第2話 イサベルの助言
「………………ごくんっ……………うん、美味かった。ごちそうさま」
「おっ、お粗末様でした…………あっ、そう言えば……」
「……ん?」
「さっきは何かを悩んでいるみたいだったけれど……私で良ければ相談に乗るわ」
再び沈黙に戻るのは避けたかったイサベルは部屋に入った時の双魔を思い出して口早に言った。
それを聞いた双魔は一瞬、珍しくキョトンとしたがすぐに照れたように頭を掻いた。
「見られてたか……ん、そうだな……イサベルに聞くのがいいかもしれないか……まあ、その前にお茶を淹れなおすかね。少し待ってくれ」
「ええ、分かったわ」
双魔が立ち上がり、ケトルを置いた机に向かうとイサベルはその隙に広げた弁当を片付ける。一分もしないうちにケトルが二度目の軽快な音を上げた。
双魔は急須の中の茶葉を茶殻入れに捨てると新しく入れ直して湯を注ぐ。
急須を揺らしながらイサベルの隣に戻ってそーっと腰を掛け、並んだ二つのカップに緑茶を注ぎながら話し始めた。
「さて…………さっきの考え事なんだが……ん………」
「…………」
イサベルは双魔の方を向いて言い出すのを待った。顔はまだ少し赤いが相談ごとに乗る真剣モードへの切り替えは済んでいる。
「……その……………………鏡華のことなんだが……」
「……鏡華さん?」
言うのをかなり躊躇っていたため、双魔の相談事に身構えていたイサベルは身近な名前に思わず、きょとんとしてしまった。が、内容はまだ分からない。
「ん……イサベルは鏡華とよく話すだろ?まあ、もしかしたら女同士でしか話せない話もあるかもしれないし……まあ、なんだ?最近、鏡華から何か聞いてないか?いや、内容までは言わなくてもいいんだが……」
双魔は平静を装っているつもりなのかそうでないのかは分からないが、いつも通りの気だるげな表情でそう言った。
されど、口調が何ともしどろもどろなせいでおかしな感じになってしまっている。察するに鏡華のことを気遣うあまりこうなっているのだろう。そう思えば微笑ましい。
しかし、双魔が相談事の内容を言い終えてもイサベルの顔はきょとんとしたままだった。
「……鏡華さんとは昨日もお茶をしたけれど……特に何も言っていなかったわ」
「……そうか……イサベルなら何か知ってるかと思ったんだが……」
双魔はそう言いながら頭を掻いた。ぼさぼさの銀と黒の髪が揺れる。落胆までとはいかずとも残念そうだ。
「何か気になることでもあるのかしら?」
「……ん……いや……そうだな……こう、具体的にどうとは言えないんだが……少し変というか……雰囲気が違うというか……」
「………」
(……特に変わったところはないと思うけれど……双魔君と鏡華さんは付き合いが長いし、双魔君にしか分からないこともあるのかしら?)
ここ最近の鏡華を思い出してみてもイサベルには皆目見当もつかなかった。昨日も一昨日も、それより前を思い浮かべても異常な点はない。
「………そうか……イサベルも分からないか……ティルフィングも左文も何もないって言ってたしな………」
双魔はうんうんと唸りはじめてしまった。やはり、ここまで悩む双魔は珍しい。
一瞬、「気のせいじゃないかしら?」と言いかけたイサベルだったが、ここまで双魔が悩むのだから気のせいではないのだろう。
(……直接力になってあげることはできない、か……でも、背中を押すくらいなら……うん、そうよね!)
イサベルは双魔と恋人になるまで今のような双魔の弱さを目にすることはなかった。機会がなかったのもあるがそれだけではない。双魔がイサベルを信頼し、心を開いているから双魔は隣で唸っているのだろう。
そして、愛する人が困っていれば何かをしてあげたいと思うのが道理だ。
「双魔君」
「……ん?何だ?」
腕を組んで唸っていた双魔がこちらを向いた。イサベルと視線が合う。
「その……鏡華さんには聞いてみたのかしら?」
「……いや、何となく聞きにくくてな……勘違いかもしれないし……」
「それなら鏡華さんに聞いてみればいいと思うのだけれど……」
「……ん……まあ、その通りなんだが……」
「……双魔君?」
「な……なんだ?」
煮え切らない双魔にイサベルも珍しくじれったい気持ちになって、ずいっと顔を近づけた。いつも色々と助言してくれる梓織の気持ちが少しだけ分かったような気がする。
「そこまで悩んでいるのなら本人に聞くのが一番よ。そう言う場を設けて鏡華さんに聞くべきだわ……鏡華さんだって私と同じくらい双魔君のことが……す、好きなのだから……心配してるって正直に伝えれば話してくれるはずよ?もし、本当に何もなかったならそれでいいじゃない!」
「……あ、ああ……そうだな……」
双魔はまたも煮え切らない返事をすると僅かに視線を逸らした。それにイサベルはまたムッとしてしまう。
「双魔君?どうして目を逸らすのかしら?本当に分かったの?」
「……ん……ちゃんと鏡華に話は聞いてみる……が……」
「が?何かしら?」
「……イサベル……近いぞ……その……な?」
「……っ!?……ご、ごめんなさい!!」
双魔の言わんとすることを瞬時に理解したイサベルはさっと身を引いた。少し動けば互いの唇に触れてしまうほど二人の距離は縮まっていたのだ。
紅い潮が一度引いた二人の顔は再び潮で満ちていた。身体が一気に熱くなり、イサベルはパタパタと両手で顔を扇ぎ、双魔は恥ずかしさを誤魔化すためにこめかみを刺激した。
「と、兎に角……分かってもらえたなら良かったわ……」
「……ん、俺もイサベルに相談してよかったよ……お蔭で踏ん切りがついたからな」
ピコンッ!
その時だった。イサベルの内ポケットからスマートフォンの通知音が鳴った。それを聞いたイサベルが時計を見る。
「いけない!もう戻る時間だわ!双魔君、ごめんなさい!」
「ん、昼飯ごちそうさん。美味かった。後でまた連絡する」
「ええ、待ってるわ!」
バタンッ!……バサバサバサッ!
イサベルはテーブルの上のバスケットを持つとローブを羽織り慌ただしく準備室から出ていった。扉が勢いよく閉まった余波で適当に積んでおいた書類が床に落ちる。
「っと……少し片づけるかね……よっこらせっ……っと……」
双魔はゆるりと立ち上がると落ちた紙を一枚一枚拾っていく。
『鏡華さんだって私と同じくらい双魔君のことが……す、好きなのだから……心配してるって正直に伝えれば話してくれるはずよ?』
一人になった準備室に少し寂しさを感じるとイサベルの言葉が甦った。
「……俺は幸せ者だな…………それと、もう少し素直になった方がいいのかもしれないな……」
苦笑を浮かべ、紙束を手に仕事机に戻る。悩みの種は残ったままだが活路は見えた。愛しい人のために愛しい人が力を貸してくれる。大きな幸せを胸に午後は過ぎていく。
今度はその手が止まることはなかった。
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