第3話「意思との邂逅」
私の頬に当たるのは何だろう。チクチクする。
「起きろ」
緑色だ。緑色の薄っぺらくて細い紙のようなものが無数に生えている。もしかしてこれは全部雑草だろうか。部屋の隅に溜まった土埃に生えているのを見たきり植物を間近で見る機会がなかったから、なんというか新鮮だ。
「おい起きろ」
だとすると、あの列車の窓から見えた大自然のどこかに私は横たわっている?
あの列車は私の心が創り出した幻なんかじゃなかったの?
だとしたら本当に、私は実験から解放されたのだだろうか。こんな唐突に救われるなんて不可思議極まり―――
「起きろってば!」
「……?」
誰かが呼んでいる気がして振り返るも、そこには誰もいない。
「何だこの嬢ちゃん。えげつない干渉力を持ってる割に鈍いな……」
なんだか虚空から失礼な声が聞こえた気がする。久々に苛立ちを覚えたので、声がした場所めがけて拳を構えてみる。
「何だ聞こえてるのか? とりあえずその物騒な構えはやめてくれ。この場所じゃお前の拳は洒落にならな―――」
「ふっ!」
そのまま拳を下ろすのも嫌なので、軽めに振りぬいておく。ああ、ダメだ。久々の自由な世界に、情緒と判断能力がおかしくなっているのが自分でも分かる。やめてと言ってる相手に拳を振り抜くなんて、よくないことだ。
拳が振り抜かれても見かけ上は特に何も起こらなかったが、姿の見えない声の主が凄い勢いで私の背後に回ったのを感じる。
「だから止めろって!避けなかったら死んでたぞ!?」
「……」
無言でもう一度拳を構える。
「だあああ!!何なんだこの嬢ちゃん!怖いって!」
そのまま気配のする方に拳を向け続けてみれば、恐怖の声を上げながら捉えられないようにすばしっこく動き回る。
「ふふっ……あはははっ」
あー、面白い。こんなに素直に笑えたのは久しぶりだ。
「はぁ……はぁ……気は済んだか……?」
姿も見えないけど肩で息をしているであろう謎の声が言う通りで、ひとしきり笑って気持ちが晴れたからか、ようやくまともな思考が戻ってきた。
「あなたは?」
「あー、俺はクレイドル」
切り替え早すぎ……やっぱ俺、この嬢ちゃんが怖いよ……なんて呟く相手に、更に質問を重ねていく。
「ここはどこなの?」
「……その答えも『クレイドル』としか言いようがない。俺はこの空間……クレイドルの意思みたいなもんだからな」
やっぱり不思議な存在のようだ。
「あの列車も、あなた……クレイドルが用意してくれたの?」
「列車……お前が乗ってたやつか。アレはお前の望みが生み出したものだ。『クレイドル』は、お前のような干渉力の高い者の意のままに動くからな」
「干渉力……?」
ちょっと混乱してきた。
「
エネルギー、か。
仕組みについてはなんとなく分かる。問題は―――
「列車を豪華にしたり、綺麗な景色をつくったのは私の『干渉力』とやらだってこと? でも、止まらないでって必死に祈ったのに列車は止まった」
この世界、クレイドルが私の思い通りなら、あんなに強く願った事象が叶わないなんてあり得ないと思うのだけれど。
「あー、それについては、お前が無意識に『降りたい』と考えたのを利用して無理やり止めさせてもらった。話を聞く必要があったからな」
お前が干渉力を完全に律していたら、止めることなんてできなかっただろうが……と続けるクレイドルだが、そもそも話なんて聞かなくても、
「私には、ここをどうこうするつもりはないよ?」
ずっとあの列車に乗れていれば、私はそれでよかったのに。
「それがそうもいかないんだ。いいか? クレイドルに入れたってことは、お前にはこの力を手にする資格があるってことだ」
「この力?」
「干渉力……言い換えれば『
何だか凄そうだ。けど、私はそんなの要らない。ここに居られれば十分だ。
「お前にも複雑な事情があるってのは、なんとなく分かる。ここで何をするわけでもなく留まり続けたい、なんて願いを抱くなんて、外の世界でどんな酷い状況だったのか想像もできない」
「……」
外。私がここに迷い込む前に居たところ。思い出したくもない、血に塗れた地獄のようなところ。
「だが俺も、この力を託すに足る人を見つけなきゃならないという使命があってな。もしもの時のために、お前がその人物か否か知っておく必要がある。……気が向いたらでいい。俺に教えてくれよ、お前の過去を。それに……吐き出せば、少しだけでも楽になれると思うぜ」
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