第5話 沸き立つ教室
彼女の声が響いた途端、教室にいた生徒たちがすぐさまざわめきだした。
「えっ、水無瀬さんだ!なんでウチの教室来てるの!?」
「ヤベー、やっぱかわいいよなー」
「俺、声かけてみよっかなぁ」
「やめとけよ、絶対相手にされないって」
彼女が現れたことで場の空気が一変する。色素の薄い明るい色をした
前会った時と違って学生服を着ているせいか、より一層彼女の可憐さが際立っているように見えた。
彼女はクラスメイトたちの視線を一身に受けながらも、それを全く意に介していない。私の顔をじっと見て、両手を合わせニコリと笑う。
「連絡先を聞けなかったから、もう会えないんじゃないかと思ってたけど。まさか同じ学校の生徒さんだったなんてビックリ!すごい偶然ですよね!」
喜びを隠さず朗らかに話す彼女を前に、私は言葉を失っていた。
動画の件だけでも頭がいっぱいだったのに、もうどうしたらいいかまったく分かんない。いっぺんに色んな事が起こりすぎだって!勘弁してよぉ。
私が硬直してなにも言えずにいると、彼女はしまったといった感じで口元に手を当てた。
「あ、そういえばまだ自己紹介もしてなかったよね。わたし、水無瀬しずくって言います。このたびは、サラマンドラを倒してくれて本当にありがとうございました!」
水無瀬さんは、そう言ってぺこりと綺麗なお辞儀を披露した。
突然丁寧にお礼を言われて、私もついつい反射的に返事をしてしまう。
「あっ、いえっ!そんなにかしこまらなくてもっ!ぶっ、無事でなによりですぅ」
そこまで口に出して、ハッとする。今のやりとりって、もしかして聞かれたらマズいやつなのでは?
おそるおそる目だけ動かして辺りを伺う。ヤバイ。思った通り、すでに周りのクラスメイトたちはどよめき出していた。
「今の聞いた?」
「サラマンドラ倒してくれてありがとうだってさ」
「っていうか。灰戸さん否定しなかったよな」
「じゃあ、やっぱりあの動画本物ってこと!?」
あ。終わった。一瞬でこの場の全員に真実がバレてしまった。
周囲の会話が瞬く間に盛り上がっていく。この熱気がすべて私に向かうのは、もう火を見るより明らかだ。絶望のあまり、全身から力が抜けてしまう。
私の心境を知る由もない水無瀬さんは、変わらず明るい調子で続ける。
「はいっ。おかげさまで怪我もほとんどなかったんですよ。本当に、言葉だけでは感謝しきれません。なので、今度改めてお礼をさせてもらおうと思ってるんです。今日は、とりあえず挨拶だけでもしたくて……」
彼女は言いながら、チラリと時計に目をやった。
「あっ、もう休み時間が終わりそう。そろそろ戻らなきゃ。じゃあ、灰戸さんまたね!」
水無瀬さんはとびっきりの笑顔を残して、パタパタと教室を出て行った。
彼女の後姿が見えなくなり、教室は落ち着きを取り戻す。訳はなかった。水無瀬さんに注目していたクラスメイトたちが、次の瞬間には一斉にぐるりとこちらを向く。
ひいいぃい!で、ですよねぇ!
「灰戸さん、やっぱサラマンドラ倒したの!?」
「どうやってやっつけたのか教えてよ!」
「ってか、探索者やってたんだ。そこからして意外だよねー」
「水無瀬さんの命の恩人なんてスゴ!」
怒涛の様に質問や称賛が飛び交う。言葉の洪水に飲まれて目がグルグル回る。受け答えなんてとてもじゃないけど無理。陰キャの私には荷が重すぎるよぉ。
「はい、ストップ!休み時間終わるよ!みんな解散っ!」
またしても、倉橋さんがみんなを止めてくれた。今日は助けてもらってばっかりだ。本当にありがたすぎる。
その後の授業は全く頭に入って来なかった。
というのも、休み時間になるたび入れ替わり立ち代わりクラスメイトたちが質問に来るから、授業に精神力なんて使っていられなかったのだ。
人がはけて解放されたのはその日の放課後になってからだった。
「つ、つかれたぁ」
うう、ちょっと寿命縮んだかも。
「灰戸さん、ホントに今日は大変だったね」
倉橋さんが労りの言葉をかけてくれる。彼女の協力のお陰で、数人ずつ質問を受け付ける形を取れた。それでも私にとってはとてつもない苦行だったけど、それはそれとしてとても助かった。
「倉橋さん、色々手伝ってくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。委員長だからこれくらい当然だし」
倉橋さんは力こぶを作って、誇らしげに笑った。
「それにしても、灰戸さんがサラマンドラを倒せる探索者だったなんてやっぱりビックリだなぁ。うん。すごいことだと思う」
「い、いやいや、そんなに大したものじゃないよ」
急に褒められてついつい謙遜の言葉がでる。
「大したものだよ!私、ダンジョン配信たまに観るけど、Sランクが出るような深い場所まで行ってる人なんて見たことないもん」
「そ、そうかな……」
力強い肯定の言葉に、思わず照れてしまう。
「うん。みんな言ってたけど、正直私も灰戸さんがダンジョン配信やったら人気出るだろうなって思っちゃったし」
「うっ……、ダンジョン配信」
なにげない会話の中で、不意に心に突き刺さる言葉が現れた。
そう、Sランクを倒せる探索者だからと、私のダンジョン配信を見たがる人がかなりの割合でいたのだ。
人と喋るのも下手くそな私が配信なんてできっこないし、もちろんやりたくもない。よって、丁重にお断りしたんだけど結構みんなしつこく勧めてくるのでだいぶ参ってしまっていた。
「だっ、断固拒否権を行使しますっ!」
私の唐突な決意宣言を聞いて、倉橋さんはおかしそうに笑った。
「あははっ、そうだね。そうした方が良いと思う。嫌なことは嫌だってちゃんと言わないとね」
こうして、波乱の月曜日は一旦幕を閉じた。
クラスのみんなに正体はバレてしまったけど、一通り対応したしきっとこれ以上私が注目されることはないだろう。後は、大人しくしてネット上の盛り上がりが落ち着くのを待つだけ。
「ああ、はやく戻って来て、私の日常」
しかし、すでに思いもよらない場所で新たな騒乱の火種が燻っていたなんて、この時の私は微塵も想像もしていなかった。
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