第二話

 たとえ踏みにじられても


 あらすじ

 ムエタイファイター五塔竜蟷とうのたつろうは後輩ファイターの一岳徠星いちどらいせい蓋野瀬写司ふのせうつしと共にひたすら練習を続けていた。

 するとかつてこのジムから離脱した先輩、現飲ほういんが理不尽な攻撃を竜蟷へ執拗に行っていた。

 今度の理由は竜蟷が強くなろうと住所も職もなくこのジムに住み込みでトレーニングをしている友達、片ノ瀬かたのせが気に食わないと難癖を付けてきた姿に憤りを感じた竜蟷は夢である生活を繰り広げていた青年の情景を思い出していた。



 想いはいつだって踏まれて潰される。

 片ノ瀬かたのせと共に願っていた世界は今日も日々更新されていく日常にアンインストールされていくのだ。


 五塔竜蟷とうのたつろうはムエタイファイターとしてたまにキックボクシングの興行に向かう度、現実に打ちのめされる。

 極度の労働嫌いでヲタクの片ノ瀬が羨ましく、何だかんだ社会に適応出来る姿も輝いて見えて、時折「疲れていないか?」と労われる。


 本当に逞しい。

 竜蟷の鍛え抜かれた肉体と片ノ瀬の磨かれていく過ごし方に何度も嫉妬しては練習や試合に気合いが入ったっけ。


 今では片ノ瀬が労働を拒否しすぎて家がなく、更に彼が強くなりたいと志願したので竜蟷が彼をジムで住み込みトレーニングとして指導している。


 別に構わなかった。

 片ノ瀬がそれでもインターネットで自分の記録を公開し、見ず知らずの誰かに寄り添おうと「居場所」だとか「搾取の為」でなく実績を作っている姿に感動したのは事実だったからだ。



 でも…。

 好きなことで満足出来ない竜蟷と、稼ぎはなく立場が弱くとも生きてリングとは違う世界で戦う

 片ノ瀬との落差に翻弄されていないとは嘘になる。



 竜蟷はある夢を見続けていた。

 二〇十四年、二十一歳の男性が社会に打ちのめされていく姿を。


 高校や大学での順調とは行かなかった生活。

 社会人になってあまり金が稼げないのにイージーモードで育った年寄り達に虐げられる姿。

 何度も首を括りそうになる精神状態。


 そこへ廃ビルから落ちる幽霊が見えた。

 男性はその姿に自分を照らし合わせながらもこの世に留まる報われるはずがない努力を繰り返していた。


 竜蟷が二十三歳を迎えてからその夢は終わり、あと少しで二十四となる現在までその夢は見ていない。


 逃げられないのか。

 この世界からは。


 何度も試合で負けてはサンドバッグを攻撃しても晴れることの無い現実。

 片ノ瀬のやる気が余計に擦れた心に傷をつける。



「最近あいつがまたここへ遊びに来てるらしいっすね。」


 後輩ファイター、一岳徠星いちどらいせいが竜蟷へ話しかけてきていた。

 どうやら何度も話しかけていたみたいで最初から聞いていたフリをした。


「もう知名度は充分で稼ぎもあるのに。

 恩も無いくせにここにきて先輩面。

 他のジムでもそうやって憂さ晴らししているらしい。」


 もう一人の後輩ファイターが蓋野瀬写司ふのせうつしは溜息と共にスマホをいじる。


 最近、かつて少年時代をこのジムで過ごした現飲ほういんがしばらく試合が未定なのをいい事にあちこちで後輩へ嫌がらせをしている。


 やたら強くて国内ファイターだが国外でも敵わないファイターがいるほど。

 幻想を保ち、伝説を創った。



 世の中は「天才」を押し付ける。

 教育には大して効果のなさそうなわけのわからない教材を使って、古臭い義務教育を大事な部分は失われたまま子供達を洗脳していく。

 ジムにいる子供達を見る度にここのメンバーは言葉に出来ない感情を理性で抑えている。



 片ノ瀬はたまに子供達へ傷を抉られるような現実を聞かれるのに無理のない笑顔で返事をする。



「教育は大事だし、仕事も不要じゃない。

 でも、それだけじゃないこともあるよ。

 綺麗事だったり、偽善かもって思うこともあるかもしれないけれど俺はそれでも生きて戦う。

 辛い時はまた話しかけていいから。」


 三人はそんな片ノ瀬に救われている。



 現飲ほういん現飲ほういんでかつては喝采を浴びて、周囲を盛り上げた本物なのに幸せそうではない。


 ここの子供達も医者や教師やメディアに食われて追い詰め刺せられるためにあんな意味不明な教養を押し付けられて戦っている。

 いや、戦わせられている。



「今更どれだけ付け足しても悪夢しか得られないのに。」



 夢で見た現在三十代であろうあの男性はどうしているのだろう。

 竜蟷の夢で創作でしかない筈が、存在感が強くて忘れにくい。

 落ちる幽霊も一緒に見させられて目覚めの悪い朝を過ごさせられた。



 天才や本物って何を意味するのだろう?

 模倣から始めるのは前提でも、それじゃただの量産型でしかないのに。



「おい凡人ども!また来てやったぜ。」


 現飲か。

 大事な試合を控えている方もいるのに鬱陶しい。

 だが今回の彼は身に纏う何かが違った。


 あれは夢で見た…なんだろう、思い出せない…

 こんな時に!



 現飲は大人しく従う他の後輩達をいちびっていた。

 天才なんてきっといつの時代も気性が荒いだけの存在。

 これはバイアス。

 だが歴史をある程度知っている自分達はこの繰り返しにウンザリするしかなかった。


 すると片ノ瀬が彼へ向かっていく。



「他の方は関係ないでしょう?

 用がないなら帰ってください。」



 片ノ瀬の内面の強さを竜螂は応援していた。

 しかし現飲は彼を躊躇いなく殴り、地に伏せさせた。



「うるせえな。

 お前は特に社会を知らないらしい。

 俺が教えてやる!」



 一岳、蓋野瀬が加勢しようとした時、竜蟷が真っ先に現飲を攻撃していた。


 現飲はまるで久しぶりにご馳走にありついた亡者のように不気味に微笑んだ。


 それから夢中で竜蟷が攻撃を繰り出すが透けているように避けられ、仕返しと言わんばかりの猛攻を食らった。



「流石に強いなあんた。」


 口だけでも力だけでも凄いなんて本当にムカつく。

 この世は許せない存在ばかりだ。

 ボディにいい一撃を喰らいながら理不尽に涙が出そうになる。

 しかし何故攻撃が当たらない?



「だから凡人なんだよお前らは。」



 不甲斐ない。

 友や仲間を殴られて天才のいいなりになるなんて。

 しかし、なぜ人間なのに一撃も与えられないんだ?

 そこだけは違和感があった。



 キンッッ!


 いつの間にかトドメの一撃をくらい書けていたらしい。

 そこを片ノ瀬ともう一人…え?あの人は夢で見た?



「この力。

 空へ進化した生物の力か。」



 なんか漫画か転生する小説みたいなこと言ってる。

 片ノ瀬はヲタクだから納得している。

 許容範囲ではもう竜蟷は敵わない。

 だが竜蟷と後輩二人は目を合わせて頷き、現飲の力を押し返す。



「竜蟷くん!君が俺を夢で見たということは、輝石が既に継承されているということ。

 つまり君は進化した生物と戦える俺の力を夢で受け入れたんだ!」



 夢で見た現在アラサー男性の謎の説明に理解が追いついていないものの、それなら何故竜燈の攻撃は現飲へ通じない?


 ん?

 片ノ瀬が彼と協力出来て現飲へ反撃が出来ている。


 資格があるらしい竜蟷の攻撃は通じない。

 片ノ瀬はいつの間にか用意した紙のメモを見た。

 なるほど!


 輝石は…


「一岳、蓋野瀬!預けた奴を!」


 夢を見なくなってからいつの間にか不思議な形のお守りらしきアクセサリーがあった。

 不気味だったから粗末に扱っていたが今までの話から推測すると…間抜けな話だが二人の後輩に押し付けていたのを思い出し、たった今返却された。


 すると現飲に宿るクラゲのようなオーラを圧倒するように竜蟷のオーラが肉食恐竜のように顕現し、こちらの肉体も研ぎ澄まされた。


 片ノ瀬、謎のアラサー男性、そして竜蟷の三人が揃った。

 それでも現飲に勝つには力を合わせないといけない。

 そこで一岳、蓋野瀬も加勢してくれた。


「天才なんだから数は関係ないはず。」


 向こうはなりふり構わず攻撃してきたが五人の力で激闘を繰り広げ、攻撃と防御を繰り返していた。



 しばらくするとアラサー男性は消え、残りの四人が息も絶え絶えに大の字で倒れていた。


 現飲は去っていったらしい。

 勝ったぞ。

 自分達は弱くないことを証明した。


「はぁ。はぁ。強かった。」


「大丈夫だ。はぁ。数を理由に出来ないくらいの相手を退けたんだから。」


 起き上がって喜びを分かち合おうとしたら、もう一人別の誰かがやってきた。

 いや二人の若い男性が。



「まさか彼もクラゲ野郎に干渉されていたとは。」


「このアクセサリー…だから格提拳かくていけいん さんには幽霊が見えて、奴に強い攻撃を食らわせることが出来たのか。」



 な、なんでどっかで聞いたことのあるファイターがやってきて漫画みたいなことが?


 あの謎のアラサー男性が残ってくれたら点と線が繋がったのに。


 とんでもない事態に巻き込まれたとはいえ、片ノ瀬の強さと後輩ファイターには自分も現飲のような態度をしていたことを謝り、この謎を追うことにしたのだった。

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