第5話‐契約

※前書き

後半から視点がシーからウィータへと変わります。

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 『くそっ、始まっちまった……! 助けねぇと……!』

 『おいっ、待てシー……!!』


 高らかに打ち鳴らされた銅鑼の音に弾かれ、オレは闘技場へと降りようとしたが、飛んで来たテメラリアが険しい表情で立ち塞がった。


 『どけよテメラリア! あの子が死んじまうだろ!?』

 『ダメだ、諦めろ。どの道、契約・・を終えてないお前には何もできやしねェよ』

 『……~~っっ!』


 オレは咄嗟とっさに言い返そうとしたが、ぐうの音の出ない正論に返す言葉が思いつかず、悔しさを噛み締める事しかできなかった。




 ——『契約』。

 それはオレだけに限らず全ての精霊において特別な意味を持つ言葉である。

 霊力マナの塊である全ての精霊は完全なる霊的波動体であり、通常は現実世界に物理的な干渉が出来ないが、自身の霊力マナを消費する事によって現実世界に干渉できる肉体を造り出す事が可能である。

 その霊力マナを消費して造り出した肉体こそが、一般的に魔法や魔術、また自然災害と呼ばれている超自然的現象なのだ。


 ——しかし、これは無尽蔵に行えるわけでは無い。


 精霊の身体は霊力マナで出来ている。

 だから——消費し過ぎれば・・・・・・・いつかは・・・・消えてしまうのだ・・・・・・・・


 勿論、簡単に底を尽きる訳では無いし、一度消費した霊力マナが回復しないわけでも無いが、精霊は人間に比べて回復までの時間が非常に長いのである。

 もしも自身の身体が消えてしまう程に霊力マナが枯渇してしまえば、普通の精霊なら完全に回復するまでに、それこそオレが眠っていた時間——千年程の時間を掛けなければいけなくなってしまうだろう。


 しかし、精霊の力を限りなく断続的に使う方法は確かにある。

 それこそが、霊力マナの回復時間が精霊よりも圧倒的に早い人間たちが持つ霊体アニマへの融合……即ち——『契約』である。




 『……俺様たち精霊の身体は霊力マナで出来てる。もしも契約なしで力を使えば、精霊はすぐに霊力マナが尽きて消滅する……契約者の霊力マナ供給無しに力を使うのは自殺行為だ。まさか千年の間に忘れたわけじゃねェだろ?』

 『……』


 ……確かにその通りだ。テメラリアの言う通り、契約を終えていない精霊は無力である。勿論、オレもまだ契約を終えてなどいない。

 かつての契約者であったベオは、もう死んでしまったからだ。


 『……お前には悪いとは思ってる。でも、間に合わない。もう始まる・・・・・

 『……っ!』


 テメラリアの言葉に弾かれるようにオレは闘技場へと視線を向けた。

 すると、そこには一人と一匹の剣闘士たちが死力を尽くす——いや、一体が一人を一方的に虐殺するだけの残虐なショーがあった。


 『オォォォオオオ——ッッ!!』

 「うぉぉおおおぉ——っっ!!」


 待ってましたと闘技場を埋め尽くした歓声を打ち消すように、鳥竜種ワイバーンの咆哮と、それに負けじと張り上げた天狼族の少女の雄叫びが重なった。


 もともと身体能力が高い獣人だからだろう——。

 いくら霊体アニマを封印されたからとはいえ、人間離れしたスピードで勇猛果敢に突進して行く少女は、血走った目で牙を剥き出しにする鳥竜種ワイバーンに向けて、闘剣グラディウスを腰溜めに構える。


 迎え撃つように空中に飛び上がって後脚の鉤爪を振り下ろして来た鳥竜種ワイバーンの一撃。それををギリギリで躱し、躱した勢いそのままに、固い鱗に覆われた脚を思い切っきり斬り付けた。


 「っ……!?」


 ——キイィンッ……ッ、と。

 鱗の固さに敗北した闘剣グラディウスの刃が無残に地面へと転がった。

 驚きと共に押し寄せて来た焦りによって「くっ……!」と、歯噛みした少女。


 しかし、彼女に折れた刃に意識を割く暇など無い。


 『ルォォッ!』と短く叫んだ鳥竜種ワイバーンが、尻尾を鞭のようにしならせるのを視界の端に捉えた少女は、咄嗟に大盾スクトゥムを構えた。


 「がっ、ぁ……っ!?」


 次の瞬間——大盾スクトゥムひしゃげる音が響き渡り、その衝撃音からして間を置かず、少女の身体が闘技場の石壁へと叩きつけられる嫌な音が響き渡る。


 そして。

 バタリ……カランカラン、と。


 「……ぁっ、ぅ、ぐ……っ」


 地面に倒れ込んだ少女の手が小刻みに痙攣し始める。

 拉げた大盾スクトゥムと折れた闘剣グラディウスが彼女の手から零れ落ちると、次いで喘ぐように漏れた呻き声と共に白い泡がブクブクと吹き出た。

 虚ろに震える瞳孔は既に光を灯しておらず、虚空だけを映している。


 それを見て、会場にいた誰しもが理解した。

 ——決着である。


 「「「ああぁ~~~……」」」

 「もう終わりかよぉ~~!!」

 「もうちょい粘れ~!!」


 時間にすれば十秒にも満たない殺し合いに、観客たちの落胆した声が響き渡った。

 少女は虚ろになった目で鳥竜種ワイバーンを睨みつけ、何とか立ち上がろうとする素振りを見せていたが……それでも、オレは一目で分かってしまった。


 ——もう立ち上がることは無いだろう、と。


 「……うっ、ぐぅ……っ……ま、だ……っ」

 『オォォォ、ゥルルル……ッ』


 帰宅の準備を始めた観客席から何枚もの賭博券が宙に舞う。

 今まさに、その瞳の奥に少女を獲物エサとして捉えた鳥竜種ワイバーンが、大口を開けて少女に迫っているというのに、“飽きた”と言わんばかりに、騒がしくなり始めた闘技場内の異常な空気感に当てらて、オレは言葉を失った。


 『……』

 『……だから、お前には見せたくなかった』


 少女が鳥竜種ワイバーンに喰われる瞬間を見たくなくて、オレが闘技場に背を向けると、テメラリアがポツリと言った。


 『……人間たちは大きく変わったよ。お前が今日観光した通り……いい方向にも。お前がいま見ている通り……悪い方向にもだ。奴隷制なんてとっくに廃止されたっていうのに……未だに裏社会では違法に奴隷や剣闘士のような扱いを受ける人間がいる。天狼族もその内の一つだ』


 “だけどな——”、と。

 言葉を区切ったテメラリアは言い聞かせるようにオレへ言う。


 『——シー。それでもお前には絶望なんてしている暇なんて無いんだ! とっくに気付いているだろ? 千年の間お前を眠りにつかせ、霊力マナを回復させたどこぞの誰かが……お前を生かした・・・・・・・本当の理由を・・・・・・……!』

 『……』

 『あの日……邪神を倒し、そして邪神と共に消滅するはずだったお前は、どうしてまだ消えていない? 邪神は討ち倒されたはずなのに、どうしてまだ邪神の呪いは天狼族を蝕んでいる? 使命を終えたはずのお前を、何故どこその誰かは生かしたんだ? ……答えなんて一つに決まってんだろ——』


 意味深な言葉の数々に、オレは身体の芯が冷えるような感覚を感じた。


 『——邪神ウルは・・・・・まだ生きている・・・・・・・……っ!』


 その瞬間、襤褸切ぼろきれを纏った黒い男の姿が脳裏をよぎった。


 テメラリアが口にしてしまった事実。頭の片隅にはあったその核心を突き付けられ、オレは時が止まったような錯覚に陥る程のおぞましい寒気を思い出した。

 ——千年前にも幾度となく感じた、邪神への恐怖心を。


 『……アレから千年、ウルの力はまだ欠片も回復しちゃいない。だが、活動できる程度には回復している。お前はこれから、奴が回復し切る前に次の大英雄に足る器を持った契約者を探す旅に出るんだ。長い旅になる。俺様はそのお目付け役だ。お前が一時の情でどこの馬の骨ともしれねぇロクデナシと契約しないように』

 『……』

 『……受け入れろ、シー。お前には使命がある。邪神ウルを打ち倒すという使命がだ。放棄することは許さない……いや、赦されない・・・・・。他でもない、お前を産み出す為に犠牲となった幾柱もの神々が、それを認めない』


 ……そう。その通りだ。

 オレは——変身の大精霊シーは、邪神を討伐する為に産み出された精霊である。

 幾柱いくはしらもの神々がその霊体アニマを限界にまで削ぎ落とし、時には自らの命さえ捧げて、とある聖神の神器の一つを模して造られた最強の大精霊だ。


 ——故に、多くの犠牲の上に産み出されたオレには。

 何を犠牲にしてでも・・・・・・・・・使命を果たさなければ・・・・・・・・・・ならない義務がある・・・・・・・・・


 『……』


 頭の理解が追い付かず、オレはただ未練がましく闘技場へと視線を遣る。すると、既に少女と鳥竜種ワイバーンの距離は、互いの呼吸のリズムが見て取れる程の距離にあるのが、オレの目に入った。

 未だ必死に身体を動かそうとしている少女を嘲笑うように、血走った怪物の眼光が睥睨している。

 次の瞬間にはどうなっていてもおかしくない状況だ。


 だが、オレの悲壮な心情とは異なり周囲の反応は好奇の視線に満ちていた。

 今か今かと残虐ショーを待ちわびる者や、賭博に負けた怒りで少女を罵倒する者。

 眠り毒でも塗ってあるのであろう……戦いが終わった後に鳥竜種ワイバーンを拘束する為に、クロスボウを構えた幾人もの屈強な男たちが闘技場の隅で待機している。


 『……もう行くぞシー。あの子の悲鳴なんて聞きたくねェだろ』

 『……』


 無理やり連れて行かなければここを動かないと判断したのだろう。

 視線を遮るようにオレの目の前へ飛んで来たテメラリアは、器用に翼を羽ばたかせながらオレを外へ繋がる通路へと押し出して行く。


 徐々に見えなくなって行く闘技場。

 少女の姿が見えなくなった所で、オレは諦めて闘技場から視線を外した。


 「「「おおおぉぉおおおお~~~!!」」」

 『『っ……、……』』


 丁度そのタイミングで歓声が上がった。

 きっと少女が鳥竜種ワイバーンに食べられ始めたのだろう。胸糞の悪い残虐な光景が脳裏を過り、オレ達の足取りは速くなった。


 ——すまない……っ、すまない……っ! と。

 オレは心の中で何度も謝罪を口にした。

 次の瞬間に聞こえてしまうであろう少女の骨肉が噛み砕かれる音と悲鳴から逃れるように、さらに足取りが早くなった。


 そして。

 闘技場の光景がオレの視界から完全に消え去った時だった。


 『ルオオオオオォォォオオォォ~~ン!!?』

 『『……っ!!』』


 ——闘技場全体を震わせる鳥竜種ワイバーンの巨大な悲鳴が轟き渡った。


 『……今の悲鳴……鳥竜種ワイバーンかっ!? ——って、おいシー!! 待てっ、どこ行くんだお前!?』

 『決まってんだろ……! 戻るんだよ……!』


 何が起きた? 今の悲鳴は何だ? 何を意味している?

 脳裏に過った疑問の数々は、きっと期待の裏返しだ。

 闘技場へと踵を返したオレの中には、やはりどこかに捨てきれない天狼族への信頼と確信がある——。


 天狼族。彼らは英雄の民族だ。

 あれだけ誇り高く戦い続けた彼らが、たかが邪神の呪い如きで、たかが力を失った程度で——その誇りまでを・・・・・・・失う訳がない・・・・・・、と。


 ——戦いの意志を、生存への意志を、捨てる訳が無い……っ! と。


 『おいっ、シー。待てって……!』

 『……ははっ、見ろよ。テメラリア……やっぱりだ・・・・・……あの子はまだ——諦めていないぞ・・・・・・・……っ!!』

 『はぁ? お前、何言って……、……なっ!?』


 闘技場へと戻って来たオレ達の視界に映ったのは俄かには信じがたい光景だった。


 言葉を失う観客達。

 先ほどまでクロスボウを構えていた男達は唖然あぜんとしている。

 目の前の光景が信じられない。そう言いたげな沈黙が闘技場中に広がっている。

 彼らの視線の全てを、その驚愕を、一心に釘付けにしていたのは——。


 「これで……っ、おあいこだ……っ、トカゲやろぉぉぉぉ……っ!!」


 ボロボロの身体で鳥竜種ワイバーンの頭に掴み掛かった少女が、刃折れの闘剣グラディウスで怪物の目玉を抉り取っている姿だった。


 『オォォォオオン!!』

 「っぅぐ……っ!?」


 闘技場中の驚きも束の間。

 片眼の光を奪われ怒り狂った鳥竜種ワイバーンが、頭を激しく揺さぶる。

 振り落とされまいと必死に抵抗する少女だったが、すぐに握力の限界が来た。

 三度目の頭の揺さぶりで空中へと放り出される。


 しかし、少女は先ほど石壁に叩きつけられた時とは何かが違った。


 鳥竜種ワイバーンからほんの二メートルほど離れた距離。

 驚異的な空中バランスで体勢を整えた少女は、四つん這いの状態で地面に着地する——と同時に・・・・、右手に固く握り締めていた刃折れの闘剣グラディウスを構えて、鳥竜種ワイバーンへと突貫した。


 その折れた切っ先が狙っていたのは、一度目に斬り付けた脚。

 ——僅かに鱗が剥げて、柔らかい表皮が露出した部分である。


 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 雄叫びが木霊する。

 瞬きの間に標的へと肉薄した少女。

 次の瞬間——。

 走り出した勢いと全体重が乗った渾身の一突きが、鳥竜種ワイバーンの脚に深く、深く、突き刺さった。


 『ルォォォォ~~~ン……ッ! ……ォォォォオッ!!』


 激痛のあまりバランスを崩してその場に倒れ込んだ鳥竜種ワイバーン

 苦し気に呻く怪物を前に「はぁ……はぁ……っ!」と肩で息をしながら、少女は白く濁った虚ろな瞳の奥に、炎にも似た何かを灯しながら、闘技場中を睨みつけた。


 「——わたしはっ! わたしは天狼族の『ウィータ』だっ!!」


 少女は自らの名を叫んだ。


 「わたしたちの誇りはっ、のろいなんかにまけない! お前たちなんかにもまけない! 絶対にまけない!!」


 少女は覚悟を叫んだ。


 「わたしを見ろ!」


 少女は意地を叫んだ。


 「わたしが証だ!!」


 少女は誇りを叫んだ。


 「——天狼族わたしたちの魂はっ、まだここで生きているぞぉぉぉぉぉぉ!!」


 そして少女は、力の限り叫んだ。

 有らん限りのその叫びは、文字通り魂の底の底からひねり出した啖呵たんかだったのだろう。

 静寂が満ちた空間に木霊する言葉に圧倒され、闘技場中が静まり返っている。

 オレとテメラリアも同じだ。見たところ、まだ十二かそこらに見える幼い少女にも関わらず、彼女の言葉にはの存在を黙らせる何かがあった。


 『ゥゥゥ……ッ!』

 「っ……!」


 痛みから回復した鳥竜種ワイバーンが低く唸り声を上げる。

 啖呵に集中し過ぎた故か、殺気が込められたそれに一瞬だけ気付くのが遅れた少女。咄嗟とっさに後ろに跳ぶも、再び鞭のようにしならせた尻尾の一撃に吹き飛ばされる。


 「ぐっ、ぅ、が、ぁぁ……!」と。

 数メートルの距離を転がされた少女は、何とか身体を丸めて頭だけを守った。


 「うぅ……ぁっ……」

 『ゥゥゥ……ォオオオオォォォオ——ッッ!!!!』


 何とか意識は繋いだのだろう。しかし、ダメージは深刻だ。

 小刻みに震える少女の身体は再び立ち上がろうとする気概きがいを見せているが、うつ伏せの状態から変わる気配がない。

 何とか顔だけは動かし鳥竜種ワイバーンを強く睨みつけるが、対する怪物はどこ吹く風と逆に睨み返して来る。


 それどころか。

 眼だけでなく脚までやられた怒りで完全に理性を失ったのか、パチパチっ、と。

 ——喉の奥で火の粉をほとばしらせ始めたではないか。


 間違いない。

 溶岩地帯に住む鳥竜種ワイバーンだけが使える炎の放射——いわゆる竜の息吹ブレスである。


 『っ、おいマズいぞ……! あのトカゲ野郎っ、火ィ吹く気——なっ、おい! シー! お前また……!』


 それを見た瞬間オレは飛び出していた。


 『……説教なら後だ! オレはもう決めた・・・・・・・・!!』

 『っ! 待てシー! お前まさか・・・……!?』


 テメラリアの制止の声を振り切って闘技場へと進む。

 さぁ、急げ——あの少女の元へ。急げ、あの誇り高き天狼族の元へ。

 何故ならば、オレの……変身の大精霊シーの相棒は——。




 千年前から天狼族と決まっているのだから。


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 身体が重い。手足が動かない。視界がかすんでいる。

 肺の奥と口いっぱいに血の味が滲み、身体のあちらこちらが限界を訴えていた。

 だが。

 それでも。


 まだ生きている。

 まだ心は折れてなどいない。

 まだ意志はある。意地もある。誇りだってある。


 ——天狼族の魂はっ、まだ敗北を認めてなどいない……っ!!


 「……まだっ、だぁっ……!」


 強く拳を握り締める。全身の痛みを無視し意志だけで身体を動かした。

 でも、身体を起こそうとして、また地面に倒れてしまう。


 急がなければ竜の息吹ブレスが来る。

 チリチリと空気を焦がす火の粉の熱が徐々に温度を上げているのを感じ、天狼族の少女——『ウィータ』は、視界の端に捉えた鳥竜種ワイバーンを睨みつける。


 「くっ、そぉぉぉぉ……! うごっ、けぇぇ! うごけぇぇ……!」


 自分は何でこんなにも弱いのか——。己の中に燻る鬱屈とした自身への怒り。

 震えてしまいそうな程の克己心の炎でもって自らの内を焼きながら、心の底から、魂の奥の奥から、ただただウィータは切実に祈った。


 ただ純粋に——力が欲しい・・・・・、と。


 力が欲しい。もう何も奪われないように。

 力が欲しい。あらゆる脅威から全てを守り切れるように。


 ——力が欲しいっ……あの偉大なる天狼族の大英雄ベオウルフのように!


 『オォォォオ——ッッ!!』

 「……ぁ——」


 だが、そんな祈りを聞いてくれる者などいなかったのだろう。

 視界を覆い尽くした竜の息吹ブレス

 徐々に近づいて来る炎の奔流ほんりゅうを見て、数秒だけ呆然とした後、諦めて目を閉じた。


 「ごめん……みんな……」


 脳裏に浮かんだ同胞の顔の数々。無念だけを胸に謝罪を口にする。

 次の瞬間、竜の息吹ブレスがウィータの全身を黒焦げにしようと迫り。


 『——オマエ、さっき自分のことウィータって言ったよな?』


 そして、目の前で弾けた・・・・・・・


 直前に聞こえた声に釣られて閉じた目を開けると、届く事の無かった火の粉が周囲へと降り注いでいる光景が視界に入る。

 そして、赤い火の粉と入れ代わりに現れたのは、ボンヤリとした青い光だった。


 「だ……れ……?」

 『オレか? オレは精霊! 変身の大精霊シー! 知ってるだろ? ほら! お前達の大英雄ベオウルフの相棒だ!』

 「……。……しら、ない……」

 『え』


 ガーン! と。

 表情は分からないが、どこかショックを受けている空気をウィータは感じた。


 『そっかー……そういや目立ってんのべオばっかで、オレは影薄かったもんなぁー……』


 何事かブツブツと呟いているが、そんなブツブツを無視して「でも——」と、言葉を続ける。


 「——ベオウルフは、しってる……」

 『! ハハっ、そうか! なら話は早い! ウィータ……オマエに一つだけ問う』


 絞り出した回答に満足いった様子で青い光は聞いてきた。


 『——力が・・欲しいか・・・・?』


 その問いの意味が一瞬理解できなかった。

 だが。遅れて理解できた言葉の意味が頭の中に染み込んだ瞬間。


 「……ほしいっ!」


 ウィータは既に叫んでいた。

 青い光にとって、咄嗟に出たその言葉は相当に満足いく返事だったのだろう。姿の見えない謎の存在が、あまりの喜びにたまらず、といった様子でにんまりと微笑んだ姿を幻視する。

 次の瞬間、青い光が輝きを増し始め、思わずその眩さに目を細めた。


 そして。その青い光の向こう——。


 『OK! なら契約成立だ! オレは変身の大精霊シー! かつて世界を救った大英雄ベオウルフの相棒だ! 趣味は冒険! 見たことのないものを見る事が、三度の霊力マナより大好きだ!』


 『と、いうわけで——』、と。言葉を続けた謎の存在。

 心の底から嬉しそうな声音で、その声は——変身の大精霊シーは告げた。


 『——これからよろしく頼むぜ? 新たなる相棒よ!』

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