第5話 ドワーフの坑道

エルフの森を逃げ出した俺達は、ドワーフの坑道へとやってきた。


500年程前、ドワーフ達が築き上げた、"世界の壁"を貫通する東西50kmにもなる坑道。

通称"ドーラの坑道"は、東西世界をつなぐ街道でもあった。


現在はドワーフの王ダドリン3世が治めているが、坑道の東半分を魔物達に占領されているため、通り抜けできなくなっていた。




エルフの森からやって来た俺達がいるのは「龍の門」といい、正門より10km程北にある。


勇者のパーティが通行許可を求めたい、と伝えると中に通してくれた。

パーティには、ドワーフのドゥリンもいるので特別警戒されることもないのだろう。



坑道の中はがやがやと忙しく動き回っていた。

武器や防具などの物資を運んでいる者、通路や壁を改修している者、大声であれこれ指示する者など。

この国は今、魔物達と戦争中なのだ。



王に謁見すると、ダドリン王はなんとも覇気がなかった。

顔色が悪く、目は濁っていて、既にかなり酔っているようだ。

供の者に酒を注がせていた。


「勇者のパーティか…。貴様らに何ができるというのだ。坑道を、通れるものなら、通るがよかろう。…さっさと行くがよい。」


そう言って引っ込んでしまった。

通行許可はもらえたし、こちらとしてはオッケーだ。

追われている身だし、さっとと行ってしまいたい。




しかし、俺たちが控えの間に戻ると、一人のドワーフが待っていた。

彼はドワーフ軍の指揮官、レギン将軍と名乗り、王の非礼を詫びた。


以前のダドリン王は賢く、善政をしき、国民からも兵士からも尊敬される王だった。


しかし、魔物たちの侵攻がはじまり、後継ぎに期待していた第1王子を失ってからというもの、人が変わったように無気力で捨て鉢になってしまった。


そこにつけこむように、「ヤブ蛇」という道化師がやってきて王に取り入った。

王の隣でワインを注いでいた男だ。


ヤブ蛇は、王の耳元で現実離れした作戦や戦果を囁き、朝から夜遅くまで酒を注いでは、王を害しているのだそうだ。


「ダドリン王の顔色も、まなざしもおかしかった。あれは呪われておりますな。」


ガン・ド・ウルフが言った。


「やはり・・・。軍の中でも、あやつを切ろうと言う者は多いのです。私も、あのペテン師を、初めて見たその場で切り捨てておくべきでした。」


レギン将軍は苦々しげに言った。


「しかし、今はそれよりも緊急の事案がありまして。ぜひ勇者殿にお力を借していただきたいのです。」


レギン将軍は焦っているようだ。

俺としては、よその問題に首を突っ込みたくはないのだが。


「勇者殿、私からもお願いします。急いでいるのは分かっているのですが、ダドリン王は従兄弟でもありまして。」


ドゥリンも同族の危機を放っておけないようだ。


「分かりました。私たちにできることであれば協力しましょう。」


それを聞くとレギン将軍はぱっと顔を明るくした。


「ありがとうございます。このご恩一生忘れませんぞ。では状況から説明しますので、作戦室へ。」


そう言って、作戦室へと案内された。

作戦室の真ん中には大きな机があって、”ドーラ坑道”の地図が広げてあった。



”ドーラ坑道”は全部で東西に50km、地上6階、地下3階の階層構造となっている。

主に西側に王宮など政務をする場があり、東側には工房や魔石の精錬場など生産設備が置かれていた。


西側は地上1~6階。

1階に正門と竜の門が、6階に玉座の間がある。


東側は、地上3階〜地下3階までで、地下3階の回廊の先に、東方世界に抜ける3つの門がある。

地下3階からさらに下に向かって坑道が掘り進められていて鉱物や魔石が掘り出されている。



レギン将軍は俺たちに地図を見せながら、状況を説明してくれた。


魔物たちの侵攻が始まったのは約1年前。

まず、ドラゴンや巨人族といった大型の敵勢力が現れ、東方世界の側の門3か所が同時に破壊された。

その後、ゴブリンやオークといった魔物達が坑道になだれ込んできた。


モンスターの軍団には、指揮官や魔術士の存在も確認されていて、どうやら組織立って計画されていた侵攻のようだ。


内部に侵入されては防衛線も構築できず、坑道はみるみると侵食されていった。



対してドワーフ軍側は、玉座のある西側を防衛するため、坑道の東側を放棄した。


坑道の中間地点、地上3階層には西側と東側をつなぐ唯一の大回廊がある。

そこまで一気に撤退して、土壁や防御魔法陣を敷いて要塞化した。


防衛拠点を作ったことで、魔物達の侵攻を押し止めることができた。


以後、ドワーフ軍とモンスター軍はこの大回廊で攻防を繰り返した。



そしてその間に、ダドリン王の第二王子は特使として、北のドワーフ連邦国に援軍の要請に行っていた。




戦況が膠着して3ヶ月、ドワーフ軍では東部の奪還作戦が立案された。

指揮官はアゥストリ第一王子。


東部の奪還作戦は、2段階に分けられた。


1段階目は、大回廊にてドワーフ軍の防衛陣地を攻撃するモンスター軍主力の殲滅。

このために、大回廊を迂回し敵軍の背後につながるトンネルが掘られた。


ドワーフ軍の攻撃隊が迂回トンネルからモンスター軍の背後を突く。

時を同じくして、防衛陣地からも打って出て魔物達を挟み撃ちにし、殲滅する。


迂回トンネルは、魔物達に悟られないよう慎重に掘り進められ、半年かけて秘密の出口は開通した。



作戦の第2段階は、坑道の東側地上部までの奪還だった。

坑道の東側は、地上3階から地下3階まであり、敵の司令部はおそらく最奥の地下3階にあると推察された。


作戦は、まず東側の地上部隊を攻撃、1階まで突破して地下への階段を結界で封鎖する。

そして敵の援軍を塞いだ後、地上部の魔物達を殲滅。


その後は東側地上部を足がかりに、敵の本陣を叩く。

上を取ってしまえば、かなり有利に攻勢をしかけることができる。




そうして、ドワーフ軍の東部奪還作戦は、アゥストリ王子のもと決行された。


攻勢にでたドワーフの攻撃力と突破力は力強く、防御力も高い。

数千というモンスター軍が待ち構えていたが、作戦の第1段階、第2段階目ともほとんど被害のないままドワーフ軍は進撃し、東側地上部の奪還に成功した。


勢いにのったドワーフ軍はそのまま東側地下部へと侵入、モンスター軍の指揮官がいるであろう地下3階まで攻め落として、”ドーラ坑道”の完全解放を目指した。


しかし、これは罠だった。


地下3階の広間には、モンスター軍の魔術師達によって召喚された、”地底の炎の悪魔”が待ち構えていた。

ドワーフ達が掘り出し、精錬した魔石の中でも特に大きく、純度の高い、深紅の魔石が鹵獲されて核に使われ、数十人の魔術師達に魔力を供給されている。


強大な力を得た炎の悪魔は10mを超す巨体に、右手に炎の剣、左手に炎の鞭をふるってドワーフ軍を薙ぎ払った。

炎の悪魔を前に撤退するしかないドワーフ軍の横を、地下に潜んでいた魔物達が襲い掛かった。


結果、ドワーフ軍は恐慌状態に陥り潰走。

3000の兵で出陣したうち、防衛陣地まで帰り着いたのは数十人だった。

アゥストリ第1王子は戦死。




この戦いが今から3ヶ月前のことだ。

これを機に、ダドリン王は意気消沈してふさぎ込み、今に至る。


状況は絶望的だ。

こんなところで話なんて聞いていないで、早く逃げ出したいくらいだった。


「と、これが現在の状況なのですが、今さらに喫緊の問題が起こっていまして、そちらを勇者様にご助力いただきたいのです。」


まだあるという。

ドワーフ達も、早く坑道を脱出してしまった方がいいのではないかと思うが…。


問題というのは、大回廊にあるドワーフ軍の防衛陣地と、それを指揮しているバーヴォール第3王子の軍が、敵軍に包囲されそうだという。



東部奪還作戦の失敗の後、ドワーフ軍の作った東部への迂回トンネルは潰されたが、今度はモンスター軍達がそれを真似て、迂回トンネルを掘っているようなのだ。


防衛陣地より西側の地点に向かってトンネルを掘っているようだが、どこに、いつ出て来るかは分からない。

迂回され、挟撃されてしまえば防衛陣地はたやすく陥落してしまう。


この最後の大回廊を抜かれてしまえば、坑道の西側にはもう集中して防衛線を張れるような場所はない。



対策として、3km程後方の大回廊の西端に第2防衛陣地を作った。


しかし、ドワーフ軍は東部奪還作戦で魔法使いの多くを失ってしまったため、防御魔法陣は貧弱で、元の防衛陣地よりもかなり劣ったものしかできていないようだ。


レギン将軍の頼み事とは、この第1防衛陣から第2防衛陣へのバーヴォール王子の撤退戦を手伝ってくれというものだった。

嫌だった。



だが一度引き受けた手前、不承不承レギン将軍に付いて、大回廊へ向かうと、

モンスター軍の迂回トンネルは無事開通したみたいで、侵入したモンスター軍とドワーフ軍との戦闘が始まっていた。


位置関係はこんな感じ。


←西 ドワーフ軍

――――――――――――――

▢  ◯  ☆★ ★★▢★★★

―――――――■――――――

     モンスター軍 東→


◯が、俺たち。

☆が、ドワーフ軍。

□が、ドワーフ軍の防衛陣地。右が第1、左が第2。

■が、モンスター軍の迂回トンネル。

★が、モンスター軍。



響く雄たけびに悲鳴。

俺たちは戦闘隊形に移り、俺は急いで黒猫魔王様を抱えて一番後方へカサコソと隠れる。


トンネルは開通していたが、幸いまだ出口部分が広くないため、魔物達がなだれ込むというまでには至っていなかった。

それでも続々と侵入を許していたが。


ガン・ド・ウルフがドゥリンに強化魔法をかけると、トンネルに立ち塞がる。

続々と出てくる魔物を、ドゥリンが斧で切り倒していく。

気合が入っているようだ。

トンネルの奥に向かってガン・ド・ウルフも攻撃魔法を飛ばしていた。


「勇者殿は私と共に王子の救援をお願いします。」


レギン将軍はそう言って、第1防衛陣の背後を襲っている魔物達に向かっていく。

お願いしますと言われても俺は戦闘はできないが。


トンネルの方はガン・ド・ウルフとドゥリンとドワーフ兵達で大丈夫そうだったので、俺はガラドと共にレギン将軍の後を追った。


第1防衛陣は挟撃を受けて、防戦一方だったが、俺達が背後の敵を除いたおかげでなんとか持ちこたえた。

バーヴォール第3王子は傷だらけ、血まみれで息を荒くしていたが、生きていた。

レギン将軍が王子にかけよる。


「遅くなり申し訳ありません。」


「よい。来てくれて助かった。あと少しでも遅ければもたなかっただろう。よし、撤退だ!」


「てったーい!」、という命令の下、ドワーフ軍は撤退を開始した。


ガン・ド・ウルフの位置まで下がると、


「最後にでかいのぶっぱなしとこうかの。」


と言って杖をとり、呪文を唱えた。

杖の先に1mくらいの火球が現れ、杖をふると第1防衛陣の向こう側へ飛んでいき、大爆発を起こした。

ギャーギャーと魔物達の悲鳴が聞こえてくる。

それを見て俺達も第2防衛陣まで撤退した。


俺は最後に、スラみっちと回廊にスライムローションを撒いておいた。

「逃げ」に関しては得意とするところだ。

モンスター軍はツルツル滑ってうまく追撃してこれなかった。




「ふう。」

第2防衛陣に入ってやっと息をつくことができた。

激しい戦闘でドワーフ兵達は皆、消耗していた。


「とりあえず、撤退は成功だが、ここもいつまでもつか。」


バーヴォール王子も膝に手をついて疲れている。


「ええ。ですが悪いことばかりではありません。こちらにおられるのは勇者のパーティの方々です。我々に加勢くださりました。」


レギン将軍がそう言って俺たちを紹介すると、バーヴォール王子は顔をあげた。


「おお、あなた方が。勇者殿にはしんがりまで務めていただき、申し訳ありません。私は坑道の王ダドリンが第3王子、バーヴォールです。このご恩、一生忘れません。」


実際に俺はなにもやっていなかったが、王子はひどく畏まっていた。


「しかし、ここまで撤退しては、早く”ドーラ坑道”から脱出した方がよいのではありませんか? 次またどこにトンネルをあけられるかも分からない。」


「ええ。私もそう申し上げているのですが、王が頑ななのです。あの”ヤブ蛇”とかいう道化が王をたぶらかして。」


王子は悔しそうな表情で拳を握りしめている。


「よし。もう一度、王に進言に行こう。ダメなら蛇を切る! レギン将軍も来てくれ。勇者殿もお願いします!」


第2防衛陣の指揮をレギン将軍の引き連れてきた隊長に任せて、王のところへ行くそうだ。俺も一緒に行くことになってしまった。




玉座の間に行くと、ダドリン王は横に”ヤブ蛇”を伴なって酒を飲んでいた。

そこに、バーヴォール王子とレギン将軍、そして二人の陰に隠れるように俺が入っていった。


王子が帰還の挨拶と、坑道からの撤退を進言するのを眠たげな濁った眼で見おろしていた。

”ヤブ蛇”が耳元で何かを囁き、ぴくっと少し動くと面倒くさそうに口を開いた。


「ならん。我らは誇り高き”ドーラ坑道”のドワーフ。魔物どもが攻めてきたからとて、おめおめ逃げては先祖に顔向けできんわ。兵もまだおる。まだ戦える。下がれ。」


その後、口論になっていったが、何か言う度に必ず”ヤブ蛇”が王の耳元で囁いていた。

話にならないなと思っていたところ。


「ごめん。」


と言って、レギン将軍が一足飛びに”ヤブ蛇”に切りかかった。

肩から腹にかけて切られ、血が噴き出した蛇は、それでも王を挟んで反対側へ逃げようとした。

そこを反対側からバーヴォール王子がさらに切りつけ、”ヤブ蛇”はパタリと床に倒れた。


「何をしておる! この者は余の友ぞ! 血迷うたかバーヴォール、レギン!」


それを見たダドリン王は怒り狂った。頭からべっとりと血を浴びている。


「衛兵! 衛兵こい! この者らを捕らえよ!」


俺はなにもしていないのに!


ダドリン王は顔を真っ赤にして、目に怒気を溢れさせ、王子とレギン将軍を睨みつけていたが、やがて「あれ?」と言って、表情をゆるめ、困惑した顔になっていった。


「わしは、なにを・・・、怒って。」


そうして今にも泣きそうな表情になり、両手で顔を覆うと、ドスンっと玉座に腰を落とし、今は亡き第一王子の名前をつぶやいた。


”ヤブ蛇”が死んで洗脳が解けたのだろう。


「少し、外してくれ。」


そう言われて俺達は外に出た。




再度呼ばれ、玉座の間に入った時には、王はしゃんとした威厳のある顔で座っていた。

俺たちは謝られ、現在に至る状況を説明し、第3王子を救ったことの礼を言われた。


「望むものは何でも与えよう、今のこの国には、もう大したものはないが。」


俺は、森の女王イスラ・アリエル・アスラとの仲裁、というかもし捕まったら助けてくれるよう頼んでおいた。

俺たちにとって今一番恐ろしいのは、モンスター軍よりも女王様だ。


王は快く引き受けてくれ、話題は今後のことになった。


「撤退するほかないな。北の本国に戻って、再起をはかるとしよう。」


ダドリン王はあっさりと坑道からの撤退を決め、その後は怪我人や非戦闘員から脱出させて~など、撤退の手筈の話になっていった。




話がまとまってきた所に、急報が入ってきた。

2階、西の広間にモンスター軍がトンネルを開通し、魔物達が続々と侵入しているという。


ドワーフ兵達は大回廊の防衛拠点に重点的に配備されているため、西側は手薄だ。

魔物達の侵入を防ぐことのできる部隊はいない。

王も王子も将軍も青くなっている。


「先ほど第1防衛陣からひいてきた部隊を使いましょう。上層階への階段を潰して、時間を稼いで防衛線を作ります。」


そう言うと、バーヴォール王子が飛び出していった。


「レギン将軍は大回廊の第2防衛陣へ行き、使える部隊を引き抜いて第3王子に送るのだ。そのまま指揮をとり背後からの攻撃に備えよ。」



王の命令でレギン将軍も飛び出していった。

玉座の間には俺と王の二人だけになった。

気まずい沈黙が流れる。


「あのー、もしかしてなんですが、坑道を出る道ってまだありますよね?」


俺が恐る恐る聞くと、ダドリン王は無情にも首をふって答えた。


「ないのだ。2階の回廊を通らねば、どの門にも出ることはできぬ。いわば袋のねずみだ。」


坑道に閉じ込められてしまった!?


玉座の間を辞すると、俺は急いでパーティのもとに向かった。

早く知らせなければ。

ガン・ド・ウルフの魔法ならなんとか打開できるかもしれない。


仲間たちと合流し、現状を説明すると、俺たちはバーヴォール王子の加勢に向かった。

西側の魔物を押し返せれば、まだ脱出のルートは残る。


しかし、2階西の広間はすでに魔物達で溢れかえっていた。

3階への階段で、王子と兵達が必死に上から抑えつけていたが、いつ破られてもおかしくない。

ここを抜かれたが最後、ドワーフ軍も俺達もあっという間に全滅だ。

俺達も加勢し、なんとか押し戻す。


ガン・ド・ウルフの爆発魔法で階段を破壊し、土魔法で塞いだ。

これで一応、今すぐには突破されることはなくなったが、長々とトンネルを掘ってくるような連中だから、すぐに修復してしまうだろう。



俺たちはあとをドワーフ兵に任せると、5階に与えられた客間に入り、泥のように眠った。


長い一日がそうして終わった。





翌朝、俺達は作戦室へと呼ばれた。

作戦室には既に、ダドリン王、バーヴォール第3王子、レギン将軍が揃っていた。


「まず、そなた達には大変申し訳ないことをした。なんとかそなた達だけでも逃がしてやりたいが、儂がふがいないばかりにその手も思いつかぬ…。」


みんな元気がない。


2階の広間には魔物が溢れかえっていた。

今はもっといるだろう。

なんとか押し返して、階段を塞ぐのだけでもいっぱいいっぱいだったのだ。

あの魔物の大軍を突破していくのは不可能だろう。


それに地下3階にいたという”地底の炎の悪魔”。

モンスター軍の主力がこっちに来ているならそいつも出張ってきているかもしれない。


声をあげる者は誰もおらず、作戦室を絶望感が支配していた。

退路を塞がれた今、東西どちらかでも破られれば、ここで全滅するしかない。


それとも、玉砕覚悟で一か八か打って出るか。




皆が意気消沈する中、空気を読まずに一人、大声で騒ぐものがいた。


「おいおいおい! なんだよこれ。どーなってんだよ。なんも見えねーぞチクショー!」


見ると、俺の荷物の方から声がしている。


俺は「あ、すみません、すみません。」と急いで荷物をあけると、しまっておいた聖剣がガタガタと動いている。

折れていて危なかったのでボロ布でグルグル巻きにしていたのを外してみると、


「なんだよクセー布で巻きやがって、俺様が久しぶりに起きてみたらこれだもんね!」


と、聖剣ダモクレスが喚いていた。

喋る剣!


「あの…、どうもこんにちは。布で巻いてすみませんでした。鞘もなくて危なかったので。」


俺が挨拶すると、聖剣は大声で返してきた。


「お、おめーが新しい勇者か!

 前の勇者は俺様の前で女とイチャイチャしやがって、そういうのはどっかよそでやれって言ったら、俺様を石にぶっ刺して封印しやがった。

 てか俺様の体ずいぶん短くなってるけど、どうなってんだこれ!」


聖剣様は折れているのに気づき怒った。

当然だ。


「それが、無理に引っ張ったら、折れてしまいまして。その、すみませんでした。」


俺は180度くらい腰をまげるつもりで頭を下げて謝った。

滑車を使って皆で引っ張ったとは言えない。


「なるほど、なかなかの剛腕ってか。俺様を折るほどの怪力か。さすが勇者。まあ、それなら許してやる。」


聖剣様は豪気なお方のようだ。

作戦室を眺めまわして(るように見えた)、黒猫オルロフスのところで目をとめた。


「おんや~。そこにいる小っちゃくて可愛い黒猫ちゃんはもしかして、俺様達の宿敵の魔王ちゃんじゃないですか~。俺様に切り刻まれ過ぎて、そんなに小っちゃくなっちゃったのかな~。あっはっは。」


黒猫魔王様はゲっという顔をした。


「折れよったから、この忌々しい声は聞かずに済むと思っておったのに、最悪ニャ。

 勇者よそんな剣はさっさとしまっておくが良いニャ。」


「おめー負け犬が、いや負け猫のくせに黙ってろ! おめーはこれから死ぬまで俺様にあおられ続けるんだよ。」


聖剣と魔王は言い合いを続けた。

これが、聖剣ダモクレス…。


ポカーンとしていると聖剣様が俺に聞いてきた。


「それで勇者よ、今は何をしている。冒険は? 戦いは? ここはどこだ?。」


俺はこれまでのことと、今の状況を説明した。

地底の要塞に閉じ込められ、魔物達に囲まれて袋のネズミだということを。



「なるほどな、鉄火場は嫌いじゃないぜ。勝てば生き、負ければ死ぬ、勇者の旅ってのはそうでなくちゃな! よし、ドワーフの王はいるか!」


聖剣様が言うとダドリン王が前へ出て名乗った。


「よし、ドワーフの王よ! 今から全軍で突撃だ! 東部への大回廊を渡って地下3階を目指す。目標は”地底の炎の悪魔”! あいつには貸しがあるからな。耳揃えて返済させた後でぶっ殺す。その後、東側の門から脱出だ!」


聖剣様の雑な作戦にダドリン王は戸惑う。


「しかし兵はあと500にも満たず、それで突破できましょうか。負傷兵も逃げ遅れております。」


「十分よ。ここには勇者がいてこの俺様、聖剣がいる。つまりこれは勝ち戦! 早う準備せよ。」


それを聞いて、ダドリン王も覚悟を決めた。

このまま立て籠もっていても、じりじりとすり潰されるだけなのだ。

打開するには打って出る他ない。


バーヴォール王子、レギン将軍と顔を合わせると大きく頷き、命令した。


「全軍を招集せよ!

 集結地点は中央回廊前の広間。西側の守備兵と衛兵も含めた全兵員、非戦闘員もだ。」



その後、俺たちも中央回廊前の広間へと向かい、やがて全ての兵が集まった。

ドワーフ軍の残存兵力は300と少し、非戦闘員が十数人。


作戦は特になし。

7列縦隊、錐行の陣形でとにかく突っ込む。


俺は戦闘の役に立たないので、後ろのあたりをついていこうと思っていたら、どこで用意したのか神輿のようなものに担ぎあげられてしまった。


「これは勇者の進軍だ。一番目立つところにいなくてどうする。」


これは聖剣様の言だ。


勇者パーティはみんなで神輿に乗せられ、先頭から5列目あたりで旗を振ることになった。

10人程のドワーフ兵に担がれている。


ドゥリンだけは気合十分に、最前列右の方で鼻息を荒くしていた。

すぐ近くにはダドリン王とレギン将軍、バーヴォール王子もいる。

ドワーフは、王族でも戦闘好きな気質なのだろう。


ガン・ド・ウルフとガラド、スラみっちは身体強化や敵の妨害などサポート魔法でドワーフ軍の突撃を支援するようだ。

神輿の上は周囲が見えやすいので、一応利点もあるのだろう。



「僕も少しだけ仲間を増やせるよ。」


そう言うとスラみっちは、スライム卍会を召喚した。


ドワーフ軍の後ろについてサポートしたり、非戦闘員を守る役目だ。


それと、スライム達はみんな楽器を持っていた。


「これは僕らの固有スキル【スライム・マーチング】。音楽で突撃を盛り上げる強化能力さ。」


効果の程は分からないが、これで総員準備は整った。

「いつでもいけます。」とレギン将軍がうなずく。



「久しぶりに血が騒ぐのう。」


黒猫魔王オルロフス様も興奮している。


「では最後に、我輩からも一つ、強化魔法をかけてやろう。ほんのプレゼントじゃ。ちと体を借りるぞ。」


そう言うと、俺の体が勝手に立ち上がった。

乗っ取られた!?





「諸君! 勇敢なるドワーフの戦士諸君!」


俺の声が響いて、ザワザワしていた広間はシーンと静まった。

魔王様は俺の右手を上げ、皆の注目が集まる中、演説を始めた。


「まずは、年若い勇者である我輩を信じ、ついてきてくれることに礼を言いたい!

 諸君らの中には我輩を疑う者もいよう。

 本当に勝てるのだろうか、と…。


 だが我輩達、魔王や勇者というものは、勝つだの負けるだのと言う事は語らぬ!


 何故か!?


 それは我らが戦場に出る時、それすなわち、すでに勝利しているからだ!

 そして、この場にいるのは勇者と、伝説の聖剣ダモクレス、それに続くは歴戦のドワーフの戦士達。

 我らは勝利する!


 行こう、東部坑道を突破するのだ!

 目標は地下3階、"地底の炎の悪魔"!

 諸君らの王子を、諸君らの友を葬った敵を、その斧で真っ二つにするのだ!

 突撃!」


「とつげーき!!!」


ダドリン王も叫び、ドワーフ軍は突撃を開始した。


うおおおおおおおおお!



ドワーフ軍の突撃は凄まじく、重装騎兵のようなスピード、突破力で魔物達を粉砕し、蹴散らしていった。


進路を塞ぐ敵は斧で真っ二つに切り進み、手強そうな一団を見つければ、ガン・ド・ウルフが遠方から魔法で先制攻撃。

敵の攻撃はスラみちのスライムバリアーで防ぎ、傷を負えば、ガラドの回復魔法ですぐさま回復する。


スライム卍会の【スライム・マーチング】も楽しげな音楽を奏でて、ドワーフ軍の突撃を明るく彩っていた。

効果ある?


俺はというと、黒猫様を抱えて、神輿に座っているだけだ。

黒猫魔王は久しぶりに軍に演説できて満足げだ。


「なかなかの演説だったニャ? 我輩の固有スキル【魔王様の激励】は軍団の全能力を強化するニャ。」


強化は結構だが、人の体を勝手に乗っ取るのはやめてほしい。


「いいねいいねえ。どんどんやれ。もっと派手にぶっ殺せ。魔物どもは皆殺しだ。はーははは!」


聖剣様も大はしゃぎしている。



ドワーフ軍の進撃はどんどん進み、3階、2階、1階、地下1階、地下2階と滑らかに魔物達を蹴散らしていった。


そして、地下3階広間に"地底の炎の悪魔"は俺達を待ち構えていた。

右手に炎の剣を、左手に炎の鞭を持ってこちらを(俺を?)睨んでいる。

10m以上の巨体だ。


周りにはまだ多くの魔物達と魔術士達が控えていた。


「よし、あいつは俺様がやる。ドワーフ軍は周りのザコ共を抑えろ。ちょっと体借りるぞ勇者よ。」


聖剣がそう言うと、俺の身体は神輿から大きくジャンプし、炎の魔神の前へと着地した。

また、身体乗っ取られた!


「懐かしいねえ、火の悪魔ちゃん。300年ぶりくらいかな。前は木っ端微塵に爆発させてやったが、こんな素敵な穴ぐらに逃げ込んでたなんてな。今日もいい爆発日和じゃないか。」


そう言うと、俺は右手に持つ聖剣をベロぉと舐めた。

あ、あぶない。


「聖剣様、地下で爆発は困りますよ。皆巻き込まれますし、坑道が崩壊したら生き埋めです。」


俺が慌てて言うと、「大丈夫、大丈夫。」と、とめる。


「俺様だってそのくらい分かってるから大丈夫だ。今回は俺様の得意技【無音の一閃《サイレント・スラッシュ》】で仕留める。神速の剣で敵は真っ二つだぜイエイ!。」


そう言って、折れた剣を構える

そして、一閃。

炎の魔神は上半身と下半身に切断されて吹っ飛んでいた。


「終わりだ。」


俺がそう言うと、右手に持った聖剣の刃がパキリと崩れた。

刀身は半分の10cm程になってしまい、柄にもヒビが入っている。

折れた剣で無理に技を放ってしまったから、崩れてしまったのだ。


「あーまずいなこりゃ、あと一発でも打ったら粉々だぞ。」


聖剣が言った。

身体の自由は俺のもとに戻ってきた。

戦況を確認しようと思って振り返ろうとした時、


ドカーーーン!


と爆音を立てて炎の魔神の体が大爆発した。聖剣様を見ると


「俺様も久しぶりでちょっと気合入れすぎちゃったぜ。ありったけ魔力を込めて核を狙ってやったからな、復活祝いにしちゃあ、汚ねえ花火だが。あっはっは。」


ダメだこの聖剣様は。


「爆発はダメって言ったじゃないですか。天井が崩れてきますよ。」



ズズズズと地鳴りがしてきて、爆心地の上が崩れて岩の塊が落ちてきた。

あちこちでもパラパラと石が落ちてきて、崩壊が始まっている。


「てっしゅーう! 東側、大帝の門を目指せー! ドワーフ部隊が先導しろ!」


レギン将軍が撤収を命じる。


付近の魔物はあらかた掃討されている。

あとは脱出するだけだ。


パーティも皆無事で、俺たちは全力で走って出口を目指した。

そして明るいトンネルの出口が見え、ついに”ドーラの坑道”の脱出に成功した。


坑道の外、東方世界は一面荒野が広がっていた。

たった3日いただけだが、地底での時間はとても長く感じた。

脱出できたのも危機一髪だ。


しかし、これで東方世界に来ることができた。

森の女王イスラもここまでは追ってこれまい。

これからはまたのんびりとした旅路に戻れるというものだ。



ダドリン王やドワーフ達は俺たちパーティにとても感謝していて、ピンチの時には何をおしても必ず駆けつけると約束してくれた。


今回もおれは何もやっておらず、神輿に乗ってただ戦闘を見物していただけだ。

聖剣に操られていただけだが、傍から見れば、俺が炎の魔神を倒したように見えているのだろう。


彼らはこれから山脈沿いに南に下って、坑道の保管庫を目指すという。

緊急時用に結界で隠匿してある保管庫があり、食料や装備が備蓄してあるそうだ。

その後は、南まわりで西側に帰還し、西側の坑道を確認してみるそうだが、西側は魔物達に占領されてしまっているだろう。

東側は崩落してしまったし。


ドワーフ達との別れを済ませると、俺たちは山脈沿いに少し北に行ったところにあるチェスターの町を目指して出発した。




それから半年後、西側の坑道に帰還したダドリン王とドワーフ軍を待っていたのは魔物達でなく、森の女王イスラ・アリエル・アスラのエルフ兵達だった。




俺たちが聖剣を折り、女王から逃げて、森を走っていた頃。

女王は勇者達を見かけないので探していたところ、”精霊の泉”が赤黒く変色しているのを発見した。

さらに、”精霊の泉”の傍らでは、聖剣ダモクレスが土台からぽっきり折られて、「誠にごめんなさい」と書き置きがある。

詳しく話を聞く必要があった。


森を捜索したがどこにもいないので、【女王の覇気】で探したところ森の東側の出口、”世界の壁”の程近くでドワーフの坑道に向かうのを発見した。

勇者の手には折れた聖剣もあるようだ。


「逃がさないわよ。」


怒り燃えながら勇者追討の部隊を編成し、女王自ら指揮をとった。

2日後、女王が”ドーラの坑道”に着いたのは、勇者とドワーフ軍が坑道東部に突撃して行ったすぐ後だった。


坑道西側に溢れていた魔物達は、勇者とドワーフ軍が東側に現れたと知るやそれを追って引き返していった。

そして坑道東部の崩壊に巻き込まれて、大半が潰れてしまった。


女王の部隊は残存する魔物達を掃討し、4階への階段を復旧し玉座まで上がってみるも、もぬけの殻で誰もいない。

説明してくれる者も誰もいないため、首を傾げながら坑道を調査すると、坑道東部の大半が崩壊してしまっているのを発見した。


謎はとけないまま、守備隊を残して女王は森へと帰った。


それから半年後、帰還したガドリン王に事情を聞いて、やっと謎が解けた。

娘ガラドは無事のようだし、勇者も聖剣を使いこなしているようだし、ドワーフ軍を勝利に導いたともいう。

一応、剣は抜けた?わけだし、勇者ということなのだろう。


イスラ女王は、ふっと頬を緩めた。

生前の勇者を思い出させる無茶苦茶な話だ。



勇者のパーティにかけられていた懸賞金は、金貨3000枚に増額されたのだった。

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