第10話‐冒険者ギルド

 「……ち、因みに……その宗教上の理由って何なんだ、受付嬢のお姉さん?」

 「分かりました。では説明します」


 いきなり出端でばなくじかれ唖然とするオレ達。

 しかし、泣き言も言っていられず、とりあえず会話を続ける為にオレは、何とか受付嬢にそう聞く。すると彼女は、再び事務的な口調と態度で話し始めた。


 「——商人ギルド、手工業ギルドに関わらず、世界中の『同業者組合ギルド』というものは全て守護神というものを掲げていますが、これは神々との契約・・によりたまわることのできる『恩恵』を得る為なのです」

 「……恩恵・・? もしかして恩恵って、『神の恩恵』か?」

 「……? はい。まぁ、そうですね。……ご存じないのですか?」

 「いや、知ってはいるんだが……千年前は、こんな一般に普及してなかったからなぁ~……ちょっと驚きで……」

 「……千年前???」


 ——『恩恵』。それは神よりたまわる事の出来る神具・・の名称である。


 受付嬢の口から出た『神』という言葉通り、この世界には神が実在・・する。

 神々は神話や御伽噺に出て来る架空の存在ではなく、オレたち精霊と同様、大いなる精霊グラン・ルヴナンの分霊として、この世に根を下ろしている存在だ。

 故に、彼らはオレ達と同じく人間と『契約』をする。

 ただし、契約の形態は精霊のように『契約者の魂への同化』ではなく、『眷属』と呼ばれる形態を取る。神の眷属となった契約者は、契約した神の能力を共有できたり、『恩恵』という不思議な道具を授かったりする事が出来るのだ。


 千年前も、『御告げ』という契約事項を遵守する限りは、契約者は恩恵を得る事が出来ていたが、一部の神官や巫女なんかしか使えない代物だった。どうやら今はこんな一般社会にすら、当たり前のように神々の恩恵が浸透しているらしい。

 ……正直、不思議な感覚である。これが『未来』という事なのだろう。


 「……全てのギルドは、活動目的に合致した神から賜った恩恵を、経営や活動に役立てる為に我々冒険者ギルドも勿論、他種のギルドと同様に、正義と民衆の女神ユースティアとの契約により、この『善悪の天秤』と呼ばれる恩恵を得ています」


 オレが内心で感慨に耽っていると、受付嬢はカウンターテーブルに置いてある小さな銀の天秤を手元に寄せた。

 左にぶら下がった皿の内底には目隠しをした女神、右にぶら下がった皿の内底には捩れた双角の山羊の刻印が、それぞれ描かれている天秤である。

 彼女が天秤に触れると、ティン! と、鈴のような音と共に天秤が左に傾いた。


 「この『善悪の天秤』は、このように天秤に触れた人間の心を読み取り、善ならば左に、悪ならば右に傾きます。全ての冒険者登録、また冒険者ギルドで働く者には、この『善悪の天秤』に触れて貰っていますが、登録の条件には、この天秤が『左に傾く事』というのが規定条件に含まれているのです」

 「なるほど……じゃあ、この子がその天秤に触れて左に傾いたら、登録の条件は満たせるって事か? なら、安心だぜ! この子の心は今日の青空よりも澄みきっているからな!」


 オレは説明を聞き、ぷにぷにの前足を上げて力説する。

 ウィータが腰に手を当て『えっへん!』と言わんばかりに鼻を鳴らした。

 目深に被られたフードで表情は見えないが、きっと見事なドヤりっぷりをしている事だろう。その証拠とばかりに、ピンと立った獣人の大きな耳が、ぴょこぴょこと主張を続けている。


 「では、やってみますか?」


 受付嬢は手の平を下からかざし、ウィータへ天秤に触れるよう促した。

 その提案に顔を見合わせたオレ達。コクリ、と。無言で頷き合う。


 「「「……」」」


 三者の沈黙。

 意を決したようにウィータの手が天秤に触れると。


 「「……」」

 「あれ、動きませんね?」

 「……い、いや、まだだ! すぐ動くから待ってくれ!」


 動かない。ギギギ、と。少し悩んだように天秤が左に傾きそうで傾かない。

 受付嬢もこの結果は予想外だったのか、少し焦ったように一筋の汗を流している。

 当のウィータも何故か面白い顔で固まっているが、数秒ほど待つとティン……、と。まるで『仕方ねぇなぁ……』とでも言いた気に、鈍重な動きで天秤が左に傾く。


 「……少し怪しかったですが、どうやらウィータ様は善人と判断されたようですね」

 「や、やったよシーちゃん! わたしいい人!」

 「フッフッフ、これで文句はないだろ? 登録条件達成だ!」

 「ダメです」

 「「なんでぇ!?」」


 まさかの反応に、思わずオレ達はカウンターテーブルへと身を乗り出した。


 「年齢制限ですね。十五歳以下の未成年者が冒険者になる事を、全ての冒険者ギルドは女神ユースティアからの『御告げ・・・』により制限されています。この御告げを遵守しなければ当ギルドは恩恵を得る事ができなくなりますので、どの道ウィータ様は冒険者登録が出来ません」

 「……じゃあ何で触らせたんだよ。嫌がらせか……?」


 わざわざ触らせた意味が分からん……何なんだ、この受付嬢は。

 オレは落胆したようにボヤくが、受付嬢はこれを無視。聞こえなかったフリをした彼女は「せめて——」と口を開き、淡々と言葉を続けた。


 「——あと三年は冒険者登録を我慢してから当ギルドをもう一度訪れて下さい。背格好を見たところ、ウィータ様は十二かそこらですよね?」

 「っ! ……だ、だいじょぶ! わたし、もともと背が小さい工匠種ドワーフのなかまだから! 実はけっこう大人だよ!」

 「そうなんですか。全ての工匠種ドワーフは、数百年前に魔大陸レムリアに移住したはずなのですが、おかしいですね……因みにお幾つなんですか?」

 「え!? あっ、えと、えぇと……多分、今年でぇ~……じゅうにさい——じゃ、じゃなくて! せ、せんじゅうにさい!?」

 「(……ウィータ、落ち着け。テンパり過ぎだし、いくら何でも嘘が下手過ぎだ。ケモミミでフード盛り上がってるから、そもそも獣人ってバレてる)」

 「え……あっ、ホントだ」

 「「……」」


 見え見えの矛盾点を突かれて焦ったのだろう。

 目をグルグルと回し、あまりにも苦し過ぎる嘘を吐いたウィータは、オレの指摘で我に返ると、フードの上から自身のケモミミを触って、間抜けな一言を口にしてしまう。


 ——“この子はアホの子かもしれない”、と。

 内心でそう思ってしまったオレは、少し呆れた様子の受付嬢に、まるで可哀そうなものでも見るような視線をウィータへと向けた。


 「……あー、ところで受付嬢のお姉さん? 一つ聞きたいんだが——」


 気の抜けた空気感を一新するように、うぉっほん、と。

 わざとらしい咳払いを一つしたオレは、少し怪訝な表情で問い掛ける。


 「——その年齢制限って、神の『御告げ』によるものなんだろ? もし女神ユースティアが許可しているなら、その『御告げ』の内容を教えてくれないか? もしかしたら、御告げの内容に抜け道・・・があるかもしれん」

 「? 抜け道……ですか?」


 オレの質問に受付嬢が眉尻を寄せる。


 「——『実力の伴わぬ者、悪しき心を持つ全ての者が、我がつるぎとして正義と民衆の信仰者となる事の一切を禁ずる』……それが、女神ユースティアの『御告げ』だ」


 と、その時だった。

 オレ達の会話に割って入って来る声が一つ。


 カウンターテーブルのすぐ脇にある奥の通路へと視線を向けると、そこから二人の人物——原獣種ベオルヘジンの大男と、くたびれた様相の優男が歩いて来た。


 「あー、ごめんねフィーネちゃん? あとは自分とマスターで対応しとくから」

 「……はぁ~。ようやくですか……あとはお願いします」


 優男が愛想笑いを浮かべた。

 受付嬢——フィーネと呼ばれた彼女は、ようやく解放されたとばかりに安堵の溜息を一つ吐くと、カウンターテーブルの手前から一歩下がる。入れ替わりにウィータ達の前に立った彼らは、威圧的な雰囲気を醸し出しながらオレ達を見下ろした。


 「——さて……ウィータ、だったか? 俺はこの冒険者ギルドでギルドマスターを務めているジャン・フローベル。こっちはサブマスターのカルロ・ベルンだ」

 「よろしく、お嬢ちゃん……と、そっちの狼さんは精霊であってますかい?」

 「……。……あぁ。精霊のシーだ。こっちはウィータ」

 「……よ、よろしく!」


 一目で分かったのは彼らがただ者では無いという事。

 纏いつくような空気感が、他の冒険者達とは一線を画している。それを敏感に感じ取ったオレ達は、警戒心を露わに身構えた。


 「話は聞いていたが……冒険者登録をしたいそうだな?」

 「う、うん……そう、だけど……」

 「ウチの受付嬢が言っていた通り、冒険者登録には本来、年齢制限がある。これは女神ユースティアの『御告げ』にある『実力の伴わぬ者が、我が剣として正義と民衆の信仰者となる事を禁ずる』というむねに違反しない為に設けられたものだ」

 「……な、なるほど?」

 「だが、貴様の契約精霊が言っていた通り——実のところ、女神ユースティアの御告げには抜け道というもの・・・・・・・・が存在する・・・・・

 「??」


 その言葉を聞き、オレは「……やっぱりか」と呟いた。


 ——神の御告げは、人が恩恵を貰う上では必須のものである。しかし、その内容は非常に曖昧な内容ばかりで、千年前も良く額面通りに受け取られない事が多々あったのだ。

 どうやら現代でも良くある事のようで、オレは内心でガッツポーズをする。

 もしかしたら、何とかなるかもしれない……と。


 しかし、オレとは裏腹に納得いっていない様子のウィータ。

 頭上にはてなマークを浮かべている彼女に、「……あー、つまりね?」と。ジャンの言葉を補足するように、カルロが口を開いた。


 「女神ユースティアの御告げには、そもそも年齢制限に関して言及する部分が無いから、別にお嬢ちゃん・・・・・・・みたいな子供が・・・・・・・冒険者になっても・・・・・・・・問題はない・・・・・ってことでさ?」

 「「っ!!」」


 その言葉を聞いた瞬間、オレ達は警戒を解いて弾かれるように反応した。


 「そ、それって……」「つまり?」

 「グレーゾーンではあるが、まぁ冒険者登録の為の試験くらいは行ってもいい」

 「「よぉぉっし!!」」


 ジャンの一言にオレ達はガッツポーズをする。そのままハイタッチをしようと、オレは前足を上げ、ウィータは右手を振り上げた——


 「——だが・・しかぁ~し・・・・・!!」

 「「え?」」

 「年端も行かぬ子供を死地に送り込むなど、やはり女神ユースティアから授かった御告げに違反する可能性があ~る! このまま貴様らを冒険者登録させるわけにはいか~ん!!」

 「「えぇぇぇ~~~!?」」


 わざとらしい口調で声を上げたジャン。

 「故に!」と無駄にデカい大声で言葉を続けた彼は、ニヤリと獰猛に牙を剥き出しにしながら、明らかに何かを企んでいる者特有の白々らしい笑みを浮かべた。


 「——貴様らにはこれより特別試験を受けて貰う!!」

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