第4話 集まる注目

 一週間の始まりを告げる月曜日。気配を消して過ごす日々の再開にちょっぴり憂鬱になりながら、私は教室の扉をくぐった。


 そこはいつもと変わらない朝の教室、のはずだった。ところが、ふとなにげなく目線を上げた瞬間、私は戦慄した。一瞬で背筋が寒くなる。


 なぜなら、教室中のクラスメイトの視線がすべてこちらを向いていたからだ。


 えっ。えっと、私の後ろを見ているのかな?


 そう、これはよくある勘違い。自意識過剰なのだ。私に注目が集まることなんてありえないことなんだから。


 きっと別のなにかを見ているに違いない。そう思って、後ろを振り返ってみる。しかし、私の背後にはなにもないし、誰もいなかった。


 ビクビクしながら改めて教室を見回す。みんな私を見ながら、近くの人となにやらひそひそ小声で話しているみたいだ。


 なにがなにやら分からず、その場に立ち尽くしていると、一番近くにいた男子たちが近寄って来た。な、なになに!?なんなのっ?

 

 ビックリして後退る私に男子たちはフランクに、しかしなんだか興奮したような調子で話しかけてきた。


「なあなあ、例の動画に映ってるのって、灰戸さんだよね?」

「バカ、それじゃ伝わんないだろ。サラマンドラの動画って言わないと」

「あれって、マジなの?それともやっぱ作り物なん?」


 畳み掛けるような質問攻めに、頭が真っ白になる。

 例の動画ってなに?サラマンドラ?作り物?


 なにを言ったらいいか分からず、アワアワしているとそこに1人の女子が割り込んできた。


「3人ともストップ!灰戸さん、困ってるじゃない!」


 この声、倉橋さんだ。見ると男子たちの前に立ちふさがり、両手を広げて制止してくれている。


「えー?でもさ、委員長だって気になるだろ?」


 なおも食い下がろうとしている男子に向かって、倉橋さんは断固として対抗する。


「それとこれは話が別です。もうすぐホームルームなので、はやく席についてくださいっ!」


「ちぇっ、分かりましたー」


 男子たちは面白くなさそうにしながらも、倉橋さんの言葉に従って各々の席へ戻っていった。ついでに他のクラスメイト達も席につき始めて、ようやく大量の視線から解放される。


「く、倉橋さん、ありがとうございますっ!」


 思わず泣き出しそうになりながら、思いっきり頭を下げる。


「どういたしまして。さ、ホームルーム始まるよ」


 倉橋さんは笑顔でそう言ってひらりと手を振った。いつもお誘いを断ってる私なんかのために、ここまで良くしてくれるなんて。やっぱり、いい人だあ。

 倉橋さんの優しさを噛み締めながら、私は最後列の自分の席に向かった。


 それからすぐホームルームが始まり、何事もなかったかのように授業が開始される。もちろん、授業中にこっちを見たりするような人はいなかったけど、なんだか教室全体の空気がいつもと違うように感じられた。

 

 私、自分でも知らない間になにかしでかしてしまったんだろうか。そんなことはないと思いたいけど……。


 そうして漠然とした不安感にさいなまれながら過ごしている内に、あっという間に時間が過ぎ、休み時間に突入した。また誰かに問い詰められるのではと身構えてしまう。


 すると、そんな私の気持ちを察してか、真っ先に倉橋さんが声をかけてきてくれた。


「灰戸さん、少しいいかな?」


「はっ、はいっ!」


 私は背筋をピンと伸ばして大きく首肯した。


「あはは、そんなに固くならなくても大丈夫だよ。さっきの男子たちも別に悪気があったわけじゃないの。ただ、灰戸さんが有名人になっちゃったものだから、みんな話を聞きたいだけなのよ」

 

「えっ、有名人?わ、私が?」


 それは一体どういうことだろう。わけが分からず首を傾げていると、倉橋さんは不思議そうな表情をして顎の下に手を当てた。


「え?うん。灰戸さんが映ってる動画がネットで話題になってるんだけど……。あれ?もしかして、知らなかった?」


「な、なんのことかさっぱり……」


 正直に答えると倉橋さんは驚いたような顔をして、スマホを取り出し操作を始めた。


「そうなんだ。じゃあ、別人ってことなのかな。でも、私には灰戸さんにしか見えなかったんだけど……、あった。この動画。ホントに身に覚えない?」


 そう言って差し出されたスマホに映し出された映像を見て、私は椅子から転げ落ちそうになる。


 そこに映っていたのは、なんとサラマンドラを瞬殺する私の姿だった。

 

 え、なんで?もしかしなくても、これってこの前のやつだよね。どうして映像が残ってるの!?ていうか、今ネットで話題って言ってた?こんなにばっちり私の顔が映ってて、声も入ってる動画が!?


 あまりの衝撃に、しばらく画面に釘付けになってしまう。すると、倉橋さんが補足するように言葉を続けた。


「ちなみにこれの元動画、水無瀬しずくの生配信なんだけどさ。映像が途中で不自然に飛んでるから、真偽を巡ってネット上で大論争になったの。そのせいで大バズりして、トレンド1位にもなっちゃって。クラスのみんなもビックリだったと思うよ。だって映ってるのどう見ても灰戸さんの顔だし」


 多すぎる情報量に頭がパンクしそうになる。


 ちょっと待って欲しい。トレンド1位ってことは、つまり日本中の人がこれを見てるってことだよね。「今あいつを倒してくるから」。動画の中の私がこっちを向いてそう語りかけるのを見て、沸騰しそうなくらいに顔が熱くなる。はっ、恥ずかしいぃいい!


 そうやって画面を見たまま呆けていると、倉橋さんが私の顔の前で手をひらひらと振った。


「灰戸さん?なんかぼーっとしちゃってるけど、大丈夫?」


「ひゃっ、ひゃいっ!だだだ、だいじょぶですっ」


 平静を装おうとするも、舌が回らず噛み噛みになってしまう。


「それで、ここに映ってるのって結局、灰戸さんなの?」


 私の心臓がドクンと跳ねる。ここで認めてしまったら、絶対また色々聞かれて注目の的になっちゃう。嘘も方便。背に腹は代えられぬ。上手くごまかす自信は全然ないけど、とにかく本当のことは隠さないと!


「っすぅーーーっ、えっと、そのぉ。ち、違う人じゃないかな!」


 盛大にきょどる私を見て、倉橋さんは少し怪しそうに目を細める。


「そう、なんだ。まあ、他人の空似ってこともある、かなぁ?」


 明らかに納得していなさそうだけど、私がうっかり認めさえしなければそれ以上追及はされないはず。大丈夫よ。おちつけ、私。とにかく黙していればいいだけなんだから。


 ところが、そんな私の思惑はすぐさま打ち砕かれてしまう。


 唐突に、ガラッと音を立てて教室のドアが開き、1人の女子生徒が現れた。

 見覚えのあるその女子と視線がぶつかる。瞬間、彼女は満開の笑顔を見せてこちらに歩み寄ってきた。

 

「灰戸亜紀さん、ですよね!良かった、また会えましたね!」


 微笑みながらそう言って私の前に立ったのは、あの日サラマンドラに襲われていた少女、その人だった。

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