第6話
翌日の午後、僕はバルコニーで本を読んでいた。穏やかな天気で、
「――そんなわけで、結局20ドルも損してしまったんですよ」
「まあまあ、それは大変なことでございましたねえ」
気が付くと僕のすぐ
「それにしても、
「お疲れなんでしょう。夏休みでも、毎日遅くまでお勉強をなすってますからねえ」
「厳しい父親を持つと大変ですね。
僕はいつ目を覚ましたものか、ちょっと
「婆やさんは、先代がまだお若い頃から、こちらで働いておられたのですよね」
「ええ。
「
「いいえ。
「確かにそうですね。皆さんが
「……失礼ながら
先生の
「やれやれ、婆やさんに掛かっては
「演出ではございません。事実、
「へええ、それはすごい。想像しただけでも
「――今はあのような
「何でも、息子さんを亡くされたとか。
「ええ。
婆やは、小さく溜息をついた。
「いやあそれにしても、ここから見る風景は格別ですね。この辺りの山々は全て
「血は争えぬものと申します。
婆やは
僕は
「おや、お目覚めかな」
「すみません、ついうとうとしてしまって……」
「無理もない。ここは夏でも涼しいし、このバルコニーは昼寝にぴったりだもんな。そのうえ『
先生は、僕をじっと見た。
「僕の顔に何かついてますか?」
「ああ、いやごめん。昨日話した人の中に、君が
「そうでしょうか」
「うん。君はとても良い子だけど、やがてはこの大帝国をたったひとりで背負わなければならないんだと思うと、気の毒にも思うよ」
「――正直言って、僕も自信はありません。でも、お母様はこれ以上子どもを授かることは出来ないから、僕がやるしかないんです……時々、兄がここにいてくれたらなと思うこともあります――
僕は立ち上がって、庭を見下ろした。
気が付くと、いつの間にか先生が
「先生? どうかなさったんですか」
僕が問い掛けても、全く反応しない。
「先生!」
腕に手を置いて揺さぶると、先生はようやく我に返って僕を見た。
「いったい、どうなさったんです?」
「え、ああ――ごめん」
先生は
「――ねえ
「それが……実は、よく知らないんです。兄が亡くなったとき、僕はまだ小さかったものですから」
「そう……」
先生は、何かを深く考えている様子で黙り込んでいる。
「――先生、何を考え込んでいらっしゃるんですか?」
「え……いや、何も考えてないよ」
先生は
「あーあ、何だか眠くなってきちゃった」
「それなら部屋でお昼寝なさってはいかがですか?」
「いやいや、一応ここには仕事で来ているからね。いくら何でも、
「心配ありませんよ。お父様は先ほど
「え、そうなの? ――じゃあ、今夜ひと
「はい。ですから少なくとも今日中には、お父様から何か指示が出ることはないと思います」
「じゃあ遠慮なく、休ませてもらおうかな。部屋よりもこのバルコニーの方が、
そう言って気持ち良さそうに
フランス窓を閉めながら、僕は不思議に思った。
どうして先生の手は、あんなに
翌朝、いつもの時刻に目を覚まして新館へ向かうと、その朝に限って渡り廊下の扉が細く開いていた。
そしてその日から、尾崎先生の姿は
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