アーシャと真実を語る女性

「調べてほしいことがあって探偵や情報屋を調べていたら、とある情報屋が面白いことを口にしたんだ。」


そう言った彼はこちらの出方を疑っているような視線を送ってきた。


(腹の探り合いは苦手なんだけどなぁ)


この手合いの相手は同じ仕事場の先輩がやってくれていたのでどう反応したらいいのか困ってしまう。取りあえず話を聞く姿勢だけは取っておこう。


「面白いとはどのような? 」


「『真実を語る女性』と言っていた。話によるとその女性が話した空想が真実になるそうだ。」


「それは凄いですね。どの様なトリックが使われているのでしょうか。」


白を切る態度にリックはトントンと机を叩き出した。腹の探り合いをし始めたのはあっちなのに彼の方が根負けをしてしまっているように見えた。


「自分から始めた事でしょうに。」


そう言うと自分のしている事にようやく気が付いたのかばつが悪そうにこちらを見ていた。


「すまない。いつもの癖で話してしまっていたがそれ以上に焦っているみたいだ。」


「いえ、お気になさらず。私もこのような話し方は苦手なので辞めていただけると助かります。」


そう言って私は息を深くはいて姿勢を正した。


「情報屋が話した『真実を話す女性』は私で間違いないと思います。」


御大層な二つ名をつけられているけどきちんとした理由がある。


「私は人の話を聞いたり状況を見て妄想する悪癖があります。」


そう言うとリックはきょとんとしていた表情を浮かべていた。


「妄想は決して悪癖ではないと思うのだけど。」


「どんな不謹慎な事でも妄想してしまう事と、妄想を一度してしまえば何故そう思ったのかそこから生まれる矛盾を自分の中で落とし込むまで考えてしまうので。」


そう言って成程とリックは納得したようだった。


「君の直観で感じた事の違和感を全て消していったら自ずと真実に近づくということか。」


「最初はお話を聞いて思ったことを口に出しただけでした。しかしながら皆の話を聞いていく内にこちらに来る人が多くなってきました。」


無償で助けてくれる人が居ればこれほど便利な人はいないと沢山の人が悩みを持ってくることは火を見るよりも明らかな事実だった。


「だから『頼み事』に金額的な価値をつけて客をふるいにかけたと?」


「私は善人ではございませんので。」


そう言うと彼は少し不機嫌な顔をしたかと思うと直ぐに悲しみの表情を浮かべて私の手を握りしめた。


「えっ ?! 何をしてるんですか!? 」


「困ったな。君以上の善良な女性は見た事が無いのだけど……。」


彼の顔が近くなってきて思わず下を向くと彼の綺麗な手が私の手を包み込んでいるのが嫌でも目に入った。


(どちらを見てもドキドキして目のやり場がないわ!)


そう思っているとクスクスと笑い声がして私の手から熱が消えていった。

彼の何が琴線に触れたのか分からないけど揶揄われたのだと分かると途端に恥ずかしくなった。


(私がこの人の言動に挙動不審になってしまうのを分かった上でやっているのだから質が悪いわ)


先程の彼の言動で顔が赤くなっているのにだって彼は分かっているだろうけど、冷静な振りをして話を戻しますがと説明を続けた。


「貴方を見て感じた『背中を切りつけられて転びながらも私の家に着いた男性』という妄想から始まって結果的に一晩軟禁してしまったのも、違和感を全て取ったら『頼みごとをしに来た不審者』になりましたので。」


違和感や矛盾が沢山出てきたので恐らく最初から気が付いてもらう為にした事だと思われる。その証拠に私に軟禁された時から焦っている様子は見られなかったから。


「一体いつから気が付いていた? 」


「貴方とシチューを食べている時には可笑しいなと思ってはいました。」


そう言うと顔を顰めていた。まぁ、言わんとしている事は分からない訳では無い。


「殆ど最初からじゃないか。俺が言うのも変な話だけど良く平然と部屋を用意したな。」


「不審者だと思ったからあの部屋を用意したんですよ。」


そう言うと彼はまた驚いたような表情をした。


「あの部屋は元から鍵は付いてない部屋でした。職業柄色んな人と接する機会がありますがたまにいるんですよね。」


「君に暴力を振るう様な人が?」


「いえ、結構な罪を犯した人が。あの部屋は万が一の場合に騎士団に来ていただくための時間稼ぎの部屋なんです。」


この家の一番奥にある部屋は元々は物置部屋だったけれど、頼み事を聞くことが多くなってきた時に作った部屋だった。


「私にもしもの事があった場合には動いてくれる騎士団の方が居るんです。その為に『頼み事』と聞いて借りを作っているんです。」


「随分と強かだな。」


「自分を守れる術が少ないので。貴方だって戸籍の無い孤児を探すのはさぞ大変だったと思います。」


正攻法で私を見つけるのは困難だった筈だ。真実を語る女性を探しているという事は事件を解決できる『探偵』を探していた筈だから。


此処アロンドは貿易が盛んな分人の出入りも多い。火遊びをして子供が出来るなんて珍しくないし、孤児院に置いていくのだって珍しくなんてないのだ。


「確かに戸籍が無い分探すのは困難だったが、君の言葉からは卑下しているように感じるんだが俺の気のせいか?」


「私は事実を言ったまでです。新聞記者の孤児だとたどり着くのに時間がかかったのでしょう?」


「新聞記者?」


あ、これは私の本職を知らないな。


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