第10話 決断の時

「はあ、はあ、はあ……」


 2体目のサイクロプスを倒した後、私はまさかと思って36階層をしばらく探索してみることにした。こんなに早く同じ種族の魔物が再出現するということは、他にもたくさん潜んでいるかもしれないと思ったから。


 そして、私の予想は残念なことに的中した。1時間もしないうちにSランクモンスターを3体も見つけてしまった。内訳はサイクロプス1体にサラマンドラ2体。遭遇した以上放置はできないからすべて始末したけど、さすがに体力の消耗は激しかった。


「こんな頻度でSランクモンスターが出るなんて。下層ほどじゃないにしても、これじゃあいくら倒してもきりがない」


 下層に潜って原因を突き止めるつもりだったけど、一旦引き上げた方がよさそうだ。たぶん下に行けば行くほど、Sランクモンスターとの遭遇確率も上がるのは想像に難くない。


 以前は中層に出る魔物がAランク以下だったから、下層への道のりはさほど苦じゃなかった。


 でも今は36階層からすでに下層に劣らない攻略難易度になってる。ここから十数階潜って行くのは、かなり骨が折れるだろう。

 

「こうなると、1人で原因を探るのは難しいかも」


 ダンジョンの出口に向かいながら、息を整えつつ考える。

 動画に出たくない一心で、それ以外の解決法を考えてたけど。もう、そんなことを言っていられる状況じゃないのかもしれない。


 下層に辿り着くだけなら私だけでも不可能じゃないと思う。でもそこからさらにその場に留まって原因を探るとなると、1人ではさすがに荷が重すぎる。


 それに、帰り道の危険が増しているのも厄介だ。体力の管理を誤れば、あっけなくやられてしまう可能性だってある。


「ダメだ。考えれば考えるほど私の手には負えないじゃんこれ」


 しかも、高難易度になったダンジョンに潜って原因を取り除くとなると時間がかかるのは明白だ。その間、中層のSランクモンスターをそのままにしておけば、誰かが襲われるのは避けられない。


 すぐにダンジョンを封鎖するか、注意喚起して探索を控えてもらわないと大変なことになる。結局、私が配信に出るか断るかの2択に戻ってきてしまった。


「はあ、頭が回らない。一旦家に帰って頭を冷やそう」


 私はひとまず帰路を急ぐことにした。



 -----



 自宅に着くころには、辺りはもう真っ暗だった。


 まずはお風呂に入って汗と汚れを洗い落とす。

 リビングで髪を乾かして、まったり過ごしているとお母さんの声がキッチンから聞こえてくる。


「ご飯できたわよ」


 食卓に向かうと、お母さんの手作りハンバーグが目に入ってきた。おいしそう。疲れも相まって食欲が一気に刺激される。


「いただきまーす」

 

 ハンバーグを思い切り頬張り、ご飯をかきこむ。うーん、絶品だ。

 キレイに食事を食べきり、手を合わせてお母さんに感謝する。

 

「ごちそうさまでした。……ふわぁあ」


 満腹になったことで思わず欠伸が出てしまう。

 眠気に従い自室に引っ込んでベッドに飛び込んだ。


 仰向けに寝そべり、しばし天井を見上げる。

 もう眠ってしまいたい。でも、そういうわけにもいかない。


 たっぷり休んで、たくさん食べた。

 頭に栄養も回ったし、寝る前に結論を出さないと。


 眼を閉じて、情報を整理する。

 すると、休息が効いて冷静になれたのか、ふとある考えが浮かんできた。

 

「よく考えたら、別に私が事件に関わる必要ってないのか」


 荒木田さんの依頼だって断ればそれまでだし。ダンジョンの異常だって私に解決する義務はない。


 私がなにもしなければ、誰かがなんとかしてくれる。


「そうだよ。私がこんなに悩まなくても、投げ出しちゃえばいいんだ」


 そう口に出してみて、でもやっぱり納得できない自分がいた。

 今日ダンジョンに行って分かったけど、探索に行く人たちの数はどんどん増えているみたいだった。


 ダンジョンが封鎖されたらどんなトラブルが起きるか想像もできない。私が逃げたら、数えきれないほどの人が巻き込まれて不幸な目に遭うんだ。


 そして、私だけがそれを止められるかもしれない。そういう立場に立っている。


「配信なんて恥ずかしくて絶対やりたくない。でも……」


 ここで全て放棄したら、私は一生その決断を恥じて生きていくことになるだろう。そんなのは嫌だ。そう思った。


「はあ……、決めた」


 ゆっくりと目を開ける。

 私は跳ね起きてスマホを手に取った。


 電話をかけてスマホを耳に当てる。ワンコールで繋がり、荒木田さんの声が聞こえてきた。


「はい。こちらダンジョン管理局の荒木田です。ご用件はなんでしょうか?」


 完全に仕事モードな荒木田さんの口調に思わず困惑してしまう。


「ちょっと、冗談はやめてよ。私の名前見えてるでしょ?この前の依頼の返事をしたいんだけど」


「失礼。驚いてつい普段のフレーズが出てしまいました。まさかあなたから連絡が来るとは思ってなかったので」


「なにそれ。連絡待ってるって言ってなかったっけ?」


 そんなに期待されてなかったのか。なんかそれはそれでちょっと不服かもしれない。


「まあ、こんな依頼ふつうなら断って当然の内容ですし。人見知りの灰戸さんなら、なおさらと思ってましたから。ああ。一応確認ですが、この番号にかけたということは、気が変わったということで合ってますか?」


 荒木田さんの問いに、すうっと大きく息を吸って覚悟を決める。


「うん。配信の依頼、引き受けるよ。気は乗らないけどさ」


「……そうですか。ご協力感謝します。早速ですが、計画について少々打ち合わせをしたいですね。しばらくお時間いいですか?」


「いいよ。こっちも、話したいことあるし」


 これでもう後戻りはできない。後は全力投球してさっさと終わらせるだけだ。

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