよう。こいつから金をだまし取る。散在してるようでも無し、たっぷりため込んでるだろうさ。」


「おお、じゃあ今回のターゲットはこいつでいいんだね?」



「あぁお手柄だ、バーバラ。ただこのエルフォード家の隠された第2娘ってのはなんだ?エルフォードの家とはそれなりに顔も合わせたことがあるし家に足を運んだこともあるがこのエルフォード・ローズってやつには会ったことがないが。」


「あぁその子はラッセルと妾の間に生まれた子なんだよね。ある時からラッセルが人前に出すのを嫌がって別宅に幽閉同然で住ませてるから。会ったことないのも無理ないと思うよ。」


「成程。ラッセルにはまだ何か裏があるか?」


「因みにそのエルフォード・ローズ幽閉される前はこう呼ばれてたらしいよ。」







        ―王国貴族で最も愚かな少女―ってね。

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