第3話

「なぁ源、本当に内村くんを劇団に入れるのか?いくら台本が当日だったからといって、あの演技力は正直言ってひどいぞ」

「まぁ零ちゃん、俺の方で何とかするからちょっと時間をくれ」


何が悪かったのかわからないけど悪かったことだけはわかるというのが1番最悪だ。そして、今回私はその状況にいる。

結論を言ってしまえば、演技らしい演技は何もできなかった。セリフは何とか覚えられたが、それを言っただけ。時間があれば何とかなったかもしれないという言い訳が頭の中を支配しかけるが、そういった問題ではないことは自分が1番わかっていた。また、当時のことを思い出す。


中学に上がってから急に演技というものがわからなくなった。自分でも理由はわからないのだが、それまで無意識に笑ったり泣いたりしていたものが全て出来なくなってしまったのだ。それ以降、中学1年の時に出たドラマが酷評されたのを最後に、キャスティングされることはどんどんと減っていき、中学2年になる前に引退をした。私の演技を見た時の戸惑いと落胆に満ちた周りの視線が今日の撮影で一気に思い出された。


また悪夢で起こされることに対する恐怖と、久しぶりに感じた無力感で寝られない夜を過ごし、体はぐったりと疲れているはずなのに思考だけはぐるぐると回り続ける朝を迎えた。朝焼けをカーテン越しに感じつつ、睡魔を感じ始めた時、LINEの通知音で少し眠気が覚めた。


『雅紀、今日の夕方事務所に来れるか?』

源さんからのLINEだ。おそらく劇団に入るという話はなくなるのだろう。辞める話ならば早く済ませた方がいいと思った私は、行きますとだけ返事をし、予定までの時間少し仮眠を取った。


事務所に着くと、源さんが出迎えてくれた。中には源さんしかいないらしい。リビングの椅子に座ると、源さんは吸いかけの煙草を雑に消し、私の前に座った。

「昨日の撮影、自分ではどう思った?」

「どうも何も、悪かったということしかわかりません」

そうか、とだけ源さんは言った後、少し悩みまた話し始めた。

「正直、演技に関しては酷かったよ。すまんな、俺はオブラートに包んで話してやることはできないからきつい表現しかできない。ただ、俺は雅紀の意思が聞きたい。諦めて辞めるのか、続けたいのか」

「クビじゃないんですか?」

「まぁ、零ちゃんからはお前の劇団入りを反対されてるよ。ただ、俺が誘ったってこともあるし、当時のことを乗り越えようとお前が一歩踏み出したこともわかる。だからだ、雅紀が続けたいと思うなら何とか説得してみる」

「何でそこまでしてくれるんですか?」

「俺もなぜ雅紀に執着しているのかはわからん、ただ昨日の酷い演技の中に俺は何かを感じたんだよ」

「そうですか」

「ただ、すまないが、劇団入りすると言ってもまた役を与えるわけにはいかない。当面はまず現場に来てもらったり、劇団の仕事をしていく中で演技を思い出してほしい」

「そうですよね」

おそらく、町田さん以外のメンバーにも反対され、唯一出た妥協案がそれだったのだろう。

「どうする?」

「少し考えさせてくれませんか」

「いいよ、雅紀自身のことだ。ゆっくり考えてくれ」

「ありがとうございます」

玄関を開け帰ろうとすると、源さんに声をかけられた。

「なぁ雅紀。もし少しでも心残りがあるならば、悪い大人に騙されたと思って飛び込んできてもいいからな」


源さんとの話を終え、帰路につく。電車に乗り、ヘッドホンをつける。こんな時に限って、シャッフル再生はあまり仕事をしてくれない。今のなんとも言えない気分を助けてくれなくても良い、忘れさせてくれなくても良い、少しだけ、本当に少しだけで良いから今を考えなくてよくなるような、そんな曲を求めて十数回スキップしてみたものの、指を動かすのが億劫な気持ちの方が先にきてしまったので、諦めを含んだ指先で停止ボタンを押した。

ヘッドホン越しの少しこもった音質で、電車の走行音、会話する人の声、車内アナウンスが聞こえてくる。ただ、何よりも大きく聞こえてきたのは自分自身の叫びきれない叫び声だった。


それでいいのか、本当にこのまま終わりでいいのか。せっかく何かが変わるかもしれないと思ったのに、せっかく過去に囚われていた自分の時間が動き出したかもしれないのに、このまま何もできずに終わりでいいのか。頭の中で言葉を巡らせる。

「騙されてもいいのかな」

源さんの言葉が頭の中で反響する。その音がどんどんと大きくなると同時に、脈拍は速くなっていく。もう繰り返したくないのだ、当時の生ぬるい呪いのような記憶に縛られ続ける日々を。

そう思った瞬間、私は次の駅で降りると反対方向の列車に飛び乗った。


ドアを開けた源さんは、驚いた表情でこちらを見ていた。

「源さん、やらせてくれませんか」

私の声を聞くと、源さんは少し笑いながら言った。

「元天才子役とは思えない姿してるぞお前、息も上がってるし汗だくだし」

「すいません、なんか走らなきゃって思ったんで」

「いいじゃん、そういうの大事だぜ」


源さんは改めて事務所の中に私を入れ座らせると、電話で少し話した後、私の前に座り淡々と話し始めた。

「雅紀にやってもらいたいことは大きく分けて3つある。1つ目は編集の勉強だ。今は杉本がメインで編集をしつつ俺以外の3人で編集をやっているが、まだ足りないからな。それから、2つ目は撮影の手伝い。まぁこっちは雑用だな」

「わかりました、それで3つ目は?」

「3つ目は少し言いづらいんだがな。まぁ知っての通り、うちのYouTubeチャンネルはどんどん再生数が落ちている。簡単に言っちまうと、YouTubeの収益だけじゃ劇団員の給料が払えないってことなんだな。」

「はい」

「なので雅紀くんにはバイトをしてもらいます!」

「え?」


こうして、私の編集見習い件アルバイターとしての劇団員生活が始まった。

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