第一話 異世界転生は今日も突然だ!⑤ 

その少女はこの部屋の扉を蹴破ると、俺達の方に近づいてきた。

腰まで伸びた長い金髪が綺麗だ。

紅い瞳をしており、黒いスカートがよく似合うその少女は、俺と同い年ぐらいだろうか。


「よかった、こんなとこに居たのね。どこ探しても見当たらないから探したわよ」

「こ、これはリーン様! 申し訳ございません」

「だから跪かなくていいって! 何度も言ってるでしょ?」


リーンと呼ばれたその少女は、跪くハイデルを慌てて止める。


「なあリム、この人誰? ハイデルが頭下げてるって事は偉いんだよな?」

「はい、この人は先代魔王サタン様の一人娘、リーン・フェルネア・デストロさんです」

「長え名前。魔王の娘か……」


俺は腕を組むと、その金髪の少女を遠目で見る。

ぶっちゃけ、このリーンとか言うヤツはメッチャ美人だ。

一見キリッとしているが、どちらかというとかわいい系の美人。

それも、テレビによく出るモデルも顔負けな程に。

つい見とれてしまう。


「……で、アンタ誰よ?」


と、ここでリーンが俺に話し掛けてきた。


「あ、俺はむぐう!?」

「こ、この人はリョータさんって言って、道に迷っていたところを私達が保護したんです!」


俺が自己紹介しようとした直後、リムが俺の口を両手で塞ぎながら唐突に訳が分からないことを言った。


「な~んか怪しいわね……」

「そ、そんなこと無いですよ! ですよね、みなさん!」


ジト目で睨みつけてくるリーンに、リムは顔を逸らしながら残りの三人に何か言うように促す。

すると、ローズとレオンは慌てて首を縦に振ったが、ハイデルは訳が分からないことを言った顔で。


「いいえ? この方は新しい魔王になられたツキシロリョータ様ですよ?」

「……は?」

「「「あああっ!」」」


ハイデルの言葉を聞いたリーンは目を見開いて固まった。


「は、は、はああああああああ!?」

「ハイデルさん、なんで言っちゃうんですかあ!?」

「え? 逆になんで言っちゃダメなんですか?」


いまいち状況がよく掴めてないが、ハイデルはドジなだけじゃなくてやっぱりバカなようだ。


「は!? 新しい魔王!? 嘘でしょ!? ちょっとあんた、どういうことか説明しなさい!」


すると、今まで固まっていたリーンが俺に近づき、肩を掴むとガクガクと揺らしてきた。


「お、落ち着けよ! 俺だってなんでこんな状況になってるのか分からねえんだよ!」

「……どういう事?」


俺の言葉にリーンはピタッと動きを止める。

すると、俺の横に居たリムがおずおずと手を上げた。


「あ、あの、実は――」





「――なるほどね。まったく何やってるのよハイデル! デーモンアイを取り戻すどころか新しい魔王まで連れて帰るなんて!」

「も、申し訳ありません……」


リムから今までのことを聞いたリーンがハイデルを叱ると、ハイデルは頭の後ろを掻きながら謝った。


「それにしても、この貧弱で弱そうなヤツが魔王に認められるってどういうことよ? デーモンアイの調子が悪かったんじゃないの?」

「オイコラ、初対面の人になんてこと言うんだよ」


疑うような視線を向けてくるリーンに、俺は思わずツッコム。

確かに貧弱で弱そうなのは認めるけどさ。

するとリーンが突然、俺の首根っこを掴んできた。


「うげッ!?」


な、何で!? 何でいきなり!?

訳が分からず混乱していると、俺をキッと睨んできた。


「アンタ、リョータだっけ?」

「ちょ、力強い、死ぬ死ぬ……!」


息が詰まりジタバタする俺を、リーンはジッと睨み続ける。

やがてポイと捨てるように手を離され、地面に手を突いた俺は咳き込みながら。


「な、何するんだよ! いくら先代魔王の娘だからって、調子に乗って……!」

「黙りなさい」

「ッ……!?」


その瞬間、この場の空気が一気に張り詰めた。

この少女から、もの凄いプレッシャーを感じる。

チラと横を見てみると四天王は全員オドオドしていて、余程この女がヤバイ存在だと知らしめていた。

リーンは何も言えず、口をパクパクさせる俺に背を向け、スタスタと扉の方に歩いて行った。


「リ、リーン様、どちらへ?」

「帰るのよ」

「でも私達に用があったのでは……?」

「別に、アンタ達の様子を見に来ただけよ」


リーンはハイデルにそう受け答えながら扉を開けると、最後に俺をギロッと睨みつけ、静かな声で。


「……魔王になったからって調子に乗ったら、承知しないから」

「違うってだから俺は……!」


リーンは俺の話を聞こうともしないで、ガチャンと扉を閉めた。


「ハァ~……」


俺は大きく息を吐き出すと、そのまま膝を抱えた。


「やっぱ、魔王嫌です……」

「ももも、申し訳ありません! リーン様は少し、その……人見知りが過ぎているだけなので!」

「人見知りのレベルじゃないでしょ!? 今完全に殺意向けられてたよ!」


怖いよ……俺、いつか本当に殺されないよな……?

でも、何で彼女は俺にあんなことを?

それに、魔王の娘ってワードに異様に反応していたような……。

ううん、分からん。

俺は深いため息をつくと、複雑な面持ちをした四人に話し掛けた。


「なあ、一応魔王になるっての保留に出来ないかな?」

「保留……ですか?」


聞き返してくるハイデルに俺は頷く。


「だってさ、俺この国の事もお前らの事も何一つ分からないのに、急に魔王になれだなんて言われても困るし。だからお試しって事で」


それを聞いたハイデルは少し悩んだ後。


「……分かりました。それでは、一週間だけ時間を差し上げますので、この国のことを色々見て考えておいてください。リョータ様にはその間魔王城で暮らして頂くことになりますが……」

「おおマジか! 実は俺寝るところ無ければ無一文なんだ。助かったよ」


良かった、コレで寝る場所は確保できた。

しかもここは魔王城。

もしかしたら少しはお金をもらえるかもしれない。

ニヤニヤしている俺を見たレオンが若干引きながら。


「貴様、他所から来たとはいえ無一文だと? 貴様は今まで何をしていたのだ?」

「ああ……それは……その……」


なんと説明したら良いのだろうと目を泳がしていた俺に、レオンが言い放った。


「その動揺……もしや貴様……ホームレ」

「違わい」



――こうして、俺の魔界での生活が始まったのであった。

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