第13話 同志の決意
「ち、ちょっとぉ!?一般人の水無瀬さんがSランクモンスターと戦ってる現場に来ちゃったらホントに危ないよ!それはもっとマズいって!」
これにはさすがに荒木田さんも反対してくれるかと思ったら、なんか顎に手を当てて難しい顔をしている。そこ悩むところじゃなくない?
「たしかに、本来なら一般市民を現場に動員するべきではありません。ですが、今は少しでも早く動画を配信する必要がある。水無瀬さん自身が希望してくれるというのなら、特例扱いで申し出を受け入れることはできます」
うーん、時間が惜しいのは分からないでもない。水無瀬さんが撮影してくれたら、アドバイスを受ける手間も省けるからすぐにでも配信ができる。その時短でより多くの人が助かるかもしれない。目的の達成だけを優先するならそうした方がいい。
「でも、水無瀬さんに万が一のことがあったらどうするの?」
そのリスクを無視するのは人命軽視に他ならない。私は荒木田さんの目をじっと見つめて反応を待った。
「万が一は起こさせません。自分が責任を持って守ります」
荒木田さんはいつもと変わらない口調であっさりそう言い切る。その言葉の奥には圧倒的な自信が見て取れた。
彼のプライムアビリティの凄さは一緒に戦ってきた私が一番よく知ってる。だから私も全幅の信頼を持って命を預けてきた。その荒木田さんが安全を保証している。それを疑う根拠を私は持ち合わせていなかった。
「はあ、荒木田さんがそこまで言うならこれ以上は止めないよ。でも、もしものことがあったら許さないから」
もちろん信じてないわけじゃないけど、絶対はあり得ないのがダンジョンという場所だ。一応強めに念を押してみる。
「心配せずとも、約束は守ります」
荒木田さんは動じない。さすが、昔私たちのいたパーティでメンバーを誰一人死なせなかっただけはある。まあ、私も一緒にいるんだし。さすがに杞憂ですむだろうとは思う。
「じゃあ、決まりですね!」
水無瀬さんが明るい調子で声を上げる。危険な現場に直接関わるというのに彼女は妙に乗り気だ。サラマンドラに襲われて怖い目に遭っているはずなのに、一体どうしたのだろうか?
その真意を確認する間もなく、荒木田さんが議論を進めようとする。
「では、改善案はこんなところでしょうか」
荒木田さんの確認に少し考え込んでから、水無瀬さんが両の手のひらを胸の前で合わせた。
「ここまで来たら、いっそコラボ形式にしてしまいませんか?配信への入り口は多い方がいいです。わたしとダンジョン管理局のコラボという形であらかじめ宣伝しておけば、初動が安定して拡散力も高まること間違いなしです!」
コラボ配信……。まさかこの前断ったはずの言葉をまた聞くことになるなんて。
「コラボ配信、ですか。配信の種類については詳しくないので、そこは水無瀬さんにお任せしましょうか」
荒木田さんはもう完全に一任してしまうスタンスだ。でも、私もその提案を否定する理由を見つけることができない。
「はい!いい感じに下準備しておきますね」
とんとん拍子に話が進み、なんか気が付いたら随分大事になってしまってる気がする。
水無瀬さんを守りつつ、Sランクモンスターと戦う。それも生放送のカメラに撮られながらだ。喋るのは実況役の水無瀬さんが大部分を担ってくれそうなのが唯一の救いだけど、それでもプレッシャーは半端じゃない。
「おかげさまでだいぶ話はまとまりました。では、配信はいつ頃にしましょうか」
メモを取る手を止めて、荒木田さんが質問を投げる。すると、水無瀬さんがすかさず笑顔で応じた。
「早い方が良いんですよね。なら、明日の夜に決行しましょう!」
ええぇぇぇええ!?早い方がいいのはそうだけどさあ。
まだ心の準備全然できてないよぉ!
「それは助かります。では明日で決定ですね」
うん。荒木田さんはそう言うよね。多数決で勝てない私は、ただただ沈黙するしかなかった。
こうして、人生初の生配信出演が翌日に確定してしまったのだった。
その後は簡単な当日の打ち合わせをして、事務所を出た。
家の方向が同じだから水無瀬さんと一緒に帰ることになったけど、なにを話せばいいか分からない。
「灰戸さんからのお願い、なんだろうと思ったらすごい話になっちゃったね。でも、明日はわたしも足を引っ張らないように頑張るよ!」
そんな私の思いとは関係なく、水無瀬さんは興奮気味に語る。
そこでふと、さっき気になっていたことが再び脳裏に去来した。思い切って水無瀬さんに聞いてみよう。
「水無瀬さん、どうして撮影役をやるなんて言い出したの?私たちがそばにいるけど、危ないことには変わりないんだよ?」
すると、水無瀬さんは薄く微笑んでポツリと呟いた。
「それはね。灰戸さんがわたしを助けてくれたから、かな」
「え、えっと。それってどういう……」
水無瀬さんはどこか遠くを眺めるように空を見上げた。
「灰戸さんたちは、わたしみたいにSランクモンスターに襲われる人を出さないために動こうとしてるわけでしょ?しかも、その方法が動画配信だって聞いて思ったの。それなら、わたしも手伝える。灰戸さんがそうしてくれたみたいに、誰かを助けてあげられるかもって」
水無瀬さんはこちらを向くと、私の目を真っすぐ見た。
「わたし、灰戸さんみたいになりたいんだ。わたしを救ってくれたあなたみたいに」
彼女の星空みたいに綺麗な瞳に目を奪われて、私は言葉を失ってしまった。
「あ、そうだ。明日のコラボの準備しなといけないから、早く帰らなきゃ」
私がなにも言えずにいると、水無瀬さんは思い出したようにそう言って駆け出し、クルリとこちらを振り返った。
「わたし走って帰るね。じゃあ、アキちゃん。明日の本番頑張ろうね!」
「え、あ。うん。また明日……」
絞り出した返事にひらりと手を振り返すと、そのまま水無瀬さんは走って行ってしまった。
彼女の勢いに呆気にとられて、その場に立ち尽くしてしまう。
「ア、アキちゃんって呼ばれちゃった」
普段下の名前で呼ばれることがないから、なんかとてもこそばゆい。でも、不思議と悪い気はしなかった。
なんだかポカポカした気分に包まれながら、再び歩き出す。
そして、さっきの彼女の言葉を反芻する。
「……わたしみたいになりたい、か」
大人気配信者で、たくさんの人の憧れの的である彼女が私のことをそんな風に見ていたなんて。嬉しいような恥ずかしいような。なんだか変な感じ。
水無瀬さんを助けた時はただただ夢中だった。でも、私の行動で色んな事が変わったんだ。水無瀬さんは助かったし、彼女自身も人助けのために体を張ろうとしてくれている。
そして、この配信が上手くいけばもっとたくさんの人が救われるんだ。
緊張なんかで失敗に終わらせるわけにはいかない。
「よし。明日の配信、絶対成功させるぞっ!」
私もまた、明日への決意を固めつつ帰路につくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます