第10話 城塞都市クシナガラ

和睦の使者が帰ってしばらくすると、マガト軍の陣営は荒れた。

和平派と徹底抗戦派で巻き起こった論争はたちまち陣営中に広まった。


国王と直属の軍団は徹底抗戦を主張した。

魔王軍の要求がマガト王国の滅亡なのだから、戦う他ない。


しかし、各地から招集された諸侯達にそこまでの戦意はない。

王都への魔王軍の進路に当たらない領主達にとってみれば、わざわざ恐ろしい魔王とぶつかりたくもない。

北方の諸侯達はもっと露骨にマガト王を非難するものもあった。




そんなマガト軍を尻目に、俺たちは陣営に戻り軍議を開いた。

軍議と言っても、リザードマンの軍は、リザードン王も将軍も参謀も、みんな突撃しようと言うばかりの脳筋たちだ。


敵軍は数万の大軍、対してこちらは3千しかいないのだから、まともにぶつかっても負けるだけだ。



「そういえば、竜王様から軍略を授かっていたのでした。」


リザードン王はそう言って懐からメモを取り出した。

国を出陣する前にフジイ竜王と”竜族通信”をしていたのだという。

竜族の7つの秘宝を使って、世界中と交信ができるらしい。便利だ。


「リザード軍の強みは機動力だ。あと脳筋だから話は聞くな。ガンバ!」


メモにはそう書いてあった。

よく分からなかったが、リザード軍の機動力をいかせということだろう。



マガト軍がどういう動きをとるか分からないが、敵の真正面でほいほいと川を渡ることはない。


川岸に300名の部隊を残して、リザード軍の本隊は森の中へと後退させた。

残した部隊には、敵兵が投降してきた場合の対処を任せる。

もしマガト軍が川を渡り攻勢に出るようなら、早々に撤退するか本隊に合流させればいい。



敵軍には対岸にとどまっているように思わせておいて、リザード軍本隊は森の中を川の上流に向けて進軍した。

マガト軍の正面を避けて渡河し、マガト王国領に侵入する。



ここからは、王国内を巡りながら反国王派の諸侯を調略してまわることにした。

国境沿いにいるマガト王国軍は、魔王軍本隊への備えのために動かせないだろうから、その間に背後で好きにさせてもらおう。

敵地で包囲されそうになってもリザード軍なら飛んで逃げられるし。

川を渡る時にも、俺は抱えて飛んでもらった。



そうして、俺たちはマガト王国領の東部を北上していった。

村や街を訪れる度に、魔王様の作った布告を掲げた。


『裏切りのマガト王を討伐する。勇者の軍にくだるべし。従わぬ町は、後にやってくる魔王様の大軍に蹂躙されるものと思え。』


こんな感じだ。


ナンダ国境沿いの町や諸侯は、既にナンダ王国が魔王の手に落ち、王族が全て処刑された事が伝わっていたため、割とすんなりと従った。




北部の城塞都市クシナガラでのこと。

領主のメナンドロスとの交渉を首尾よく終え、リザード軍は進路を西に進んだ。

そして、数日進軍した先の草原で、突如マガト軍と遭遇した。


斥候によると、10km程先に既に布陣しているという。

周辺も索敵させたところ、森の中や丘の死角にも伏兵がいるようで、軍の全容はつかめない。


国内で扇動されるのに腹を据えかねたのだろう。

俺たちの進路に先回りして潰すことにしたようだ。


さらに後方からもマガト軍が迫っていると報告が入った。

兵数はおよそ1万。

後方ということは、先日交渉したメナンドロスの軍だろう。

魔王軍に下ると約束した舌の根も乾かないうちにまた裏切りだ。

不意打ちで挟撃して確実に仕留める作戦なのだろう。


「奴ら。また裏切りとは許せませんな!

こうなったからには、奴らの町を破壊し尽くして思い知らせてやりましょう!」


リザードン王が息巻くと、幕僚達も頷いている。


「我らが軍は包囲網も城壁も飛んでかわせます。奴らのこのこと出陣してきたからには、町の守備は手薄でしょう。今ならたやすく占領できます。」


リザードン王も将軍も目をキラキラ輝かせて俺を見ていた。

出陣して以来一ヶ月、大きな戦闘もないままきていたので、早く戦いたくてウズウズしているのだ。

ここは、彼らの意見を採用してもいいかもしれない。


「よし、じゃあクシナガラの町を占領しよう。町民はむやみに攻撃しないように。」


俺の号令一下、リザード軍は空へと舞い上がった。


「ヨッシャー突撃ィー!」


リザードン王も俺をヒョイと抱えると、空中へ飛び上がった。

グングンと上昇しながら東へと戻り、クシナガラの町を目指す。


途中、メナンドロスの軍を飛び越して行ったが、皆目を丸くして驚いていた。

中には弓を引いて攻撃するものもいたがとても届かない。


速攻でクシナガラの町へ辿り着いたリザード軍は、城壁をラクラク飛び越え町に侵入すると、まず砦と領主の館を制圧し、城壁に残っていた守備兵も投降させた。

1時間もかからずに町を占領してしまった。


投降した守備兵達は牢に入れ、町全体を人質にとった俺たちは、悠々とメナンドロスの軍が戻ってくるのを待った。


人より大柄でトカゲのような姿をしたリザードマンの兵を恐れた町民達は、皆扉を閉ざし、家に引き込もって、町は閑散とした。



町の外にマガト軍が現れたのは2日後だった。

大慌てで引き返してきたのだろう。


メナンドロスの軍を先頭に、その後ろにも数万の大軍が控えていた。

周辺諸侯の軍とで、今度は町を包囲するつもりなのだろう。


そんな事を考えていると、使者が送られてきた。

また、リザードマン達に首を刎ねられないように急いで迎えに行く。

リザードン王は不服そうな顔をしていたが、俺も彼らとの付き合い方が少し分かってきたのだ。


メナンドロス軍の使者は降伏を申し入れてきた。

ただ後方のマガト軍の諸侯達は、やり合う気マンマンのようで、町を包囲する準備中らしい。


「舐めていますな。首を刎ねましょう。」


リザードン王が提案するが却下だ。

リザードンマン達はこればかりだ。


「しかし、一度裏切った者は何度でも裏切りましょう。赦すにしてもケジメをつけねば。ここは私にお任せを。」



リザードン王の提案した和睦条件はこうだ。

まず、メナンドロスの軍はこちらに寝返ること。

軍を反転して、マガト軍に突撃すること。

リザード軍も加勢し、マガト軍を打ち破ることがきれば和睦を受け入れ、町を解放する。 

拒否すれば、町の住民は皆殺し。

タイムリミットは1時間。


マガト軍に同士討ちさせようという腹づもりのようだ。

和平交渉の条件とは思えない不穏な内容だったが、これが魔族流なのだろう。

他に良い案もなかったので、この和平案を持たせて使者を返した。



かくして、メナンドロス軍は反転。

マガト王国軍へ突撃を開始した。

考えてみれば、メナンドロスの身内だけでなく、兵達の家族も丸ごと人質にしているのだから、受け入れない手はなかったのかもしれない。



戦いの火蓋が切って落とされたのを見て、リザードン王も出撃を命じ、メナンドロス軍の背後に兵を配置すると、檄を飛ばした。


「メナンドロス軍の兵達よ! 怖気づいて足を止める者、退却する者は我らが首を刎ねる! 後ろから斬られたくなければ前進あるのみ!」


メナンドロス軍の背後から謎のプレッシャーをかけていく。

最初はかつての味方を攻めるのに戸惑っていた兵達も、背後から迫る恐怖に必死の形相でマガト軍に突撃して行った。


そうして、正面でぶつかり合うのをメナンドロス軍に任せると、リザード軍は機動力を活かして両翼に進出していき、側面からマガト軍の横っ腹に突っ込んだ。


数では勝るマガト軍も、味方の突然の裏切りと、リザード軍の高速の側面攻撃で混乱し、あっけなく崩れた。

その後は、大した抵抗はなくなり、残った将兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。



死屍累々となった戦場で、俺たちは勝ちどきをあげた。

リザードマンの兵達は血に染まった顔を夕陽に照らされて輝いて見えた。

彼らみたいな戦闘民族は戦場こそが生き場なのだろう。


「大勝利でございましたな。私も長い戦人生でしたが、勇者の軍の勝利と栄光はまた一味違うものですな。」


リザードン王も満足げに感慨にふけっている。



さて、再び相まみえたメナンドロスは今度こそ魔王軍への恭順を誓った。

彼らの兵達は、死にものぐるいで先陣を切ったのでボロボロに疲弊していたが、俺が町の解放を約束すると皆顔をほころばせて喜んだ。



こうして、リザード軍はクシナガラの町を解放した。

町に帰還した兵達は、魔族の軍に占領されて酷い事になっていると思っていたみたいだが、予想を反して綺麗な状態だったので驚いている様子だった。




この後、メナンドロスの軍を吸収した俺たちは決戦の王都パープトラへと向かう。

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