第2話 彼女

「...え?」

言葉を失った。

この子が僕の彼女?冗談だろうか。いやそんな顔には見えない。

「冗談だろうと思うかもしれないけど、本当。」

そう言う彼女の顔は真剣で、疑うことが恥ずかしくなった。

「君みたいな人が彼女だなんて、記憶を失う前の僕はどれほどの

徳を積んだんだろうね。」

と冗談交じりに言ってみたところ、少し怪訝な顔をした。

何かまずいことを言っただろうか。それと今の冗談はよくなかっただろうか。

なんてことを考えていた矢先、彼女は不思議そうな顔で質問してきた。

「本当に...記憶がないの?」

「うん。本当に何も覚えてないんだ。」

そういうと彼女は納得したのか

「そっか。わかった!」

と笑顔で言い

「じゃあこれからもよろしくね!」

そうかこの子が彼女ということは、僕たちは付き合ってるってことか。

だとすれば引っかかることがある。


先ほど、あなたの彼女”だった”人と彼女は言った。

なぜそんな遠回りなことを言ったのだろうか。

「さっきなんで彼女”だった”って遠回しなことを言ったの?」

と聞いてみたところ、

「今の春翔君は記憶がないし、性格も記憶を失う前とまるで別人のようだから

だったら今の春翔君を見ないとって思って。」

この子は優しいんだな。


それにしても記憶を失う前の僕はどんな人間だったんだろうか。

「ねぇ 記憶を失う前の僕ってどんな...」

そう言いかけた僕の言葉を遮るように、看護師さんが夜ご飯を運んできた。

「もうこんな時間!私も家に帰らなきゃ。」

そう言って彼女は病室を後にした。

まあ、聞く機会なんてこれからもあるか。と思いながらも

自分はどんな人間だったんだろうかと考えているうちに消灯時間になったので今日は眠ることにした。

------------


夢を見た。

花が男に囲まれている。

それを見る男が一人。

僕はそれを俯瞰しているような状況。


花が泣きながら男に助けを求めているように見えた。

男は動かない。動こうとしない。

男の顔は見えない。どんな表情をしているかもわからない。


おい。花を助けろよ。


僕の声はむなしくも届いていない。


花は助けてと叫んでいる。それを見ることしかできない自分。


なんなんだこの夢は。趣味が悪すぎる。


花は諦めたのか もう 声を出していない。


早く覚めてくれ。こんな夢は見たくない。





早く。





------------

目が覚めた時、僕は大量の汗をかいていた。

「なんだったんだ...。」


約一週間が経過した。

治療は順調でリハビリもうまくいってる。

明日から退院してもいいと医者から許しが出た。

とは言え万全というわけではないので、激しい運動などは

避けるようにと念を押された。

週二回経過観察のため病院に通うことも条件として。


咲子さんが迎えに来てくれていた。

「退院おめでとう。迎えに来たよ。」

車に乗り込んで、そのまま咲子さんの家に向かっていた。

「記憶はどう?自分のこととか少しでも思い出せた?」

「全然思い出せなくて...」

咲子さんは心配そうな顔をしていた。

「そうだよねぇ...でも大丈夫だよ!ゆっくり思い出していけば!」

と咲子さんが言ってくれたけど自分のためにも早く思い出さないと。


家に着いて空いている部屋に案内された。

「何もなくてごめんね。今度春翔君の家から荷物とか運ぼうね。」

そうだ。僕の家にはもう母も父もいないのか。

荷物を取りに帰るときに少しでも思い出せるものを見つけよう。


「それはそうと春翔君」

咲子さんが話しかけてきた。

「学校どうしようか?」


学校?...あ。そうか。


僕は高校生だった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る