第三話


 最悪の失恋をした女子大生、花恩かおん

 上京して二年経つもののまだ親しい相手はおらず、かといって帰りたい場所もないままヤケになりそうになり、廃ビルを眺める日々を送る。

 街でハンカチを落とした時に一人の男性が拾ってくれた。

 そこで互いに去るはずだったのに花恩は彼へ話しかけ、そこで関係が深まりはじめるのだった。


 ただ祈り続ける



 健全な恋だった。

 世間の性別に対する葛藤とは別に、花恩かおんは高校時代にある男子生徒と付き合っていた。


 本命とは言われず、もう一人のやり取りを気にしながら花恩に注がれた恋心は本物だったから許してしまった。


 時代錯誤が嫌だったから嫉妬も何もかも抱かず、ただ現実の恋愛として彼氏へと情を注いだ。


 花恩にとって思い出したくない記憶は高校の卒業式だった。

 彼が本命と入籍の話し合いや、今後の未来を真剣に語り、彼の友人達も楽しそうに話していた。


 時代なのだ。

 花恩のお洒落や盛り上がらせる努力、この時に発揮した才能、彼といる時の女性として輝く瞬間。

 その過程でしたくもない差別も周囲にし、出来ないことの方が多かった。


 卒業式が終わった後に花恩は彼を呼んでダメ元で改めて告白をした。

 二度目の告白をするなんてロマンチックというより恥ずかしかった。


 そして定められた運命に集約する。

 彼は花恩といる時に本命と話すような明るさはなく、申し訳なさそうだった。


 彼からなんて突き放されたのか…もう思い出したくもなかった。


 誰にも見られないように涙を流し、家で声を殺さず泣いて家族には「いい高校生活だったから。」と嘘を吐いて大学入学と同時に逃げるようへ上京した。



 恨みはない。

 未練もない。


 だけど自分の力でどうにもならないことだけを実感した。


 その経験があって大学では異性に声をかけられることも多く、新たな恋へ旅立とうとするもみな、既に手慣れていた。


 つまらない。

 予定調和で、無慈悲な現実。

 こんなことで人生を縛られるのは辛いし、たった一人で暮らしたくもなかった。


 花恩はもっと意地悪な性格だったら良かったと自身を責めた。

 つまらない毎日。

 遅れた幸せ論。

 報われない日々。



 花恩にとって心休まる瞬間はインターネットで暗い生活を送る人達の記録と癒しのあるマスコットアニメ、そして廃ビルを眺める時だけだった。


 眺めてる人は割といて、同世代の体格良き男性が周囲の目をさりげなく気にしつつ屋上を眺めていた姿を見たことがあった。

 怖いのでこのことを花恩から話すことは今後もないだろうけれど。


 一度だけこの廃ビルから歳下の男性が現れて、こっちも力強い身体なのかもしれないと服装から感じていた。

 間違ってぶつかってしまった時に「わりぃ。」と言われて去られてしまった時の衝撃は忘れられない。


 だがハンカチがないことを忘れていた。

 朝やってる人間の出ないアニメに夢中でそのハンカチを上京時に買った大切なアイテム!


 落としたのはあの廃ビル。

 普段誰かを恨まない花恩もあの自分達同世代特有の拭えない子供のような悪態に怒りが達し、急いでハンカチを探していた。

 今回は一人だけで余計な心配もいらないのでもう二度となることはないほど一生懸命に探した。


 しかし見つからない。

 このままでは単位に影響が!

 まさか持っていかれてしまったのだろうか?

 いや、ありえない。

 可能性はゼロに近い。

 あの二人の男性が金や食料、服やアクセサリー以外に興味を持つなんてありえない。

 だから安心して探しているのに。


 はあ。

 どうしよう。

 もう売ってないハンカチなのに。

 だから大切に使おうとしたのに。


「もしかして探しているのはこれ?」


 足音は聞こえていたので通行人か見学者かと思ったら柔和な目とは裏腹に顔つきから何か独特のスポーツをやっていそうな若い男性がハンカチを拾ってくれた。



「そ、それです。

 ありがとうございます。」



 また体格が細くみえるけれども強そうな人と出会った。

 同性と会う確率が低い廃ビルだ。

 花恩は急いで帰ろうとするとさっきの男性が花恩に落ちようとした小さな瓦礫の破片を飛び蹴りで破壊してくれた。


「この廃ビルは丈夫な部分と、危うい部分の判別が慣れてないと難しい。

 まさかこんな所で初心者がいたなんて思わなかったからまさかとは思ったけれど。」


 そっか。

 どこかで花恩を見かけてから彼は探してくれていたんだ。

 親切な人がいるとはね。

 しかもこの廃ビルに詳しい。



「多分◯◯大学の学生かな。

 ここからだと迷いやすい。

 どこの道でもいいように送っていく。」


 同世代だが彼は恐らく一つ上。

 頼もしくもあり得体が知れない。

 大人しく言うことにしたがった。




 ✳︎




 なんとなく話しているうちにカフェで互いにくつろいでいた。

 思ったよりも予定が空いていたので他愛もない会話を続けていた。


 彼の名は全寺螺潰ぜんじねじふせ

 見立て通り一つ上で二◯二三年にはたちのつどいへ行ったとか。

 なんらかのトレーニングとぼかしていたけれどその合間にこのハンカチのアニメを見ているらしい。

 未だに同性の間ではそういった作品を見ることをダサいと言われそうで言えず、花恩は逆にやっと語れる相手ができたと少しずつキャラ設定からこのまえやった話、そして過去回と原作の話を小出しに話し合った。



 そういえば男性とこんなに話すのもいつ以来だろう。

 趣味の話をしても元彼は難しい表情ではぐらかしていたっけ。

 ほんと嫌な記憶だ。


 それはさておき次は彼の趣味と掘り下げがあった。


 ずっと様々な者を自分の意思に関係なく

 殴ったり蹴らされていて、健康維持のためならボディビルダーになりたいと言っていた。

 このアニメを知ったのはプロデビュー前日で、「ザリガニ判別面接」の圧迫感に主人公のワニキャラが練習と本番は違うことに不安になる場面で見事合格した回が自分と重なっていたかららしい。


 そういえばそんな話があった。

 その時自分は大学合格発表の前日だったことを思い出した。

 無論私はそのことを話した。


「その時私は大学入試の合格発表前日です。

 だいたいの社会人が自分に自信をもつイベントの一つ。

 全寺さんは何のプロデビューかわかりかねますがカイマンちゃんの境遇はもっと刺さったかもしれません。」


「いやあ製作陣も凄かったけど、原作とアニメじゃリアルタイム感が違うと思った時だったよ。

 子供向けとかそういう時代じゃなくて本当によかった。」


 明らかに非日常と隣り合わせなのに、さっきハンカチを拾った時や瓦礫を蹴飛ばした時とは違う感覚。

 異性と話す時にこんな純粋な楽しさを感じたのといつ以来だろうか。

 もしかして初めて?


 それから話ははずみ、連絡交換までしてしまった。


 あれからたまに連絡を取り合って、アニメの話をしたり、花恩の大学生としての日常や全寺が行なっているスポーツの話を少しずつした。


 恋以外でこうして話す方法があったことになぜ気がつかなかったのだろう。


 全寺はそのスポーツで出会いと別れを繰り返し、勝利の喜びよりも敗北の苦さが多いことを同世代とは思えない熱さで話してくれた。

 二十近くでこれだけギャップ差がある生活を互いに経験したことをしり打ち解けていった。


 ただもう一人の男性が加わることになった。


 彼も一つ上で弟や妹の話というより、待機児童の話をしていたので恐らく父親。

 そして全寺の戦友らしい。

 何故加わったのかというと、全寺が大学生と喋っていて不審に思ったとか。


 名前は雄刃太城ゆうべらしあ

 人気の少ない時間帯を好み、全寺と花恩に許可を取って座るなど徹底した対人が苦手な人で武道の達人。

 あまり自分の話はせず、だいぶクールな見た目なのに花恩達が話したアニメのことを聞くと原作を持っていて、発祥がSNSであることを教えてくれるなど謎の多い古参だった。


 あんまり触れてはいけない危うさがあったので最初は話難かったが子供と女性に優しく、全寺と雄刃がいるとさながらボディーガードを雇っているみたいだった。


 けど憎めない。

 つまらない講義の話を彼らにすると目を輝かせて講義の内容から勉学意欲を見せたと思ったら講師の愚痴を聞いてくれたり。


 最初はハンカチを拾ってくれた男性から今では人生に欠かせない大事な人達になった。


 おかげでもう廃ビルにはいかなくなった。

 ただ何故全寺が廃ビルに詳しかったのかが分からず、触れないようにしていた。


 それから今の充実した生活をもたらしてくれた廃ビルに聖地巡礼感覚でお礼を伝えにやってきた。


 そのための花束まで用意したけど、これじゃちょっと意味合いが違うか。

 花恩は自分にもこんなウブな部分があるとは思っていなかった。

 二度と恋や結婚なんてしないと誓い、最悪一人が嫌ならルームシェアを探し続けようとしていたから。



 廃ビルへ花束を置いてさようならをした後に前に全寺が教えてくれた最短ルートを歩いていると銃撃戦が聞こえてきた。


 え?

 映画の撮影?


 念のため危険を感じた花恩は安全な場所へ隠れていた。


 それからいつでも逃げられるように様子を伺っていると、そこには銃を持っている全寺と雄刃が廃車に隠れながら誰かを撃っていた。


 その標的はまるでクラゲのような姿で二足歩行だった。



「お前達も懲りないねえ。

 もう幽霊は主人が持っていっちゃったよ。

 もうすぐ支配は終わる。」


 やっぱり撮影?

 セリフが演劇チックだ。

 だがその後の全寺の話が現実味を帯びていた。



「継承者が現れて逃げ回っているの間違いだろ?

 あの幽霊を利用したお前達STSSスタシスが都内の人間を強化きせて人類への内部崩壊を導いていると聞いていたからなあ。」


 雄刃が続いた。


「お前の主人がこうやって怪人を送り込んでいるのも試験運転のつもりだそうじゃないか。

 俺達人間を舐めるなよ。」


 二足歩行のクラゲと全寺と雄刃は激闘を繰り広げ、花恩は息を殺しその場で隠れるしかやることがなかった。


 戦いは続き、三人とも消耗していた。

 そして私は焦るあまりクラゲに見つかってしまった。


「花恩さん!」

「花恩!」


 クラゲは好機と判断し、花恩に襲いかかってきた。

 花恩は目を閉じた。

 もう生きて帰れない。


 しかし息ができた。

 何事かと思うと全寺がクラゲの攻撃を身体を張って守ってくれていた。


 触手が全寺に絡みつき、電気ショックを与えていたようでクラゲの肉体は雄刃の銃が致命傷となっていて息絶えていた。


 雄刃と花恩が全寺へ駆け寄ると、全寺の意識は遠のきかけていた。



「ま…まさか…こんなタイミングで…廃ビルへ来てたなんて…ほんとうに…この場所は…縁が…ある…なあ…」


「お願い。

 もう喋らないで。

 すぐに呼ぶから。」


 雄刃が全寺の手当てをしながら


「それは絶対するな!」


 と大声で止めた。


「これも…俺達の…仕事…なんだ…だけど…花恩が…知らなくて…いい…ことだから…」


 花恩は初めて、本当に異性を…全寺のために抱擁した。

 雄刃の手当ては花恩の気持ちを配慮した形で行われた。



「花恩…この…アクセ…を…きみ…に…」



 それから先のことは段々と感情がぐちゃぐちゃになって時間が癒すのを待つしかなかった。


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