第一話 異世界転生は今日も突然だ!①
「……マジか」
目の前に広がる光景に、俺はあんぐりと口を開けて呟く。
そんな俺を、道行く人達が珍しそうに眺めている。
それもそのはず、俺は今、青緑のパーカーに薄茶色のチノパン、黒いスニーカーという格好をしているのだから。
普通なら、群衆に紛れ込めば絶対に注目されないであろうこの地味な格好。
しかし、ここではこの格好は普通ではないのだ。
俺を眺める人達の頭髪は、俺と同じ黒髪ではなく、赤髪、青髪、金髪、銀髪など様々で、服装も鎧やら黒一色のローブやら魔法使いの帽子やらで。
そして俺の目の前には、テンプレとも言える中世風の街並みが広がっていた。
これはもう認めるしかないだろう。
俺は真っ青な空を見上げながら、こう叫んだ。
「異世界転生いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
――書店で女の子を庇って本棚に押しつぶされた俺は、気が付くとここに立っていた。
やはり、俺は向こうの世界で死んでしまったのだろうか。
俺が異世界転生してから数十分経過した。
俺は近くの公園のベンチに腰掛け、何度目かのため息をついていた。
まさか異世界転生が存在するとも思ってなかった。
しかも本棚に押し潰されて。
昔から異世界転生系のラノベを見続けた俺は、本当に異世界があったら良いなと冗談で思っていたが、まさか自分がこうして異世界に転生することになるとは夢にも思わなかった。
書店の本棚が倒れてきたとなるといささか、いや結構な問題ではあるが……まあ、田舎の本屋だしな。
とりあえず、今の状況を確認しよう。
そもそも、異世界転生と言っても色々な種類がある。
例えば、死んだときに女神からチートを授かるとか。
前世の記憶を持ったまま赤子に転生するとか。
そんな何パターンもある異世界転生で、今の俺は、天界に行って女神から貴方は死にましたとも言われずに、ただ容姿と服装がそのままの状態で異世界に投げ出されたという珍しいパターンだ。
一応、現時点での所持品の確認をしておこう。
俺はポケットから財布とスマホを取り出すと、最初にスマホの電源を入れてみた。
スマホのホーム画面は一応開いたが、この世界にはもちろんネットは無いから、コレで出来るのは写真と動画の撮影と、後はアラーム機能だけだ。
一応充電は満タンだが、電池が減るのは嫌なので、あまり使わないようにしよう。
そして財布の中身だが、野口さんが一枚と小銭が計四百六十七円。
もちろんこの世界では使えない。
今の俺には、この世界ではなんの役にも立たないこの二つしか無いのだ。
「いや待てよ?」
本当にこれは異世界転生なのだろうか。
普通、異世界転生なら容姿は勿論、スマホも服装もそのままの訳がない。
って事は、これは異世界転移の方?
いやでも、あの時確実に自分は死んだはず……。
「ハア~……」
混乱した頭を一旦リセットする為に、大きく息を吐くと、ベンチにもたれ掛かった。
どうしよう、これから……。
ホントに、俺って死んじゃったのかな。
もしかしたら、コレは感覚があるメチャクチャリアルな夢かもしれない。
だけど、もしコレが現実だったら……。
俺はもう、父ちゃんや母ちゃんには会えないのかな。
そう思うと、今までの家族の思い出が頭の中で流れる。
「……グスッ」
俺は涙が零れそうになり、空を見上げる。
すると、ある一つの黒い影が俺の視界に飛び込んだ。
その影の正体は一羽のカラス。
そしてそのカラスの足には何やら光る物が掴まれていた。
……この世界にもカラスって居るんだな。
そう思ってぼやけた視界の中カラスを眺めていると、丁度そのカラスが俺の真上で足に掴んでいた何かを落としてきた。
「痛って!?」
そのカラスが落とした何かは見事に俺の額に命中した。
俺はカラスを睨みつけたが、カラスは知らん顔で飛び去っていった。
くそ……腹立つなぁ。
俺はそう思いながら足下に落ちた光る物を拾った。
見てみると、それは透明感のある漆黒の宝石だった。
大きさは丁度子供の握り拳程度で、形は指輪とかでよく使われるブリリアンカット。
そして宝石の頭の部分には何やら紋章のような模様が掘られていた。
誰かの落とし物だろうか?
こんな綺麗な宝石をカラスに盗られんなよ……持ち主どんだけドジなんだ……。
俺はそう苦笑しつつ、ジッと宝石を見つめる。
……これ売ったら大金が手に入るんじゃね?
いやダメだ! そんなのあまりにもクズ過ぎる!
でも、今の俺は無一文だ。だから宿に泊まる金もない。
だがコレを売ったら、少しくらいはここで生活できるんじゃないか?
そもそも、もしかしたらこの宝石の最初から持ち主がいないんじゃないか?
そうだ、こんな貴重そうな宝石をカラスに取られるなんてドジが居るわけがない。
つまり、コレを売っても問題ないわけだ!
そう結論に至った俺は、早速この宝石を売り飛ばそうとポケットの中に入れ――。
「……アレ? この宝石光ってる?」
さっきまでタダの宝石だったのに、俺の掌の上で淡い光を放ちだした。
だが宝石の光はどんどん強くなっていき、直視できない程眩く光り出す。
どうしようかと、俺は周りに人が居ないか辺りを見渡すと、いつの間にか青空だった空が分厚い雲に覆われていることに気が付いた。
「は? は? は?」
俺は宝石と空を交互に見る。
その間にもいきなり冷たい風が吹き始め、黒い雲からゴロゴロと音が聞こえ始める。
「おいおいおい! コレヤバいんじゃないか!?」
俺は咄嗟に宝石を投げ捨てると、その場から逃げ出した。
角を曲がり、路地裏を抜け、大通りに出る。
道行く人達は、急に荒れ出した空を見上げて驚いている。
俺はその人達の間を掻い潜り、特に誰も追いかけて来ていないのについ後ろを振り返って……。
「!?!?!?!? ふあああああああああああああああああ!?」
いや、追いかけて来ていた。
俺がさっき投げ捨てたあの宝石が。
宝石は光を放ちながら宙に浮き、滑るようにして俺を追いかけて来ていた。
「えええええええええ!? 何コレ何コレ何コレ!? どうなってんのどうなってんのおおおおおおおおお!?」
何で俺石っころに追いかけられてんの!?
というか何で宙に浮いてるの!?
怖い、何このホラー!
「お、おいアレって……!」
「ええ!? 嘘だろ!?」
宝石に追いかけられている俺を見て、街の人達は狼狽えていた。
「だ、誰か! 誰か助け……!」
俺が街の人達に手を伸ばした瞬間。
「だっ!?」
俺の後頭部に硬いものが当たったような衝撃が走った。
おそらく、あの宝石が俺の後頭部にぶつかってきたのだろう。
そしてその瞬間、分厚い雲から見たことがない真っ黒な稲妻が落ち、俺に直撃した。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
こうして俺、月城亮太の二回目の人生は意味が分からないままあっけなく終わったのだった。
………………。
…………。
……。
「……アレ?」
し、死んでない……?
しかもどこも痛くない……。
大通りのど真ん中に身構えたまま突っ立っていた俺は、ゆっくりと視線を上げる。
そして体中をまさぐり、どこにも異常が無いことを確かめると、俺はその場にへなへなと座った。
「こ、怖かったあああああああああああ!」
何だったんだよ何だったんだよ今のは!?
あの黒い雷は一体何だよ!?
何で俺に落ちるんだよ!?
汗でびっしょりな額を腕で拭うと、ふと手元に何か固い感触がした。
「ヒッ!?」
あの黒い宝石が、いつの間にか俺の手元に落ち、淡く光っていた。
……今の、やっぱコレのせいだよな?
そっと指でツンツン突いて異常が無いか確かめていると、その場に居た一人の男性が恐る恐る俺に話し掛けてきた。
「な、なああんた。大丈夫か……?」
「は、はい。大丈夫……みたいですね……」
俺がそういった瞬間、周りに居た人達が騒ぎ始めた。
「う、嘘だろ!? アレを食らって生きてるって事は……!」
「マジかよ……!」
「え!? どういう事!? ちょっと誰か説明してくれ!」
この街の人は、あの黒い雷が何なのか知っているようだ。
俺は状況が理解出来ず、その場の人に説明を求める。
すると俺に話し掛けてくれた男の人が、更に驚いたように言った。
「もしかして、アンタ他所から来た人か!?」
「え? あ、ああ、そうです……」
「それなら今のも分からないって事だよな? 今のは――」
「ああああああーっ!」
男の人の話を遮るようにして後ろから驚いたような声が聞こえた。
振り返ってみてみると、高身長の男がこちらを指さして驚いていた。
少し長めの白髪で整った顔立ち。
まるでどこかの俳優みたいだ。
しかしその男はこの場所には場違いなタキシードを着ていた。
なんなんだコイツと思っていると、白髪の男は俺に近づくと襟首を掴み、俺をガクガクと揺らした。
「あ、貴方ですよねあの宝石に反応したのは!」
「は、反応!?」
男は訳の分からないことを言ってくる。
てか、ソレよりも……。
「あの、もしかして、あの宝石の持ち主……?」
「持ち主ではありませんが、その宝石を管理している者です」
俺がそう訊くと、男はそう首を縦に振った。
「そ、そんなことよりも、ちょっとお話を――」
「何なんだよあの宝石はあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うわあああああああああああああああ! ど、どうしたんですか急に!?」
俺は男の話を遮り、今度は俺が男の襟首を掴んだ。
「どうしたんですかじゃねえよおおおおおおおお! 何なんだよあの宝石はああああああ! 急に光り出したと思ったら、空は荒れ始めるわ宙に浮かんで追いかけてくるわ! お前あの宝石の持ち主なんだろ!? どういうことか説明しろゴラア!」
俺がそう叫びながら男をガクガクと揺らすと、男はパシッと俺の手首を掴んだ。
「す、すみませんが私と一緒に来て貰います!」
「人の質問に答えろ! あと怖いから行かないよ!?」
そう、俺が必死に抵抗していると、男がふと俺の真後ろを見つめた。
「ああ、丁度良いところに! お願いできますか?」
「だ、誰に話して……る……?」
アレ……?
何だ……頭触られてる感触したと思ったら、視界がぼやけて……。
その瞬間、俺の意識が闇に沈んだ。
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