第2話
劇団スピットは30代後半のおじさん4人組YouTuberで、オリジナルのドラマをYouTube黎明期から投稿しているグループだ。長い活動期間もあり登録者は40万人を超えている。しかし、YouTuberと呼ばれる人たちが乱立し、若くて見栄えのいい人気者が増えてきた時代において、おじさん劇団の居場所はどんどんとなくなっている。再生数は軒並み落ちており、直近のアベレージは1万を切っているようだった。
ただ私が最初に見た「ネオンサインより」という作品を筆頭に、劇団スピットの作品は純粋に面白いと私は感じた。そして、悪足掻きにも見える執念と、自らの創作には価値があると歩み続けてきた信念がそこにはあった。
「ネオンサインより」を見た次の日、講義があるとわかっていながら、私の足は朧げな記憶を辿り、あの事務所へと向かっていた。
「おい、インターホンなってるぞぉ」
「源、お前が1番近いだろうが」
「俺は今脚本で手一杯なのよ」
「何言ってんだ、漫画読んでるくせによ」
「これも脚本書くための糧になるのよ」
インターホンを押して数秒、出てきたのはあの髭面監督ではなかった。シワの伸びたシャツ、細いフレームのメガネ、セットされた髪。そこにいたのは、誰もが思い描くちゃんとした大人だった。
「梶澤さん、いますか」
「梶澤さん?あぁ、源のことか」
「げーん、お前に来客だ」
「ん?今忙しいって言っといてくれ」
「すまんな兄ちゃん、源忙しいって」
「篠宮楓が来たと、伝えてもらえますか?」
「あのさ、そもそもアポ無しでこられても困るわけ、兄ちゃんが何者かもわからないしね、そもそも何でここ知ってるのよ?」
私の前にいる大人の機嫌がみるみる悪くなっていく、居た堪れなくなって帰りたい気持ちでいっぱいになる。すると、奥からバタバタと走ってくる音が聞こえた。
「おい!内村くんじゃねーか!!早く言えよ零ちゃん」
「はぁ?お前が出ればよかったじゃねーかよ」
零ちゃんと呼ばれたちゃんとした大人は、梶澤さんを睨む。
「すまんね内村くん」
その人は梶澤さんの胸を少し強めに小突き、奥へと戻っていく。戻り際、梶澤さんにまた声をかける。
「ほんで、その子は何者なのよ」
そうだなぁと梶澤は少し躊躇った後、私の方に目を向け、口元を緩ませながらこう言った。
「とびっきりの不発弾だよ」
事務所は他の人も仕事をしているからと、近くのカフェへと向かった。
「それで内村くん、うちの劇団入ってくれるの?」
改めて聞かれると少し迷ってしまう私がいた。
しかし私は、あの動画を見終わった時に動き始めた私の時間を、もしかしたらあの悪夢から解放されるかもしれないという期待を止めることはできなかった。
「はい、ただもう15年以上演技もしてないですし、当時のことも微かにしか覚えてないので、どこまでやれるかはわからないですけど」
「わかった。まぁでもあの篠宮楓だからねぇ」
「あ、あと名前は内村雅紀でやらせてもらえませんか?」
「そうなの?こっちとしては、あの篠宮楓くんが大人になって再デビューみたいな感じで華々しく出したかったんだけど」
梶澤さんがこちらを伺う。
「わかった、まぁいいでしょ。色々と思うところもあるだろうし」
「よろしくお願いします」
「んじゃ、俺は帰って脚本書かなきゃだから、また連絡するわ」
そう言って、梶澤さんは連絡先を交換すると足早に事務所へ戻っていった。
2週間後、梶澤さんから一件のLINEが来た。
『来週の土曜9時から撮影あるんだけど来れる?』
『行きます』
『よろしく』
どうやら脚本は間に合ったみたいだ。
緊張と心配と何かが変われるかもしれないという期待感を鼓動で感じながら、LINEを返した。
撮影の当日、都内のあるマンションへと向かった。
インターホンを鳴らすと、あのちゃんとした大人の方が出た。
「おぉ、内村くん。今回はちゃんと聞いてるよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「改めて町田零司です」
「内村雅紀です」
町田さんとの軽い挨拶を終え、マンションの中に入る。リビングのドアを開けると、ピシッと張り詰めた空気を感じる。町田さんの他、梶澤さん含め同年代くらいの大人が2人がテキパキと機材の準備をしている。奥を見ると鏡を見ながらメイクをしている女性がいた。恐らく年は20代後半といったところだろうか。
「皆んなすまん、ちょっといいか。今日、撮影に参加する内村雅紀くんだ」
町田さんが私を紹介した後、別の劇団員が軽く挨拶をしてくれた。
全員演者兼何かしらの役割を持っている。
監督・脚本の梶澤源さん、プロデューサーの町田零司さん、編集の杉本亮馬さん、撮影の坂本孝介さんの4人だ。
奥にいた女性は、ゲスト出演の方で劇団こもれびに所属している佐々部琹さんと言うらしい。
挨拶が終わった後、前に2度会った時とは違った雰囲気の梶澤さんが、少し雰囲気を柔らかくして私の方へ向かってきた。
「雅紀、早速だけど準備してくれ」
「準備ですか?機材のですか?」
「あれ?台本渡してなかったっけ?」
「すいません、もらってないです」
「やっべ、まじか」
「俺、出るんですか?」
「あー、うん。」
梶澤さんは、少し考えるそぶりを見せた後、勝手に覚悟を決めた顔をしてこちらを見た。
「撮影の順番変えるからさ、今台本読んでくれ」
「え、流石に無理ですよ」
「太陽光を考えると雅紀のシーンは昼頃だ。2時間半ある。すまんが、今日撮らないと、スケジュール的に間に合わない。雅紀が入ってくれたってことで急遽台本を変更したから、シーンとしてはワンシーンだけだ」
梶澤さんはまっすぐ私を見た。
「わかりました、やるだけやってみます」
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