第3話
次の朝、僕は5時半に目を覚ました。
庭には
「……そんなに切ったら、枯れちゃいませんか?」
「あんた馬鹿言っちゃいかんですよ。こう見えて、
「へえー。それにしても、これだけの庭を一人で世話するのは大変でしょうね」
「なあに、植物は手を掛けりゃ掛けるほど、それに
「なるほどねえ」
声の主は、
「
「もう40年になりますなあ。
「あの厳格そうな
庭師は、じろりと先生を
「そらね、あの方を悪く言う
「確かに先代は、今でも語り継がれているほどの大実業家ですもんね。いやあ、爪の
庭師は立ち上がって、
「確かに、
「よくわかりますよ。私なんか、あの方と向かい合うだけで、
先生は、陽気な笑い声を立てた。
「
「さあなあ……
庭師はそう言うと、リアカーを引いて去った。僕は少し時間を置いてから、先生に声を掛けた。
「おはようございます、
「おや、おはよう。ずいぶん早起きだね」
先生は笑って、僕の胸を指差した。
「また本を抱えてるの? 『中世西洋建築における秘密のアーキテクチャ』――今度は建築学か。君は
「この先にある壁の
「おかげさまでぐっすりさ。あんなに上等なベッドに寝たのは、生まれて初めてだよ。あんまり深く眠ったので、こんなに早く目が覚めてしまったんだ。
「はい。お父様より早く起きて、きちんと
「旧館って、御家族の私室があるところだよね。そういえば昨日ここへ到着して早々、
先生は鼻を
「はい、そうなんです。昔から旧館の出入りはとても厳しく制限されているんです。古くは
「それじゃ今までに家族以外の人間が旧館に立ち入ったことは、一度もないわけだ」
「あ、いいえ。
「確かに親密ではあったみたいだね。
「そうなんですか?」
「うん。俺は残念ながら先代にお会いする機会はなかったけれど、
「おじい様は、それは偉大な方でした」
「でも
「――いえ」
「ところでさ、俺について、その
「何かって、どういう意味ですか?」
「いやつまりさ、俺をここに呼んだ理由とか、そういったこと」
僕は首を
「さあ――僕はてっきり、新しい顧問弁護士の先生としてお
「それが、ただ一週間ほどの
「すみません、お父様のお考えになることは、僕には……」
「ああ、いいんだよ! 君はまだ子どもなんだから、詳しい業務内容を知らなくても無理ない。変なこと
先生は僕の背中に手を当てて、もと来た道をゆっくりと戻り始めた。いつの間にか
そのとき僕は、30メートルほど先に〝あれ〟が立っているのを見た。半身を
「どうしたんだい?」
急に足を止めた僕を見て、先生は
「先生、あれを見て!」
先生が僕の視線を
「ほら、先生にも見えるでしょう! 僕は昨夜、あれのことを言ったんです。絶対に夢なんかじゃありません!」
僕は先生の左腕を掴んで、必死で訴えた。先生はしばらく立ち
「俺には何も見えないよ」
「そんなの嘘です! あんなにはっきり見えているのに!」
そう言って指を差すと、〝あれ〟はいつの間にか姿を消していた。
「きっと、寝ぼけて
「――先生、本当に、本当に、何も見えなかったんですか?」
先生の目が一瞬
「何度
僕は、先生の言葉をみなまで聞かず、その場から駆け出した。
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