第7話 亜大陸

ガン・ド・ウルフは丸2日寝た後、ガバっと起き上がった。


「わしの金は!」


そう言って遺跡の壁近くに、金貨の詰まった革袋の山を見つけると、ほっと胸をなでた。


「で、どうしてあなたみたいな子供が、魔法使いの爺さんに化けてたわけ?」


ガラドが問いかけると、ガン・ド・ウルフは訝し気な顔をしたが、自分の変身魔法が解けてしまっていることに気がつくとため息をついた。

そして自分の身の上話を語った。


まず、ガン・ド・ウルフというのは偽名で、本名はマルクル・サリマン。

南の海の都市国家マルディーニの生まれで、魔法の天才少年として将来を期待されていたが、冒険者に憧れて中央大陸にやってきた家出少年だ。

しかし、子供の魔法使い一人では、旅路でも冒険者ギルドでも舐められることが多かったので、老練な魔法使いに変身していたのだという。


実際に魔法の実力はかなりのものなので、誰も疑わなかった。

勇者のパーティには単純に面白そうだから参加してみた、ということだ。


「どう思う?」


ガラドが困り顔で聞いて来る。


「危ない感じはしないけど。ううん。」


俺にも判断がつかない。


「なあいいだろう。僕はそんな黒猫魔王のシンパなんかじゃないよ。それに、これまでだってピンチを助けてあげたじゃあないか。君たちとの旅は、刺激的でまあまあ楽しかったし、最後まで見届けたいんだよ。」


たしかに、ガン・ド・ウルフには今までパーティを引っ張ってもらっていたし、危ない場面を救ってくれたことも一度や二度ではない。

しかし、それがこんな小さな子供に頼り切っていたとは。

俺はドゥリンの方を見ると、頷いている。

確かに魔法の腕は、間違いなく一級だ。


「まあ、そうだなあ。じゃあ一緒に行くか。」


そう俺が言うと、マルクルは子供らしく喜んだ。


「ただ、これからは子供がギャンブルはダメよ!」


ガラドがしっかり釘をさしてくれた。


「最初は、旅の資金を取り返そうと思っただけだったんだよ。それで、ちょっとノリすぎちゃって。」


マルクルもちょっとは反省しているようだ。



しかし、問題はこの大量の金貨の山だ。

全部持って行くには多すぎるし、置いていくのはもったいない。


俺たちは考えた末、持ちきれない分の金貨は、これまで通ってきた砂漠の町に預けることにした。

彼らの町の財政立て直しに使ってくれてもいいし、また来ることもあるだろう。

すぐにザイード家に没収されてしまう可能性もあるが。



俺たちは一番近い砂漠の町に行き、その領主に諸々の手配をお願いした。

前にも通っているので知った顔だ。

一番西のチェスターの町までは半年ほどかかるが、金の輸送なんかも引き受けてくれた。


そして最後、俺たちに一枚の紙をおずおずと見せてきた。

俺たち勇者のパーティの手配書だった。

懸賞金は金貨3000枚。

罪状は、ベンカスの町での騒乱、”砂猫亭”の破壊、カジノでのイカサマ、etc・・・。

ザイード家の兵は仕事が早いらしい。


「こんなものはでまかせです。勇者のパーティがそんなことするわけないでしょう?」


俺は手配書をうけとると、さっとしまった。


「ええもちろん。私達はこんなもの信じていませんとも。我が町は、勇者殿に助けていただきましたから。ですがこれからの旅で、砂漠の街道を通るのは避けた方がよろしいでしょう。ザイード家のものが目を光らせていますから。」


砂漠の街道を避けて東へ向かうには、一旦南に進んで砂漠を外れ、亜大陸を経由するしかないという。




亜大陸は、中央大陸の南に突出している、半島というには大きすぎる、まるで一つの大陸がひっついたくらいの大きさの地域だ。

砂漠と山脈で隔絶されているので、まるで一つの大陸みたいだということで亜大陸と呼ばれていた。


そして亜大陸は、人間と魔族と魔物が入り乱れ、好き勝手に国を乱立しては争いあっている魔窟だった。



俺たちは亜大陸の北にある人の王国マガトを目指すことにした。

亜大陸では、南に行くほどに獣族などの亜人族や魔族、魔物の国などが増えていきカオスになっていく。

できるだけ北部をさらっと通り過ぎたいものだが。




砂漠の町で準備を整えると、俺たちは進路を一転、南へと進んだ。

一月ほどで砂漠を抜けると正面に大きな山脈が見えてきた。

中央大陸と亜大陸を隔てるヒンドゥクシュ山脈である。

俺たちは亜大陸へと足を踏み入れた。

これからは山脈を西に迂回しながら、南下していく。


このあたりまでくると山脈から流れる水が豊富になり、木々や森が見られるようになるが、砂漠よりも強いモンスターがうろつく。

亜大陸の魔物は特に強いものが多い。


森林地帯の街道をさらに進むこと一月、俺たちはマガト国の首都パープトラへと辿り着いた。


宿で荷を下ろすと、まず冒険者ギルドへと向かう。

まずは、亜大陸の情報収集だ。

それと勇者パーティの手配書が回ってきていないか確認しておかなければ。


幸い、ザイード家の手配書は届いていなかった。

俺は亜大陸の地図を買い、情報屋からこのへんの情勢と、安全に東に抜けられる街道を聞いた。


亜大陸には北から5つの人間の国、4つの獣族の国、3つの魔族の国、1つの魔物達の連合があって、同盟を結んではどこかを攻めたり、裏切ってそこも攻めたりと、戦争ばかりでとにかくぐちゃぐちゃらしい。


今いるマガト国は、その中ではわりと理性的な王が治めていて、亜大陸の中でも一番大きい。

東に抜けるなら、山脈に沿って北部街道を進むのが一番安全なようだ。

街道沿いに、もう一つの人間の国と魔族の国を抜ければ、亜大陸から出て、東の中つ国へと辿り着ける。

魔族の国が多少やっかいらしいが、南の方と比べれば優しいものだそうだ。

とにかく、亜大陸の南方には、よっぽどの用事がなければ近づかない方がいいという。


「なるほど、ありがとう。」


俺はお礼を言って、報酬を払い、ギルドをあとにした。


「ああ、気をつけてな。」


情報屋の男はそう言って舌をチロチロっとふった。

冒険者ギルドで紹介された情報屋はトカゲのような顔をした亜人種で、何を考えているかは分からないが、気のいい奴で亜大陸のことをいろいろと教えてくれた。



その後は、みんなで晩飯を食べた。

みんな、亜大陸の食事は初めてだったみたいだが、不味かった。


辛くて、苦くて、酸っぱくて、くさい。

酒は強くて、火が付くんじゃないかという程だ。

ドゥリンだけが平気な顔をして飲み食いしていたが、ガラドとマルクルは辛そうだ。


「亜大陸は、できるだけ早く抜けましょうね。」


反対する理由はない。

砂漠の街道でも、保存食が多い関係で香辛料のきいた肉などの食事が多く、辛いものもあったが、でも美味しかった。

それに比べて亜大陸の飯は、正直食えたものじゃない。

それからの俺たちは、すばやく旅の準備を進めた。



さて、旅の準備が終わり、明日には出発できるという時、俺たちは町中で騎士達の一団に声をかけられた。


「失礼ですが。勇者様のパーティの方々ではありませんか?」


ザイード家の手配書が回って来て、捕まえにきたのかと一瞬身構えたが、どうやら様子が違うようだった。


「我らが王が、勇者殿ご一行をお待ちしております。ぜひともご同行願えないでしょうか。」


どこから流れたのか、この国の王は勇者のパーティがいるという情報を掴んでいたらしい。

敵意はなさそうなので、行ってみることにした。


マガト国の王サムドラ・グプタはにこやかに俺たちを迎えてくれた。

目鼻がきりっとした男前だ。

頭にはターバンを巻いて、ゆったりとした絹の服をきていた。

亜大陸では、大王のことをマハラジャと呼ぶそうだ。


グプタ王は俺たちに協力を申し出てくれ、国内の安全な通行と、これからの旅を手伝うと約束してくれた。

そして道案内にと、チャンドラ第5王子をつけてくれた。

10歳くらいの少年でマルクルと同い年くらいだ。


そして、一つ頼みごとをされた。

ここマガト国の東の同盟国、ナンダ国に赴いてほしいということだ。


なんでもナンダ国は、さらに南の魔族の国と同盟を結びたいのだが、交渉が思うように進まず、勇者に仲立ちを頼みたいのだそうだ。


魔族との交渉なんてうまくいくのか疑問だが、通り道でもあるし、道案内はありがたい。

俺たちは、このお願いを引き受けることにした。



マガト国からナンダ国までは一月程の距離だ。

チャンドラ王子は明るく元気な子で、俺たちパーティともすぐ打ち解けた。

マルクルとは年も近いので、よく二人で冒険の話をしては笑っていた。

マルクルもずっと年寄りに変身して過ごしていたので、同年代の友達ができて楽しいのだろう。


チャンドラ王子には、護衛や供の者達もついてきていて、その人達が俺たちの面倒まで見てくれるので、楽にのんびりと旅ができた。


この地域は水が豊富で川が多く、大小何本もの川を渡った。

土地も豊かな穀倉地帯のようで、村が多くあって人口も多そうだった。




そうして、景色を楽しむ余裕も持ちながら旅をすすめるうち、ナンダ国の首都タリーに着いた。

宿で荷をおろした俺たちは、チャンドラ王子の案内のもと王宮へと向かった。


ナンダ国の国王バドラシーラは恰幅のいい大男で、やはり頭にターバンを巻いていた。


「よくぞ来てくださりました勇者殿。首を長くしてお待ち申しておりました。今晩はぜひ、私どもにおもてなしさせて下さいませ。」


そう言って、晩餐に招かれた。

亜大陸の飯にうんざりしていた俺たちは喜んでそれを受けた。

王宮の料理なら、久しぶりにまともなものが食べられるだろう。

ガラドとマルクルも喜んでいる。


外の見える開けた部屋で、机には見たことのないカラフルな料理を盛った皿が並べられた。

なんだか分からない素材の料理も多かったが、どれも美味だった。


部屋の外のテラスのような所では、この地方の音楽や踊りが披露され、俺たちはバドラシーラ王と並んで、それを眺めながら食事を楽しんだ。


バドラシーラ王は歌や音楽の説明をしてくれたり、魔族との同盟や戦争の話などをした。

やはり、魔族との同盟に俺たちに仲介を頼みたい、ということのようだ。


楽しい宴は盛り上がり、料理もお酒も進んでいった。

ある時、バドラシーラ王が手をパンっと叩き、一本の酒瓶をとってこさせた。


「これは、古代の伝説の銘酒”皇帝酒”といって、今ではとても貴重なワインなのですが、先日偶然手に入れましてな。ぜひ勇者殿とあけてみたいと思いまして。」


にこにこしながらグラスを持ち上げると、血のように赤い色が鈍く輝いている。

使用人が俺たちにもグラスを配ってまわった。

マルクルとチャンドラ王子には葡萄ジュースだ。


「では、勇者様とご一行の勝利と栄光にっ。」


と言って、何度目かの乾杯をした。

飲んでみると、なんてことのない、よくあるワインのような味だ。

あまり酒に詳しい訳じゃないが、伝説の銘酒というような特別な感じはしない。




ただ、なんだか頭がくらくらして、気持ちが悪くなってきた。

悪酔いしたのかと思い、トイレに立とうかと思ったが足に力が入らず、テーブルについた手もカクンと肘がつっぱらない。

あれ、おかしいぞと思っていると、


ガシャンっ!


と音がして、マルクルがテーブルの皿に突っ伏して倒れた。


なんだ!?

はっとして、バドラシーラ王を見ると相変わらずにこにこ笑っている。


「ええ、ええ。

 勇者殿のご一行にはここで死んでいただきます。その首をもって、魔族との同盟の手土産とするのです。

 勇者殿の仲立ちには感謝いたしますよ。」


気づくと、兵達が部屋の周囲を囲っていた。



逃げ出そうにも、俺ももう立ち上がることすらできなくなっていた。

みんなが毒を盛られ動けなくなっている。


突如、胃のあたりが燃えるように熱くなって、思わず口に手を当て、ゴボっとせき込むと、赤黒い血の塊がべっとりとしたたっていた。


視界が薄れて、意識が遠のく…。

毒がまわってきたのだ…。





ふいに、隣にいたガラドが俺の肩にもたれかかってきた。

俯いて、呪文を唱えているが、その声はかすれ、今にも消えかけている。

苦しそうに詠唱を続けながら顔をあげると、両手で俺の頬を挟んで、潤んだ目で俺を見つめた。


「あなただけは、」


そう言って、俺に解毒魔法をかけると、目を閉じ、一縷の涙を残してバサリと倒れた。




「めんどうな、治癒術師がいたか! やってしまえ、お前たち!」


バドラシーラ王が命じると、兵達が押し寄せてきた。

兵達の手が迫る中、スラみっちが飛びあがった。


「僕には毒は効かないよ!」


そして”スライム召喚”を唱えると、スライム卍会のメンバーを召喚した。


「勇者様がやられた! 勇者様をお守りしろ!」


スライム達は気勢を上げると俺を中心に円陣を組み、兵達が近づけないようにした。

その間に他のスライム達は、兵達とバドラシーラ王に襲い掛かり、部屋を制圧していく。



「誰か、回復魔法を! ガラドを、マルクルを、ドゥリンを治療してくれ!」


俺が叫ぶが、答える者はいない。

スラみっちを見ると首をふる。


「ごめんなさい。僕たちの中には、解毒魔法を使えるスライムはいないんだ。」


まだ意識のあるドゥリンも、力なくかすれた声で、


「その娘の、回復魔法は、エルフ族の使う、特別なものだ。他の者には、真似できまい。わしも、もう長くはもたん。勇者よ、そなただけでも、逃げのびるのだ。」


そう言うと、ドゥリンも目を閉じた。




全滅・・・。

こんなところで。

こんなところまでやってきて。

こんな、裏切りで。


怒りに震え、奥歯を噛みしめて俺はハッとした。


解毒薬!

バドラシーラ王は解毒薬を持っているはずだ!


スライム達に拘束されているバドラシーラ王のもとに行き、襟首を掴んで立たせる。


「解毒薬をだせ! 持っているはずだ!」


バドラシーラ王は冷酷な笑みを浮かべていた。


「ない。特別な秘薬と魔法をかけ合わせた、一滴で象も殺す劇薬だ。本来なら解毒魔法でも治療できない。その者達は死ぬ。お前もそこに転がっている予定だったのだがな。」



死ぬ!?

ガラドが、マルクルが、ドゥリンが。


「嘘をつくな!」


怒りにまかせて殴りつけると、テーブルをなぎ倒して吹っ飛んだ。



最強の戦士が、魔法使いが、エルフが、あっけなく死ぬなんて信じられなかった。

彼らはどんな敵も倒し、何度も俺を助けてくれた。


それが、死ぬ。


そんなこと、信じられない。



だが皆は、意識を失って床に転がり、顔は青く、呼吸はみるみるか細くなっていく。


最後に俺を見つめたガラドの潤んだ瞳が目に焼き付いていた。


俺には・・・なにもできない。







「惨めなものだな。」


静寂の中、声が響く。

スラみっちの上で静観していた黒猫魔王オルロフスは、ピョーンとジャンプして俺の目の前のテーブルに着地した。


「その娘らはみな死ぬ。

 なぜか分かるか?


 お前に、力がないからだ。」


黒猫は赤い目を怪しく光らせて、俺の顔を覗き込む。


「力があれば、仲間の命を救うことができた。

 お前を守り、お前を愛し、最期の力で自分の命よりもお前を救うことを選んだ者を。


 だが、お前にはできぬ。

 力のない、お前には。」



力・・・。

だが、俺の力は”勇者の封印”によって封じられている。


俺に力があれば、魔法が使えれば、みんなを助けられたかもしれない。


力を封印した勇者への怒り、裏切りへの怒り、情けなさと、無力感と、悲しみとで俺の頭はぐちゃぐちゃになっていった。





「力が欲しいか勇者よ!


 もし、そなたが求めるのなら、我輩が応えてやろう。

 我輩のもつ力ならば、そなたの仲間を救うこともできよう。」



みんなを助けられる!?

魔王様に従えば、みんなを助けてくれると言っているのか。

それが叶うならば、俺は何でもする。


「お願いします魔王様! みんなを助けてください! 私はなんでもします!」


俺はそう言って黒猫魔王の足元に土下座した。

涙と鼻水で顔はグチャグチャになっていた。




黒猫は目を細め、満足そうに笑った。


「よい。では今より我が軍門に下り、我輩の弟子となれ。

 暗黒面の力の真髄を伝授してやる。」



この時、俺に迷いはなかった。

膝をつき、頭を垂れた。


「はい。魔王様。」





その日。

俺は魔王の配下となり、暗黒面に堕ちた。





第一章 旅の仲間 おわり

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