第2話‐千年という時の流れ②
その後もシー達は、まるで千年という長い時間を埋めるように会話を楽しんだ。
日が暮れるまでその時間が続き、寿命というものが無い精霊という存在であるにも関わらず、その時間は一瞬のようにも感じられた。
やれ人間は戦争をしてばかりだっただの、ダンジョンというものが誕生しただの、デネ帝国は健在だの、スヴェリエ王国のウィーラーフ王がー、ドワーフ達の国で蒸気を利用した超文明がー、と——。
ほっこりするような事件から、殺伐したゴシップまで。
眉唾のような俄かには信じがたい内容まで話すテメラリアのお喋りは、ただただ煩わしく感じた千年前とは違い、少しだけ懐かしかった。
『まァ、他にも変わった部分を挙げればキリがねェが……テメラリア様の未来ガイドは大方こんな感じだぜ。満足だったか?』
『ハハッ、当ったり前だろ! 満足も満足……大満足だ——
『……
数時間後。一息つくように柵の上に留まったテメラリアの隣にシーも並ぶ。
昼間に四大英雄のサーガを語っていた場所——第三大橋の柵の上で夕日を見上げながら、今日一日の観光を経て、少しだけ空虚な感覚の中にいた。
まるで心の中にポッカリと穴が開いたような、そんな感覚——。
『あー、いや……本当に千年経ってるんだなぁ~って思ってさ? せっかく案内してくれたのに悪いんだけどさ……ちょっとだけ寂しくなっちまった』
もうこの世界には自分の知る物も人も、ほぼ残っていないのだと、ショックを受けてしまったのである。
今日一日ラッセルを見て回って、それが分かってしまった。
ここにはシー達を讃える声も、詩人も、何も残っていないのだ。
千年前に、英雄に与えられるモノとして当たり前に与えられていたモノが、この時代には無いのである。あらゆるモノが変化した未来では、当然、人々の価値観も変化してしまっているのだ。
『……賞賛される為に戦ったわけじゃない。見返りを求めて武器を取ったわけじゃない。——
『……。……そうか』
『……あ、いや、悪いな? 今する話じゃなかった……。忘れてくれ!』
自分の中にある葛藤を仕舞い込んだシーは、少し落ち込んだように視線を落としたテメラリアを気遣い、慌ててそう言った。
仕方がない事である。
時間は万人に優しく降り注ぐ雨のようなモノだが、同時に残酷に万人を溺死させる嵐のようなモノだ。思っていた未来とは違っていたからと言って、それをとやかく言うのは絶対に違う。
受け入れるべき事だ。これこそが——
『……。……千年の間、目まぐるしく変わって行く日々の中で、テメェが目覚めた時に掛けるべき言葉は何かを、ずっと考えていた』
すると、その時だった。
一呼吸分の間を置いたテメラリアは、少し黄昏たようにシーと共に夕日を見上げ、滔々と語り出した。いまいち言葉の意図が掴めず、怪訝な空気で固まったシーを余所に、テメラリアは唐突に空へと羽搏く。
遥か上空に飛んで行った彼の背中を、シーは追いかけた。
『……おいおい、いきなりどうした?』
少し態度を変えた親友を前にして、少しおどけたように問い掛ける。しかし、シーの茶化しに乗らずテメラリアはそのまま言葉を続けた。
『テメェと、そして大英雄たちのおかげで変わったモノは沢山ある。今日見たモノはその一部だ。……だけどな、
そう言って、眼下にある遥か地上を見下ろしたテメラリア。
ラッセルの街並みを見ているように見えるが……
『——っ』
美しい街並みを彩るようにシーの眼にも人々の
思わず息を呑むような光景である。少し藍の色が交じり始めた夕日に照らされるその光の数々は、シーの視線を釘付けにした。
青くボンヤリとした光。少し青みが濃かったり、薄かったり、大きかったり、小さかったり……。多種多様な青に彩られたラッセルの街並みがそこにはあった。
——そう。何を隠そうあれこそが
それは、この世の生命全てに宿る高密度の
俗に魂や霊的な肉体と呼ばれるモノであり、シー達のような精霊や悪魔、神などとは違い、
『……驚いた。これ全部、人間たちの
シーたち精霊は完全なる霊的波動体であるが故に、同じく完全なる霊的波動体である生命の
この眼に映るあの青い一つ一つが
『千年前、テメェら大英雄が全てを賭して救ったモノが、この未来には確かに存在する。あの青い魂一つ一つを、お前たち
——その事を、覚えていて欲しい……と。
その光景に見惚れていると、テメラリアがそう言葉を続ける。それに釣られてシーは、視線を眼下の光景から彼へと変えた。
『それでも、もし……テメェが、いや——テメェ
『……』
『俺様たち精霊は世界の構築する基盤そのものだ。だから、寿命なんて無い。語り継ぐべき
『……。……テメラリア、オマエ……もしかして今日はそれを言う為に……?』
シーがそう問うと、ケケッ、それはどうかな? とでも言いた気に、少しおどけて見せるテメラリア。そのまま『まだ言ってなかったな——』と口を開いた彼は、最後にこう言葉を続けた。
『——大精霊シー、並びに大英雄、そしてエピタピオスに散った万夫不当の英雄達よ……母なる我等が祖である
『……』
畏まった様子で言葉を続けるテメラリアの表情は、まるで子供を見守る親のような慈愛に満ちていた。真っ直ぐとシーの瞳を見た彼は、心から吐露するように……ゆっくりと『その言葉』を告げる。
『ありがとう……誇れ、
ふと、風が吹いた。先程までの肌寒い風とは少し違う風だった。
その風に流されるように『そっか……』と再びラッセルの街並みに視線を移した。
『——
時の流れは残酷だ。しかし、それに束縛されない物もあるし、者もいる。
変わり行く未来のために戦ったシー達にとって、その事実だけがあれば十分だ。
その事実さえあれば……シー達はちゃんと、胸を張ってこう言える。
『何の為に頑張ったんだ?』ではなく、『この為に頑張ったのだ!』——と。
『……ハハッ。何か恥ずかしいな、こういうの……。でも……
「ケケッ、そういうこった」
風に当たって頭が冷えたのか、途端に冷静になったシーは、少し右往左往しながら視線を泳がせる。こうやって本音で語り合うのが大事なのが分かっているが、やはりどうしてもむず痒いものが拭えない……。
しかし、ぽっかりと開いた心の穴を埋めてくれたテメラリアの言葉に、シーは満足感を抱く。心地よいその感覚に身を委ねながら、シーは口を開いた。
『何つーか、こう……ありがとな、テメラリア! おかげでモヤモヤが晴れたぜ!』
『……ケケッ、気にすんな。それも含めての案内役だ』
『それで? これからどうするんだ? オマエに案内役をお願いしてきたどこぞの誰かってヤツは、まだオマエに何かをお願いしてたのか?』
『……まァな。実はまだ、シー……テメェに見せなきゃならねェものがある』
『見せなきゃならないもの……?』
——あァ、ついて来い……と。短く返事をしたテメラリアは、ラッセルの中央付近に向けて飛び始めた。何故か少しだけ元気が無いように見えた彼の姿に違和感を覚えつつ、シーもフワフワと宙を浮きながらついて行く。
『見せなきゃならないものって何だよ? これ以上、何を見るんだ?』
『……』
『……? おい、テメラリア?』
『……。……シー。俺様は昼間に言ったよな?
『……? あ、あぁ……言ってた、な……確かに?』
躊躇うような口ぶりだった。何故か唐突に暗い空気感を纏い始めたテメラリアの問い掛けに何か嫌なモノを感じ、シーは戸惑った。
『おい、急にどうしたんだよ? 今の言葉どういう意味だ……?』
『……そのままの意味だよ。今まで見せて来たのは千年の間に人類が獲得した
……そして——と。
言葉を一度区切り、テメラリアは
『——今からテメェに見せるのは
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