第7話‐変身の大精霊・後編
※前書き
一話にまとめると少し長いので、前編と後編に分けます。
最後にちょっとだけシーからテメラリアに視点が切り替わります。
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「振り落とされるなよ!」
「だいじょぶ!」
凄まじい速度で通路を駆け抜けて行く。
右へ、左へ。上へ、下へ。狭い通路を器用に飛び回りながら、オレと
すぐに
『ゥルルルルゥ……!』
「……っ!」
低く唸り声を上げる
まるで『空中は俺の領域だ!』と言わんばかりに鋭い眼光を飛ばして来るヤツは、器用に身を翻し、空中で仰向けのような体勢を取る。
口腔に火花を迸らせ、ウィータへ向けて
「シーちゃん、足場お願い……!」
「任しとけっ!」
ウィータがそう叫ぶと同時、オレはウィータから送られて来たイメージ通り、彼女の足元と空中のあちこちにレンガブロックを幾つか出現させた。
——しかし、流石は空の王者と言ったところか。
『ルォォ!』と、嘲笑うように声を上げた
「ぐぅっ……、くっそ……!?」
「ウィータ……っ!」
「だいじょぶ!」
咄嗟に
そのまま壁を蹴って、「でやぁぁ!」と。
構えた
「くっそっ、また……!」と、苛立たし気に歯噛みしたウィータは、流石に二度目の着壁をする余裕はなかったのか、体勢を崩し気味に何とか地面に着地した。
牙を剥き出しにしながらこちらを一睨みした
「大丈夫かっ、ウィータ……!」
「うん、なんとか……っ。でも、もうちょっとだよ……!」
「おうっ、分かってる! 急ぐぞ!」
「うん!」
通路に降りウィータの身を案じるが、その心配は要らなかったらしい。背中に飛び乗った彼女を確認し、オレは再び飛び立つ。
意気揚々と曲がり角を曲がり、少し進んだオレ達の目に出口が映り——そして。
『ゥルルルル……』
「「うげぇぇっ!?」」
出口の前で待ち構えていたように四つん這いになった
完璧に
おそらくは追いかけっこの最中で、攻撃の隙を伺っていたのだろう。
場所は十数メートル先に出口が見え始めた一本道の通路。
当然、回避は——
「シーちゃん、もどってもどってぇ~~……!!」
「分かってるぅぅ~~……っ!!」
バサバサっ! と、勢いよく両翼を羽搏かせてブレーキを掛けたオレは、身を翻して、さっき曲がって来た角へと戻った——。
次の瞬間だった。
今までで最大の
「「ヤバいヤバいヤバいヤバいっ、ヤバい~~……!!」」
通路の壁、天井、地面、その道中にある全てを焼き焦がしながら迫る
一撃必殺の炎の奔流がオレ達の命まで燃やし尽くさんと迫る。
だが……何とかギリギリで、曲がり角まで間に合いそうだった。
あと少し、あと少し……! と。ブツブツとオレ達は内心で呟きながら、炎の奔流から逃げる、逃げる、逃げるっ! 全力で逃げ——
「助けてくれぇ……!!」
「「っっ!!」」
——ようとした、正にその瞬間だった。
目と鼻の先まで曲がり角に迫ったオレ達の耳朶を妙に癇に障る声が響いた。
一瞬だけチラリと視線を遣ると、円形闘技場で司会役を務めていた男の姿が映った。おそらくは逃げ遅れたのだろう。心底、怯えた表情で助けを求めるようにオレ達を見ている。
(……ちっ、誰が助けてやるかよ。報いってヤツだ……っ!)
内心でそう毒づいたオレは、すぐに視界の男から視線を外した。
「シーちゃん……っ! でっかいカベに変身して……っ!!」
「な……っ!?」
だが、しかし。
通路を曲がる瞬間、
「——っ!!」
視界の男を守るように炎の奔流の前に立ち塞がった彼女は、何かを訴えるような瞳でオレを見ていた。
強い瞳。有無を言わせない、揺るがない意志の籠った瞳孔。
——オレの良く知る天狼族の……
(迷ってる暇はねぇな……!!)
「ったく……!」と。呆れを通り越して楽しくなってきたオレは、既に眼前まで迫った前に大きなレンガの壁を出現させる。ウィータ達の前に近寄り、豪快に笑みを浮かべながら叫んだ。
「ハハっ、このお人好しめ!! 言ったからには耐えろよ、相棒……!」
「あいさぁぁぁぁぁぁぁ——っっ!!」
どこかで聞いた事があるような独特なウィータの返事がオレの耳朶を打った、次の瞬間——特大の炎の奔流がオレ達に襲い掛かった。
レンガ越しに轟々と鳴り響く炎の音。
あまりの高熱にドロドロに融ける感触が伝わって来た。
オレはレンガの壁に頭をくっ付け
「シーちゃんっ、これあっついよぉ……!!」
「我慢しろ! こういうのは根性だ……!!」
「……せーしんろん……っ!」
炎の奔流が続く事、数秒——。
永遠にも感じられる我慢比べを征したのは……オレ達だった。
『グゥルゥゥゥゥゥゥァァアア……!!』、と。自身の最大の攻撃を防がれた事が、心底から腹立たしいのか……涎と共に咆哮を上げた
「……」
「……あ、え……と……」
まさか、助けてくれるとは思わなかったのだろう。
何が起きたか分からないような様子で固まる司会の男は、責めるようにジト目を作って睨んで来るウィータの真意が掴めず、アタフタと視線を泳がせた。
少し呆れたように短く溜息を吐いたウィータは、そのままオレの背中に飛び乗る。
「……わるい事したらダメだよ、おじさん!」
ウィータがそう言い残すと同時、オレは出口へ向けて飛び立った。
すぐに遠ざかって行く司会の男の姿。呆けたように固まる彼の情けない姿を視線だけで見ていると、背中に乗ったウィータが少し声のトーンを落として聞いて来る。
「……たすけない方よかったかな?」
その表情は見えない。だが、その問いに対してオレの答えはシンプルだった。
「いいんじゃねぇの? 英雄譚の王道っぽくてさ。それに——」
かつて、オレは何度も見て来た……『英雄』というものを。
彼らは強かった。力だけではなく、その心の器も。
そう。正に、今のウィータのように。
「——やっぱり、こうでなくっちゃな! 英雄って奴らは!!」
心が躍る。多分、今のオレは打ち震えるような笑みを浮かべている事だろう。
大きな才覚、偉大なる素質。新たなる英雄譚の一幕の生き証人として……オレは、その最初の一ページに立ち会っているような気がしたからだ。
『オォォォォォオオオオ——ッッ!!』
既に完全に夜の帳を降ろした空の上。
出口を抜け、メディストス大峡谷の崖壁を沿うように飛んで行くと、忌々しそうにこちらを睨みながら旋回する
その姿はとても痛々しく、かなり傷ついているようだった。逃げてしまえばいいのに、奴はそうしない。寧ろ、オレ達を逃がすまいと傲慢な目つきで睨んできている。
だが、それもそうだろう。
ここまでやられて逃げ出すなんて、魔獣の本能が許すわけが無い。魔獣というのはそういうものだ。戦いに酔い、悪戯に命を弄ぶ『
逃げ出す位ならば死を選ぶ——。
幼竜といえど、その戦いの本能が陰る事は無いだろう。
「決めるぞっ、相棒——」「——りょーかい!!」
まるで睨み合いの均衡を破るように、オレ達はほぼ同時に動き出した。
「うおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉお——っ!!」
『ルオォォォォオオオオォォォォオ——ッ!!』
直後、咆哮を轟かせたオレと
衝突の衝撃によりウィータが空中に投げ出される。
ちょうど
「シーちゃん! 足場!」
指示に合わせ、オレはウィータの足元に赤茶けたレンガブロックとなって現れる。
ウィータはそれを足場として思いっ切り踏みつけると、まるで
『ルォォ……っ! オォォ!』
背中に突き立てられた
苛立った様子の
「おいおいっ、寂しいじゃねぇか! よそ見すんなよ!」
——その一瞬の隙を待っていた。
オレは
『ルォォォォォォオオオオォオォォ~~~ン……ッッ!!』
その目論見が上手く行ったのか、これまでとは明らかに一線を画す程の悲鳴が夜空へと響き渡る——が、まだ終わりではない。
まだ、その瞳の奥に宿る闘争心は消えてはいない。
既に満身創痍。
片眼は潰れ、片脚は抉られ、その身体のあちこちから血が流れている。
それでも、空の王者たる竜種の血が
地へ落ちる位ならば死んだほうがマシだと言わんばかりに、その両翼で力強く羽搏きながら、
『ゥルルルルル……ッ!!』
「ハハっ、大した奴だぜ。まだ倒れねぇか! ……オマエの健闘ぶりに敬意を表する。これはその証拠だ。存分に受け取ってくれ」
オレは
同時に。遥か上空を指差した。
それに釣られて空を見上げた
だが、その瞳の奥を釘づけにしているのは、きっとレンガブロックではない。
——その瞳が映すのは、レンガを足場に空高く跳び昇っていたウィータである。
「ウィータ! レクチャーその三だ! よぉ~く覚えとけ?」
ふと、オレは不敵に笑みを浮かべながら、空へ向けて叫んだ。
「オレはあらゆる存在に変身する事が出来る——
その笑みの意味を理解したわけでは無いのだろう。
「【死と沈黙を
そして。ウィータの凛とした声が——
彼女が掲げた
「——【いざ、不義を裁け火の池の王よ、さんざめく谷底にて罪ある者の
詠唱が完成し
重力に従って
『ルォォォォォ……っ!?』
マズい、と。一目で理解したのだろう。
突如として焦ったように
きっと、
徐々に近づいて来る死の感覚。その気持ちは良く分かる。かつてオレも邪神との戦いで何度となく味わった最悪の感覚だからだ。だが、だからこそ分かるはずだ。
——もう、勝負は決しているという事を。
『オォォォォォォォオオオオオオオオオォォォォ——ッッ!!!』
空の王者たる怪物は、最後の力を振り絞り、今できる渾身の
断末魔にも似たその雄叫びが鳴り響き、そして——。
「——【
その
一瞬で絶命した
その黒煙の中からレンガブロックを足場に跳び上がって来たウィータは、オレの背に跳び乗ると「ふぅ……」と一息を吐く。
「——ハハっ、ちんちくりんって言ったのは謝らなきゃいけないみたいだな? どうやらお前は、オレが思う以上に大した奴らしい」
「……! わたし……ちゃんと強かった?」
一拍の間を置いて、オレは新たなる相棒の強さを評価した。
「あぁ、言うまでもねぇ……想像以上。百点満点オーバーだ!」
「……~~っ! えへへ……そうかなぁ?」
オレに誉められたのが嬉しかったのか、ウィータは照れ臭そうに頬を緩ませた。
『——あ~あ、やっちまったなぁ~……』
「「……!」」
と、その時だった。オレ達の耳朶を震わせる声が一つ。
心底呆れたような声音に釣られ振り向くと、そこにいたのは責めるような半眼をオレに向けて来る斑模様の鳩——テメラリアがパタパタと飛んでいた。
『……シー。お前この野郎……俺様の忠告を無視しやがって……』
「シーちゃん、シーちゃん。スゴイよ……ハトがしゃべってる……」
「あぁ、コイツはオレと同じ精霊だ。ウィータはオレと契約したからな……ある程度の感覚をオレと共有してるんだよ。多分、その影響で見えるようになったんだと思うぜ?」
「へぇ~、便利だね! シーちゃん!」
「だろ~?」
『おいっ! ナチュラルに無視すんじゃねェよ! ……あと嬢ちゃん。俺様は鳩だが、ただの鳩じゃねェ。冒険と伝聞をこよなく愛する詩人精霊——テメラリア様だ。今度からはちゃんと名前で呼べよ?』
——“もちろん『様』付けでな?” と。ニヒルな笑みを浮かべて言うテメラリア。
恰好をつけたつもりなのだろうが、その可愛らしい見た目のせいで全くキマッていないのはご愛嬌だ。
「分かった! じゃあ、テメラリアだから……テラちゃんで! これでいい?」
『……おいシー。今からでも遅くねェ。契約を考え直せ。俺様の灰色の脳が告げてる。この嬢ちゃんポンコツだぞ』
「ムチャ言うなって。もう契約終わっちまったよ」
『……ぐぬぅ』
ウィータの素っ頓狂な言動に呆れたのか、それとも癇に障ったのかは分からないが、眉間の皺を濃くしたテメラリアは頬をヒクつかせながら無言になった。
『……はぁ~。ったく、もういい……好きにしろ!』
しかし、すぐに呆れが怒りを追い越してしまったのだろう。
テメラリアは大きく溜息を吐いた。
『……とにかく契約しちまったもんは仕方ねェ。とりあえず俺様について来い。お前ら気付いてないみたいだが……下は大騒ぎだぜ?』
「「え」」
『エドモンド商会の奴ら、何やら不穏な動きを見せてやがる。『議会の方に使いを出せー!』とか言ってたしな……。こりゃァちょっとマズい状況かもしれん……早めにラッセルを出るべきだと思うぜ、俺様は」
「マジかよ……旅にも出てねぇのに、
「……」
確かに、街中で魔獣が現れたというだけでも普通は大騒ぎである。
しかも、その魔獣を故意に都市内へと連れ込み、金稼ぎを行っていたと広く知れ渡ってしまえば、何かと都合の悪い連中が出て来るのは当然だろう。
オレはまだ現代の社会風潮や、この都市の政治事情などは全く詳しくないが、昔も今も、都合の悪い事は隠したがるのが世の常というのは、千年前の来訪者ながらに理解している。
エドモンド商会にとっては、喉の奥に少し大きい魚の骨がつっかえたようなもの——ならば、早めに手を打って来るのは何ら驚く事ではない。
「ど、どうしよ……っ、どうしよっ、シーちゃん……!?」
「落ち着け落ち着け、何とかなるさ」
「ホントに……?」
「あぁ、勿論!」
「……。……わかった!
ここはテメラリアに大人しくついて行った方がいい。
そう判断したオレは、テメラリアの不穏な言葉をを聞いて、あわあわオロオロとするウィータを安心させるように力強く言った。
一瞬だけ間があったが、すぐに満面の笑顔でシーへと笑いかけて来る。
パタリ、と。ウィータは半ば倒れ込むように
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『……ケケッ、成り行きでなったにしてはいいコンビになれそうじゃねぇか』
その微笑ましい新米コンビの遣り取りを見て、テメラリアは
遠い日の記憶。
何時の日だったかも思い出せないが、まだシーが大英雄ベオウルフとコンビを組んでいた時の姿と、今の彼らの姿が少しだけ重なる。
まだまだあの頃のシーとベオウルフにまでは遠く及ばないが、数多の伝聞と冒険を詩的に紡いできたテメラリアの直感が告げていた。
——彼らは、きっと強くなると。
_____________________________________
※後書き
『第一章・精霊契約編』はここまでで終了となります。
今話に登場した魔法【
こちらが【ケモペディア‐魔法‐古代魔法一覧】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16817330669439465357
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