最後の電話
神楽堂
第1話
私は電話交換手です。
皆さんがかける電話を取り次ぐ仕事をしています。
皆さんは、電話をかけたことがありますか?
おうちに電話がない、あるいは、電話をかけたことがないというあなたのために、電話のかけ方を説明しますね。
まず、本体の右側にあるハンドルを回してください。
これで発電されて、私たち交換手に電話がつながります。
私が、
「はい、交換です。何番ですか?」
と聞きますので、相手の電話番号をおっしゃってください。
私は、その番号にプラグを差します。
次に、相手に着信を知らせるために、私はベルのボタンを押します。
すると、相手の電話機が、ジリリリリ……と鳴ります。
相手が電話に出てくれれば、あなたは相手とお話できます。
遠く離れた人と、自分の声でお話ができる「電話」って、本当に素晴らしいですよね。
私は、人と人の言葉をつなぐ「電話交換手」という仕事に誇りを持っています。
日本の大切な通信業務を担う、とても責任の重い仕事です。
そして、電話交換手は私達、女性の憧れの職業の一つなのです。
私は、小さい頃から電話交換手になりたいと思っていました。
一生懸命勉強して私は女学校に進学し、卒業後、地元である真岡郵便電信局に就職することができました。
郵便局は、手紙のやり取りだけではなく、声のやり取りも行っています。
そのどちらも素晴らしい仕事ですが、私は電信の業務の方に就くことができました。
私は、念願の電話交換手になることができたのです!
国の通信業務を支える重要な仕事ということで、郵便電信局のお給料は、女性がもらうお給料としてはとても良い方です。
電話交換手になれたことで、家族や親戚一同がお祝いしてくれました。
内地や満州に行った親戚からも、お祝いが届きました。
これでよいところにお嫁に行けるね! なんてことも、いろいろな人から言われました。
けれども、私はまだ17歳なので、結婚は考えていません。
今は、交換手の仕事を頑張ることで精一杯です。
そして、この仕事はとてもやりがいを感じることができる仕事なのです。
私が取り次いだ電話で、いったいどんな会話がなされたのか。
私にはそれを聞くことができません。
だから、私は妄想します。
赤ちゃんが無事生まれました! という電話かな……
病気で倒れました、あるいは、亡くなりました、という電話かな……
電話は、いいこと、悪いこと、あらゆることを伝えます。
そこには、私が顔を見たこともない人たちの、深い深い人生があります。
私がプラグを差した後、そこで行われた会話。
電話で人生が大きく変わった人も、たくさんいると思います。
私が住んでいる
真岡町は、北海道の北にある
都会の方から
樺太は、とても大きい島で、人口は40万人くらいです。
町と町の間はとても離れています。
なので、電話はとても大切なのです。
私は、生まれ育った樺太で、この広い島の通信を支える仕事をしていることに、誇りを感じています。
私は故郷である
けれども、少し心配なこともあります。
樺太には「国境線」があるのです。
日本は島国なので、外国とは海で隔たれています。
しかし、樺太の北の方は、「ソビエト連邦」の領土になっています。
樺太のちょうど真ん中あたりには、日本とソ連との国境線があるのです。
今、大日本帝国は米英と戦争をしています。
ソ連とは中立条約を結んでいるので、戦争はしないはずと学校で習いました。
けれども、ソ連とは昔、日露戦争をしたこともあり、ソ連は日本に恨みを持っています。
それで、この大東亜戦争のどさくさに紛れて、ソ連は日本に攻め込んでくるのではないか、とみんなで噂していました。
もし、ソ連が南樺太に攻め込んできたら、私が生まれ育った町、真岡はどうなってしまうのでしょう。
私の大好きな真岡の町が、どうか戦争に巻き込まれませんように……
私たちは毎日、そう願っていました。
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