盛夏と列車の女の子

y=ボーダー

◯◯◯への...

夏休みも後半に差し掛かったころ。

ふと見上げると、エアコンがプスプス音を立てていた。


「まじか.....」

夏真っ盛りのなか、エアコン無しで日中を過ごすのはなかなかキツイものがある。


「隣町のゲーセンでも行くか」

本来であれば修理業者へ連絡するべきだが、茹だるような暑さで考える気にもならず、一時の涼を求めて気が付けば家を飛び出していた。


俺が住む町はいわゆる港町で、周辺にあるのは市場と漁港くらいしかない。

だから普段は内地にある隣町の学校へ通い、休日は都市部の繁華街で遊んでいる。

いつも友人と遊んでいるゲーム(2人協力型対戦ゲーム)は丁度アップデートされたばかりだし、久しぶりにソロで遊んでみるのも悪くない。


汗をかきつつ駅のホームに降り立つと、少しの違和感を感じた。


「まだ10時30分だよな...」

どうにも人が少なすぎる気がするのだ。

というより、自分以外には一人しかいない。


その一人といえば、パッと見、年の頃は15~6(じゅうごろく)くらいで同年代に見える。

あまりジロジロ見るのは不躾だが、その容姿はハッキリ言って美人だった。


よく手入れのされた黒髪でワンポイント赤色のメッシュが入っており、服装もメンズ向けだろうか?roark revivalロアーク・リバイバルのオーバーサイズtシャツを着こなしていて、ホットパンツから覗く太ももはなんとも艶めかしい。

透明感のある肌は色白だが血色がよく健康的だった。


目元はまつげが長く、瞳は儚げで凛としていた。鼻も高く、口元は控えめで瑞々(みずみず)しさを感じさせる。


これが、いわゆる眉目秀麗というやつなのだろう、今まで生きてきて初めて見るくらい綺麗な女の子だった。


その見た目から非常に近寄りがたい印象を受けるが、手元のスマホを見るその横顔は友人とやり取りをしているのだろうか?表情がころころ変わり、ときには優しげに微笑んだり屈託ない笑顔を浮かべ、人懐っこさを感じさせた。


あまりに見すぎたのだろうか、女の子が振り向き目があったので、急いでそっぽを向いた。

その瞳は力強さを感じさせ、儚さのなかに一つの芯を有していた。

目があったことで、なんだか急に意識してしまい少し動悸が激しくなった。


ヤバいヤバいヤバい!ストーカーとか変に思われたかな!?それに気まぐれで出てきたから、今日ろくな格好をしていない!こんなことなら、いつも着ている外行の格好をすればよかった!

などと、とりとめもなく思考がグルグルしていると、丁度電車がホームに到着した。


時計を見ると、時刻ピッタリだった。

気恥ずかしかったので、急いで電車に飛び乗る。


「.......ん?」

電車に乗って座席に着いたとき、少しの違和感を感じた。何かは分からない。何かは分からないが、妙な違和感というか、何故だかチリチリとした焦燥を感じる...。


「...えっ!?」

件の女の子が、他に席が空いているにも関わらず丁度隣に座ってきたのだ。

先程感じていた焦燥感など一息で吹き飛び、思わず顔が熱くなった。

座っている位置も近い。肩と肩が触れ合い、太もも同士が密着している状態で非常に緊張した。


恐る恐る顔を盗み見ると、女の子は満面の笑みだった。


「おにーさん、おにーさん、今日はどこ行くのっ?」


「あ、えっと、あっと、となり、まちの、ゲーム、せんたー、...です」


急に話しかけられたので、しどろもどろになってしまった。恥ずかしい...。

しかし冷静になって考えれば、見ず知らずの初対面相手に隣に座り、あまつさえ世間話をするものだろうか?


「ゲームセンター!いいね!私あまり行かないから、少し興味あるかも!どんなのやるの?」


しかも凄いグイグイ来るし!

「あえっと、ソロのゲームを少々...」

あー俺のバカ!緊張しているからって、答えになって無いよ!


「ふーん、そうなんだ!私はね~旅をしているの!ある目的があって、今日それが叶いそうなんだ〜♪」


あーあ、案の定話題変わっちゃった。それにしても、この女の子は話題が途切れないよう気を遣ってくれるというか、コミュ力があるというか、この年にしていわゆる強者女性さんなのだろう。


「目的?それって何ですか?それに旅をしているって...、もしかして夏休み中?」


「目的はね〜、内緒♪旅はずっとしているよ!」


夏休み中ずっと旅をしているだなんて、何て行動力がある娘なんだ...。


話に夢中になっていて気付かなかったがふと時計を見ると、10時41分を差していた。途中で一駅挟んだとはいえ、もう着いていてもおかしくない時刻で2分ほど過ぎている。まあ、田舎町だしゆっくり運行しているのだろう、誤差の範囲だ。


しかし妙な焦燥感がまたぶり返してきた。それに鼻を刺激するこの匂いは...。

かすかに生臭さを感じる。それに足が痺れたような感覚で、少しヒリヒリする。


しかし、隣に彼女がいるのに顔に出すわけにもいかず、「ははっ...そうなんだー...」と、あいまいに微笑んだ。


彼女言った。

「ところでこんな話を知っている?」


急に真剣に話し始めた彼女に少し恐怖を覚えた。


「ほら、外を見てみて。すっごくいい天気。快晴で海も穏やか。でもね、大昔にね、こんな穏やか海でも、ある大きな観光船が太平洋の真ん中で消えてなくなったことがあったんだって。特に嵐もなく、気候も落ち着いていて、原因は不明なの。研究者達が必死に調べたんだけど、現代の技術でも迷宮入りしちゃった」


「でも私はその原因が少し分かるよ。どうしてだと思う?」


「どうしてって...。そんなのわからないよ」

彼女がその原因が分かることも、沈没した原因自体も。


「答えはね、みんなこの世界ではないどこかへ飛ばされちゃったの。跡形もなく。すべて」


あたまがおかしいと思った。巷でよく聞く電波系か?厨二病か?それとも俺がおかしいのか?

とにかく、こんな話を聞いてしまったらこの女に関わるべきではないと思った


早くこの女から離れたいが、目的の駅に着かない。ふと時計を見る。

時刻は10時52分を差している。到着していなければ明らかにおかしい。


「えっ、なんだこれ!?痛い!」

今まで全く気が付かなかったが、謎の液体が太ももからまとわり付き、腰元まで来ていた。

黄色味のある液体でシュワシュワ音を立てている。酸塩...?化学的なことはよく分からないが、少なくとも何らかの消化液だと思われる。


肉の焼ける感覚、溶けたソレをこの謎の液体がシュワシュワと咀嚼する『おと』が聞こえてくる。


どんどん消化液が身体を這いずり回り、気が付けば全身の大部分を侵しており、もう手遅れだった。


「あ、あ、あ?、う...」

声にならない声を上げつつ、男は思った。

最初に女にどこから来たのとか、どこの学校?とかもっと女のことを聞いておけばよかった...。今となってはもう...。


そう呟きながら、男は消化液によってドロドロの液体状となって消えていき、後には何も残らなかった。


「旅は夏休み中だけとは行ってないのにねー。

それに途中駅で降りるチャンスも合ったんだよ?

でも、ざんね〜んでした、時間切れ!ふふっ♪異世界へ、ごあんなーい!」


彼女は何者だったのか?ヒトなのか女神なのか?

提灯鮟鱇(チョウチンアンコウ)の提灯のように、少なくとも異世界へと誘う生き餌であったことは間違い無いだろう。このようにして彼女は今まで何人も異世界へ送ってきた。


さて、男はこの後どうなったのか?チート無双?はたまた追放系?答えは見てみないと分からないシュレディンガーのようだが、結局の所そこそこ友人がいて、部活もやり甲斐があって、馬鹿やりながら平和に生きるのが幸せな彼にとっては不幸だったことに違いはないだろう。


こうしてまた若者が異世界への拉致されて、新たに内政チートや無双系、成り上がりが行われていくのだ。


めでたしめでたし。

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