第2話 下調べ、そして演説
「ふむ、邪竜か…。」
一応補足するとこの世界、魔物というモンスターが存在する。こういった魔物を従えているのが魔王であり、これを勇者一行や各町、村にいる傭兵や冒険者が打ち倒すことで平和が保たれている。そんな感じ。
「えぇ、すでに領民の何名かが遭遇し、被害が出ています。早急な対応が必要だと思われます。お兄様。」
邪竜、というのがどれ程のものなのか正直よくわからないがまあきっと強い奴なんだろう。竜だし。どうしたものか。
いや、わかっている。もうミシェラの私に命じろというオーラがすごい。
おそらく魔法、剣技、それらすべてが天才的なこの妹ならおそらく討ち倒すことができるのだろう。
ただそれでいいのか?有力貴族の娘が毎度毎度こういった荒事に首を突っ込んで風評はどうなるんだ?
しかもミシェラの年は一つ下の13歳、さすがに若すぎるだろう。
俺の前世じゃ13歳の時なんて詐欺始めたてで失敗ばかりだったんだから。
…まあいい。俺のことは一旦おいておく。実際問題ミシェラに頼むしか道がないことは確か。俺の私設部隊(親からの譲り物)もいるにはいるが竜を倒せるのかというとちょっとわからない。というより妹が強すぎるのが問題だ。
「すまない、ミシェラ。頼めるかな。本来ならボク…私が出向いて何とかするのが当主の役目だというのは理解しているのだが…、魔法も碌に使えぬ未熟な兄を笑ってくれ。」
「いえ、お兄様。笑うような奴がいれば私が黙らせます。当然お兄様の領地を荒らす愚かな竜にも鉄槌を下してまいります。」
「どうか自分の身を優先してくれ。お前に何かあれば俺は…、」
「…わかりました。では出立の準備をしますので。」
「ああ。」
そういうとミシェラは俺の自室から出ていく。ある程度装備を整えたら邪竜討伐に向けて足を運ぶのだろう。
…いやどうなってるんだろうなマジでこの世界。普通貴族がこんな危険犯すか?しかもミシェラが何か武勇を上げる度、
さすがはランスソード家の娘、次期当主と共に領民たちを守るその姿に民も感謝を絶やすことは無いでしょう。
とか褒めたたえやがる。これじゃあもう引くに引けねえよ。そういう立ち位置に自分からどんどん行っちゃってるもん。
まあ仕方ない。自分から行きたいというのだし無理に止めても仕方ないのは分かっている。なんなら利用してやるぐらいの心構えがいるんだろうよ。自分より強い(命を奪えるという意味で)奴を傍に置くのすごく怖いんだがね。
さて、がたがた言ってねーで嘆願書読みますかね…どれどれ…。
・領主様に捧げる税をわずかばかりでもいいから緩和してほしい。
・最近冒険者志望の者が少なくこのままでは魔物の被害が増えるかもしれない。
・エトセトラ、エトセトラ…。
実際はもっと堅苦しく礼儀にのっとった書き方をしてあるが要約すればこんなもんだ。
税の緩和ね。勿論しますとも。俺の評価を上げないと革命が起きて死んじゃうわけだし、ある程度の評判を稼いでご機嫌取りしなくちゃあ意味がない。
それに飢えてる奴から税絞っても大して稼げやしねえしな。絞る金は持ってる奴から巻き上げるのが基本だろ。
それと冒険者がどうこうってのは冒険者ギルドからの嘆願…というか相談?だな。
当然これも大事なんだろうが…俺が何すればいいんだ?そういうのって
…まあいい。明日には民草に向けて前領主フロルドの死と俺が後を継ぐ宣言をしなくちゃいけねえわけだし。そこで冒険者ついてちょっと触れときゃ仕事した感出るだろ。
となると明日の原稿を少しいじっとかないとなあ、結構うまくまとめたんだけどなあ。まあいいか。そんでもって次は…。
あれやこれや、大々的な葬儀が執り行われ世代の変わり目、つまりは新進気鋭の新規当主様ならこれまで聞き届けられなかったであろう、もしかしたらの嘆願が多い。
全て叶えていては領地経営など成り立ちはしないので適当に優先順位を割り振って達成に向けての思考を巡らせる。はあー…今日は何時間寝られるんだよ…。
当主の座に着いてから当分の間はゆっくりできないことは理解していたが、実際こうやって働き詰めなのはキツイな。遊び惚けていたお父様は俺を見習ったらどうなのかね…。死んでるけど。
明日の市井に新たに当主となる俺の顔見せのような演説が控えて居ながらも様々な嘆願の解決案を書き留めた結果、ろくに眠れないまま民草の前に立つこととなった。
ガタガタとやや荒れた道を俺たちを乗せた馬車が走り続ける。今日は領内のいくつかの街で演説を行わなくてはならない。無論、街の特徴、取り仕切る管轄の者たちの性格なんかも叩き込んできた。
「お体の様子は大丈夫でございましょうか?クロード様。少々、顔色が悪いように感じられますが…。」
「気にするなノルド。民の苦しみを想えばこの程度の事で音を上げることはできん。」
「さすがでございますね。先代、フロルド様もかように…。いえ、差し出がましいことを申しました。」
「よい、父が暗愚であったことは百も承知、そして私がそうならないための今だ。」
「そろそろ、到着でございます。」
一歩外に出れば誰が聞いているともわからない、優秀な領主の振りをし続けるのも疲れるんだよな。
揺られ揺られ、座るのにも疲れてこようかという頃合いで丁度最初の演説を行う街、ラヴィニアの到着した。馬車から降りて街の有力者と会う。
まあ父フロルドがこの町の権力者として目の前の人物を据えたのだからお互い全く関りも知識もないというわけじゃない。俺自身は初対面だがな。
「この度はクロード様、はるばるお越しいただき感謝の言葉も絶えません。」
「お初にお目にかかる、此度父フロルドより当主の座を引き継いだクロード・ランスソードだ。リュドニク殿の話はかねてより父から聞かされている。」
「私ごときの名前を憶えていただけるとは…いやはやありがたいことで…。」
「まあそう固くせずともよい。それより案内を頼めるか?何分今日は時間がなくてね。」
「これは失礼しました。ではこちらに…。」
リヒター・リュドニク 風の都ラヴィニアの最高権力者。街の代表としての働き
ぶりは住む人々からの信頼を勝ち取っており、私の先代
フロルドからの容赦ない税の取り立てにもなんとか耐え
抜いていた。時には私財をなげうっていたこともあった
とか。誠実を絵にかいたような人物ではあるが娘に甘
く、父親としては評価が下がる、というのが街の声。
これが大まかな人物像、本来ならもう少し調べたかったが時間が足りない。まあ正直、彼より娘について調べさせ話題を振ればおのずと気分よくべらべらと喋ってくれるだろうとは思っていた。実際、演説までの街の視察はほとんどが彼の娘自慢で終わってしまった。
視察も終わり町の中心にて演説を執り行っていた。新たな領主の登場に街の人々も僅かな希望と多分の諦めの視線が俺を貫いている。
どうにも我がランスソード家は代々圧政を敷いてきたお家のようで、どうせ次の当主もまた同じなのだろうという絶望の顔が見て取れる。
第一印象から最悪な状況だが…、仕方ない、清算しなくちゃあいけないことは山積みなんだ。
「お集まりいただき感謝する。ラヴィニアの皆々には新たに当主に相成ったクロード・ランスソードが…」
つらつらと暗記してきた原稿を諳んじていく。この街の空気がどうだ、人々の雰囲気がどうだ。要点を抑えて褒めながら今後の方針についても示す。
「そしてこの私クロードが先代フロルドが犯した罪といっても過言ではない所業、つまりは税についての改革を…」
嘆願書にもあった通りこの先、行く街の先々で同じことを言う事になる。税の緩和、といってもいきなり大幅緩和なんてしようものなら経営が成り立たないのは当然なのでゆっくりと緩和するのだが。
それにコンスタントに少々税を減らしていく方が記憶に残る。一度に大きな恩を与えるより少しづつ少しづつ、欲しい時に与えるのが一番効く。
…まあ恩だなんて言ってるが先代のツケを支払ってるに過ぎない。これだけで私の評判が良くなるわけではなかろうがいきなり暗愚だなんだと言われることもないだろーよ。
「といった方針を考えている。まだ若き身ではあるが、我が領地の人々は皆家族のようなものだと思っている。少しでも我が家族が幸福に生きて居られるように…。」
滔々と親しみやすさを含ませたいかにも皆の事を考えています、見たいなことを述べていく。皆の私を見る暗い顔も若干ではあるが期待の色が灯っていく。
とはいえこういった口先だけのことは先代の当主たちもある程度はやっていただろう。実際に行動をおこしてなんとやらってね。
べらべらと適当に演説ブチあげながらそろそろ結びの言葉を…といったところで。
「騙されるな‼どうせこの男も変わらない‼今ここで俺がランスソード家の束縛から解放して見せる‼」
勇敢な男、そして愚かな男が手に携えた短剣と共に壇上の俺に突撃してきた。
おいおい、始まったな。全く。
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