第4話 折れた聖剣

中央大陸の中ほどには南北3000kmにわたって横たわる巨大な山脈がある。

東西世界を分けるこの山脈は”世界の壁”と呼ばれていた。


そんな”世界の壁”の西側に広がる大森林”冷泉の森”。

この森の中のどこかに、いつも冷たい水を湛え精霊が水を汲みに来るという神秘の泉がある。


そしてその近くに、勇者の聖剣が岩に刺さって封印されている。

その剣は普通に引き抜こうとしても抜くことはできない。

選ばれし者が現れた時に剣は自分からその手に収まる。

そういう伝説があった。


ただその泉の場所を知るのは、森の女王だけ。

冒険者が伝説の剣を求めて森に入っても、方向が分からなくなり、何日もグルグルと迷わされた挙句、森に入ったのと同じ場所にふっと出て、荷物はすべて取り上げられてしまう。

”冷泉の森”とはそんな迷いの森だった。


竜王国を出て南東に10日程で俺たちはその森の入口に辿りついた。


森の入口には小さな村があり、そこで一泊することになった。

迷いの森といっても、今回は地元のガラドがいるので心配はいらないだろう。


渋っているのは、黒猫魔王のオルロフスだ。

魔王とエルフの女王なんていうのは不俱戴天の敵で、前回の戦争でもさんざん苦い目を見たのだろう。

自分は置いていけだの、森は避けろだのと喚いている。

対してガラドはルンルンだ。


「お母様に会うの50年ぶりくらいだなー。みんな元気かなー。」


と楽しそうに準備している。

まっすぐ行けば3日程でエルフの里に着けるそうだ。



森に入ってからは何事もなく進み、3日目の昼過ぎにエルフの里に到着した。


早速、謁見を求めると巨大な木の下にある広場に通された。

巨木のすぐ下に女王の玉座があり、そこにイスラ・アリエル・アスラ女王は君臨していた。


ガラドとそっくりな顔だが、より美しくより冷たく強くした感じだ。

白に近い金髪を結っている。

俺達が挨拶をすると


「よくぞ参られました。歓迎いたします。」


低く冷たい声はよく響いて聞こえたが、とても歓迎しているトーンとは思えなかった。

思わずブルっとくるような。


そしてなんだか冷たい視線は俺に注がれているような気がした。

俺達はそそくさと辞して、用意してもらった部屋に退散した。


ガラドは久しぶりの母親との再会で積もる話もあるらしく、一人残って旅の話をするのだときゃっきゃしていた。



「お主なにかしたのか」


部屋に入るとガン・ド・ウルフがジロッとこちらを見る。


「怖い目で睨まれておったの〜」


とドゥリンも楽しげだ。

ドワーフとエルフというのは仲が良くない。

きっと嫌われ仲間ができて喜んでいるのだ。


「怖い女には近付かんことよ。」


黒猫オルロフスもうんうん頷いている。


そんな話をしているとガラドがやってきたので、ついでに会議をすることになった。

議題は今後の進路について。


今いる"冷泉の森"から東に行くためには”世界の壁”ウルクンド山脈を越えなければいけない。

山脈は南北で3000km近くあるため迂回ルートはとても長距離となる。

ルートは全部で3種類ある。


1つ目は南方に迂回するルート。

人族の国の領域を通るので一番安全だが距離が長い。


2つ目は山越えのルート。

5000m級の山々を抱える山脈は非常に険しく魔物も強いので、絶対避けたい。


3つ目は山脈地下のドワーフの坑道を通るルート。

本来ならば、一番安全で早いルートだ。

パーティにはドワーフのドゥリンもいて話を通しやすい。

が今は使えなくなっている。


ドワーフの坑道は1年程前、東方世界の側からモンスター達の侵入を許してしまい、現在は坑道の東半分を占拠されている。

ドワーフ達もモンスターを追い払うのに躍起になっているが、うじゃうじゃ湧いてくるモンスター達に劣勢を強いられているそうだ。


最近では冒険者も商人も南を迂回するルートを通っているようだ。

急いでいる旅ではないし、安全第一で行くなら南の迂回ルートだろう。


しかし、ドワーフのドゥリンとしては、坑道のルートで彼らに加勢して、できれば魔物達を討伐して通過したいところだろう。

その方が勇者っぽくもあるのは確かだ。


話し合いの結果、ドワーフの坑道には一旦行って様子を見てみて、駄目そうなら南方の迂回ルートに行こうということで決まった。


ガラドは自室に帰る前に、俺にイスラ女王の言伝を伝えた。

明日の夕方精霊の泉に来てくれ、というものだった。


次の日は旅の準備をしたりのんびり過ごした。

一週間くらいは滞在する予定なのでぼちぼち準備しても間に合う。


夕方になるとエルフの青年に案内され、”精霊の泉”というところに行った。

エルフの里から20分くらい下っていったところだ。


木々の間から見える空はオレンジ色に染まって明るかったが、森の下は暗く不気味な雰囲気が漂っていた。

暗い木の影の下で水面がぼうっと薄白く光る中、泉の傍らにイスラ女王が立っていた。


「あなたとはお話をしたいと思っていました。」


イスラ女王とはいろいろ話をした。

生前の勇者とは恋人であったこと。

魔王を封印した後、勇者が忽然といなくなった事。

若き日の勇者(俺)の姿を見るとイライラしたということを語った。


「あの男はいつもヘラヘラして、フラっと消えたかと思えばまたフラっと現れる。100年も姿を現さないから死んだのかと思ったら、あんなことになっているし。心配するこちらが馬鹿みたいです。」


女王陛下の愚痴は絶えなかったが、俺の方も"勇者の封印"について聞いてみた。

しかし彼女は何も知らなかった。

生前の勇者が転生する前後のことは全く知らず、気づいたらいなくなってしまったらしい。

ただ、今現在北方大地の方にいるらしい、と教えてくれた。


そして、”精霊の泉”の傍らにある聖剣のことを。



"聖剣ダモクレス"

かつて勇者が振るっていた愛刀。


若き日の勇者とイスラ女王が、精霊の泉のほとりで愛を囁いていた時に剣が邪魔だったので、とりあえず近くにあった大きめの石に刺したら抜けなくなってしまったという伝説の剣。

後で取りに戻るつもりで、すっかり忘れられてしまった。


ついでに「この剣を抜いた者こそ次の勇者なり、世界を救うであろう。」という伝承が広まって300年。

伝説は一人歩きしていた。



「この剣を抜くことができれば、あなたは勇者です。」


女王はそう言った。

俺は聖剣の柄に両手をかけ思い切り踏ん張って引っ張ってみたが、剣はピクリとも動かなかった。


「ダメですね。」


「時間はあるのです。ここにいる間はまた試してごらんなさい。」


女王のこの言葉が不幸な事故を呼ぶことになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。



翌日からは旅の準備をしつつ、気が向いたら剣にチャレンジしてみたりしていた。

聖剣は大きな石に深々と刺さっていて、ちょっとやそっとの力では抜けそうにない。


ある日、一人でだめなら皆で引っ張ってみようということになった。

ロープの端を"聖剣ダモクレス"の柄にグルグル巻きに結びつけ、近くの木の枝に通してそれをパーティ全員で引っ張る。


うんとこしょ、どっこいしょ。

しかし、どれだけやっても聖剣は抜けなかった。


そこで今度はガン・ド・ウルフに身体強化の魔法をかけてもらった。

それと滑車を作った。

前世の知識で異世界を攻略するのだ。

(気になる方は、「動滑車」で検索検索!)



これでパワーは30倍だ。もってくれよ体。

みんなで息を合わせて、せーので思いっきり引っ張ると、


「バギンっ」


と大きな音がした。

おそるおそる見ると、聖剣は土台のあたりから真っ二つに折れてしまっていた。

みんなが俺の手元を見ている。

柄から先30cmくらいになった剣を俺は握っている。


「折れた?」


『しかしだれも返事をしない・・・』


「聖剣ってショートソードだったんだー。あはは。」


俺の渾身のジョークにも誰も反応しない。

気まずく重い沈黙。


そこからは責任のなすりつけ合いが始まった。ガン・ド・ウルフの身体強化が強すぎたとか、言い出した俺のせいだとか、ドゥリンのバカ力のせいとか、パーティの失敗はリーダーが責任を取るべきだとか。

醜い争いである。


一通り言い合いが終わると、ガラドがぽつりと言った。


「謝りに、行こうか。絶対に許してはくれないと思うけど。」


と。

この言葉にパーティの心は一つにまとまった。


「逃げよう。」


できるだけ迅速に。見つからないうちに。できるだけ遠くに。



ただ、何もせず逃げるのはさすがに勇者としてあるまじき事だと、黒猫魔王オルロフス様に叱られた。

せめて一筆謝罪を書いておけと。

ごもっともだ。

そこで俺は筆をとった。紙とインク瓶を出す。


「誠にごめんなさい。」


紙に一言そう書いて、聖剣の土台に置いて上に重りの石をのせた。

黒猫様はうんうんと頷いている。


さて急いで準備を、と思っていると「あっ」と声がした。

見ると、傍らに置いていたインク壺をガラドが躓いて蹴飛ばしてしまい、インク壺は放物線を描いて、泉にポチャんと落ちた。

俺にはスローモーションで見えた。


急いで回収しようと駆け寄って手を伸ばすが、インク壺は既に深い底へと沈んで行ってしまいインクの跡だけがゆらゆらと漂っている。


魔法のインク壺、無限になくなることのないインク壺を泉に落としてしまったら、どうなってしまうのだろうか。

泉はインク壺を落としたところからみるみると黒ずんだ赤紫色へと変色していった。

まるで呪いの泉だ。

”冷泉の森”と森の名前にまでなっている精霊の泉が。



俺たちは走った。

取るものもそこそこに、最低限の荷物だけを持って一目散に森の出口へと走りに走った。


いつ女王の追手が後ろに迫ってくるか分からない。

俺たちはここで捕まる訳にはいかないのだ。

休まず喋らず振り返らず、ひたすら走り続けて、3日の距離をその日の夕方には森の出口にたどり着くことができた。

どう走ったかは覚えていない。


そして、この先はドワーフの坑道を目指すことにした。

ドワーフとエルフはあまり仲が良くないので、追いかけにくいだろうということで。



俺はふと振り返って森を見てみると、だんだん暗くなっていく夕焼けの中、黒くたたずんでいる森がびくんと大きく震えた。

獣がギャーギャーと鳴き騒ぎ、鳥たちが一斉に飛び立った。


「お母様の覇気だわ。見つかったのね。やっぱり逃げて正解だったわね、急ぎましょう。」


ガラドがやけに凛々しくそう言った。


とんでもないことになってしまった。

ふと右手を見ると折れた聖剣を持ったままだった。


俺たちは急いで森を後にした。

黒猫魔王様だけが一人満足げに笑っていた。




後に聞いたが、この時の騒動で女王は言葉にするのが憚られるくらい激昂していたらしい。


勇者のパーティ、俺とドゥリンとガン・ド・ウルフには、”聖剣ダモクレス”を破壊した罪と”精霊の泉”を汚した重罪人ということで金貨千枚の懸賞金がかけられた。


自分の娘だけは許すなんて差別だ。

「”精霊の泉”を汚した」のはガラドなのに。


手配書は竜王国やロムルス共和国にも届いた。

それを見て、

フジー竜王は愉快に笑った。

ユリアも笑っていた。少し膨らんだお腹をさすって。

ロンド・エルロンとシディウス議長は頭を抱えた。

魔族ガイル・ガーライルは「そこにいたか。」と目を輝かせた。

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